28.ルイスへの疑い
リーゼロッテがパルムと――ルイスと出会って半年ほどが経っていた。
ふたりは同じテーブルで勉強をして、なんということのない話をしては笑った。
ソファにもたれる青年に寄りかかって本を読んでもらった。陽光そそぐ庭を散歩しながらおしゃべりをした。
リーゼロッテの歓びは初夏の風にのり、屋敷中に満ちていた。
幼い主の歓声と、子ヤギのように活発に駆けまわる足音は、ここで働く人々の心を軽やかにくるんでいた。
午後のお茶の支度も終わり、忙しさの一段落したキッチンで、数名の女性が噂話をしていた。
「ま、よかったよ。この屋敷も落ち着いてきて。職探しの面倒もなくなったし」
ぶっきらぼうに料理長がつぶやいた。彼女は誰にでも不愛想な背の高い中年女性だった。
「ちいさいのが死ぬのは気持ちのいいもんじゃないしね」
料理長は遅い昼食をとっているところだった。使いこまれた木の椅子にもたれ、りんご酒を瓶のままあおりながら語った。テーブルの上の皿にはバターで揚げたマスとポテトが並んでいる。
たいそう腕のいい料理人であり、亡き奥方にも気に入られていたほどだが、朝から晩まで酒の臭いをただよわせていることが少なくないのは難点だった。
しかし屋敷の内で最も権力を持つ使用人のひとりである。仕事に手を抜くことはなく、台所で働く人々からの人望も厚い。仕事の合間の飲酒も半ば黙認されていた。
そんな料理長の言葉を受けて、キッチンメイドのエルシーがうなずいた。
「本当によかったわあ。あんなに元気になられてねぇ。ルイス先生のおかげですね。ずっとここにいてくださるといいんだけどねぇ」
カティヤの年齢の離れた友人でもある古参のメイドだ。清潔な布巾でのんびりと皿を拭きながら会話をしている。
「えー、やだあ。冗談じゃないわよ」
話題にあがっている幼い主と仲のよいメイドであるカティヤが、さもいやそうに口を曲げながら言った。
「あいつお嬢様のお気に入りだからって、えらそうに屋敷をとりしきってさあ。おかしくない? やばいやつかもしれないわよ。信じちゃだめよ」
エルシーは不思議そうに手を止めてカティヤ見た。
「あんた、どうしたのよ。最初はあんなに喜んでたじゃない。やっとかっこいい若い男が来たって」
「ふられたんだろ。聞いてやるなよ」
骨ばった体を椅子に預けた料理長が素っ気なく言うと、ゴツゴツした関節のある太い指でポテトをつまんだ。
「バカなこと言わないで。あたしはお嬢様のために言っているの!」
カティヤは半ば怒鳴りながら返答した。男にふられたなど、美貌を誇りにしている彼女にとって耐えがたい屈辱だった。
ただ料理長の言ったことはあながち外れでもなかったのだが。
たしかに、最初は好意的に歓迎していた。
どうして憎むようになったのかというと、幼主リーゼロッテの寵愛を奪われてしまったからが理由のひとつ。
そしてもうひとつの理由は、家庭教師との初対面のころにまでさかのぼり……。
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