42.おしゃれの理由


「きれいでかわいいくしてね。それでね、めずらしいのがいいの。おねがいね?」


 その日、リーゼロッテが自らそのようにお願いしてきたので、着替えをさせていたカティヤは驚いた。


「へぇ、めずらしい。今日は雪でも降るんでしょうかね」


 もうすぐに夏なんですけどーと笑いまじりの軽口で誤魔化してしまったが、内心とてもうれしかった。

 親族に「醜い」と罵られて以来、リーゼロッテは己の見た目を厭っていた。よくもわるくも、彼女には他人の言葉をまっすぐに受け取る傾向がある。

 その言葉を信じて、おしゃれをすることにも関心がなくなってしまったようだったのが悔しかった。


 アリーシャが存命の頃は、親子であれこれと語らいながら、リーゼロッテの衣装を決めることもあった。すこしづつもとの彼女に戻ってきているのだろうか。


「いいことですわ。六歳ならおしゃれに興味があって当然の年頃ですもの。あたしなんてそのくらいの年齢のころには、貧しくて物もない中で努力してできる限りのおしゃれをしていましたわ……」


 どんな髪型にしようかしらとはりきって主の髪をとかしながら、カティヤは己の人生を熱く語った。

 美しさを保つためにどんなに大変な努力をしてきたか……。

 そして、どれだけたくさんの男たちから羨望のまなざしを集めていたか……。


 リーゼロッテがそれを聞いているようすはなく、ただ不安のまじった真剣な顔で鏡の中の己をじっと見つめているのには気づかなかった。


 悩んだ末に、頭の上でゆるくひとつに結いあげることにした。きつくまとめないように気をつけて、自然な感じになるようにとピンを止めていき、うなじにおくれ毛をはらはらと散らした。


「あまりきっちりと結わないで、ほんのりルーズにするのが今風ですの。エステルなんかはぎちぎちに固めて結ってますけど、あれはまるでお婆さんみたいですわ」


 この場に関係のないメイド長代理の悪口を織り交ぜながら、カティヤはリーゼロッテのまとめ髪に、ふんわりとした大きなターコイズブルーのリボンを飾った。

 今日の衣装が、白いドレスにターコイズブルーのサッシュを結んでいるのに合わせたものだった。


 大人びた結い髪と、ふわふわとした幼いリボンのアンバランスさが、リーゼロッテの愛くるしさを引き立てている。そう思ってカティヤは己の腕前に満足した。

 メイドは子どもを元気づけるように、その美しさを大げさにほめた。


「お綺麗ですわあ。絵本の中のお姫様みたい。ほらっ。ね? さっきまでと全然違いますでしょう?」


 リーゼロッテはしばらく考えるように、じっと鏡を見つめた。


「かみがたはすてきよ。きれいかどうかは、よくわからないけれど……。……でもね、ルイスはいつもほめてくれるの。リーゼはうつくしいって」


 そう言うと、うつむきがちになってもじもじと指をいじった。


「わからないけど……。でもね、うれしかったわ。だから、もっときれいにしたいの」 


「……あぁ、そうですか」


 またルイス、ルイス! 


 やはりリーゼロッテは何年も使えているカティヤより、ルイスのほうがいいらしい。またあの家庭教師のことで心がいっぱいになっているようだ

 どうして? あたしだって毎日親切にしてあげてるのに、どうしてあいつの名前ばかり出すの?


 怒りの矛先の大半はリーゼロッテにではなくルイスに向いていたが、ほんの少しだけ、ちくりとこの幼い主にも言ってやりたくもなった。

 長年、世話をしてきた自分の苦労をなんだと思ってるんだろう?


「まあ、お金で雇われている使用人が、主のことを悪く言えるわけないですからね」 


 深く考えるより先に、口から意地の悪い言葉が飛び出していた。

 リーゼロッテの肩がびくっと震えた。


「とくに来たばっかりのルイス先生の言うことなんて、どこまで本気なんだか。長年仕えている者のように信じちゃいけませんよ? そもそもここのお給料なんてたかが……。っと、いえね、とにかく、いまにもっといい仕事を見つけてあっさり転職してどっか行っちゃうんじゃないですかね」


 そうなって欲しいと思いながら語った。

 子どもは驚いたように固まっていた。ややあって長いまつげをふせて、だまって考えこんでいた。


「おきゅうりょう……。そう……。ルイスは、おにいさまにやとわれているのだものね」


 ちいさな桜桃の唇が力なく言葉を紡ぐ。


「ルイスはともだちだって言ってくれたわ。でもしんぱいになるの。ほんとうにずっといっしょにいてくれるのかしら」


 雲行きがあやしくなってきた。カティヤもさすがに自分の口の悪さを後悔し始めていた。


「きゅうにいなくなってしまったらいやだわ。なんども、そんなことをかんがえるの」


 姿見の中のリーゼロッテが、泣き出したいのをこらえるように下を向いていた。

 ああ、まずい……。

 あまり口に出さないものだから知らなかったが、この子はそんなことまで悩んでいたのか。

 カティヤは慌てて不慣れななぐさめの言葉を口にする。


「約束したのなら大丈夫ですわ。いてくれますわよ。きっと」


「エステルも、カティヤも、ミヤも、おきゅうりょうがあるからいてくれるの。でも、おにいさまがおきめになることだもの。おかあさまだけだったわ。なにもなくても、ぜったいにいっしょにいてくれるってしんじてたのは。でも、もういないのよ。あんなになかがよかったのに」


 まずいまずいまずい。

 よりによって亡き奥様のことまで思い出させて泣かせてしまうなんて、大失敗だ。   

 またふさぎこんで体を壊してしまったら? どうしよう!


「ああ、あー。あの……お嬢様?」


 とりあえず明るい雰囲気にしなくてはと、カティヤなりにがんばって口の端をあげて、うそくさい笑顔を作ってみる。

 主人に使える使用人という仕事をしているわりに、カティヤは他者への配慮というものが苦手だった。こんなに気を使うのなんていつぶりだろうか。

 

 ひきつった口元でカティヤは、せいいっぱい楽しげに笑いながらリーゼロッテに語りかけた。


「そ、そう~だ! ひとつだけいい方法がありますわ。結婚しちゃいましょうよ」


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