第9話 推しに会いたくて? 夏。

 ミーンミンミンミン……うるさい蝉の声。

 ジリジリする暑さ。

 ゆらゆらと揺れる陽炎。

 生暖かい扇風機の風。

 

 全てが夏を感じさせてれ、俺はこういう夏の雰囲気が――別に全く好きではない。

 窓を閉めて極力うるさい蝉の鳴き声はシャットダウン!

 まず外に出たくないので焼けるような暑さも揺れる景色もシャットダウン!

 クーラーで冷房ガンガン、キンキンに冷えた空間。不愉快なぬるい風はシャットダウン!


 夏休みは暑さと無縁な快適な部屋で、アイスを食べ、かき氷を食べ、一日中ごろごろしながら漫画! ゲーム! ラノベ! 丁嵐さん! 丁嵐さん! 丁嵐さん!


 ――そんな最高な毎日を送るはず、だった。


「何でなんだよ! 夏休みにわざわざ学校で勉強! ああ蝉がうるせー! 教室内に置かれた扇風機の風が生暖かいいぃぃぃぃ!」

「夏って感じがしていいよね! 夏休みもこうして桜間くんに会えるなんて、補習最高だよ~!」

「……いいな九重さんは何でも楽しそうで。ハァ……赤点取った自分を呪いたい」

「桜間、九重。ちゃんと勉強しろ。俺だってお前らが赤点さえ取らなけりゃこんなクソ暑い教室にいなくてよかったんだ。早く冷房きいた職員室に先生を戻す為に頑張れよ」

「先生、冷房つけましょうよ。これじゃエアコンの持ち腐れですって」

「ダメだ。夏休みは極力無駄につけないよう言われてんだよ。その為の扇風機だ。あるだけマシだろ」


 俺は今、夏休み真っ只中というのにも関わらず教室で絶賛補習中である。

 うちの学校はバリバリの進学校というわけでもないが赤点にはそれなりに厳しい。期末テストで二科目以上の赤点があるとこうして休みを返上し決められた時間補習がある。

 普段赤点をとるようなことにはならない俺が今回赤点を取ってしまったのには理由があった。期末テストとXdayのアプリ新イベント『サマーバケーション』の期間がだだ被りしたのだ。


 今回の『サマーバケーション』イベントはその名の通りXdayアイドル三人の夏休みオフショットカードがゲーム内でのライブ回数を一定越えると貰える仕様になっていて、俺は絶対に丁嵐さんの夏休みオフショットを手に入れると燃えまくりイベントを走りに走りまくっていた。テスト勉強のことなど忘れて……

 だって丁嵐さん、オフショ二枚集めて覚醒させると羽織っていたシャツを脱ぐんだぞ!? 水着だぞ!? ビキニだぞ!? これより大切なものなど、その時の俺にはなかったんだ。


 毎日徹夜をしている俺を見て、母さんは勉強を頑張っていると思いわざわざ夜食を持ってきてくれた。そこでゲームだったという事実を知った母さんに激怒されテストの存在を思い出した時にはもう遅かった。

 

 苦手な数学、英語で見事赤点。補習が確定。うちのクラスでは赤点を二科目以上とったのは俺ともう一人――お分かりだろうが先ほど登場したお馴染み九重夏姫である。

 加えて俺達二人がプリントをする姿の監視役兼教え役としてこの蒸し暑い教室に共に犠牲となっている益田先生の計三人で、今日も夏休み至上一番無駄であろう補習の時間を過ごしている。


「……九重さん、赤点とかとるんだな。当たり前か。これまで仕事忙しくて勉強する時間なかっただろうし。逆によく高校入学できたな。コネ? コネだろ?」

「あー、そうやっていじわる言うんだから。ちゃんと仕事の合間に通信制で今までも勉強してたんだよ。でもやっぱり限界があったの。私は最初から補習決まってたし」

「え、そうなのか?」


 じゃあ俺は自ら本来九重さん個人補習だった場に飛び込んで行ったのか……


「桜間。九重はいろいろと特例なんだよ。にしても俺のクラスで補習になる奴が他にも出るなんて思ってもなかったけどな」

「――す、すみません益田先生。一足先にやって来たサマーバケーションに浮かれてしまいました」

「何だそれ。ま、お前なら九重と二人にしても安心だし俺としては楽だけど。他の男子生徒だったらやましいこと考えてそうでおちおち居眠りもしてられない」

「先生、俺の場合九重さんの方がやましいこと考えてるかもしれないんで居眠りしないでもらえますか」

「そんなっ! 私はやましいこと考えてなんか――ないよ?」

「今の間は何だよ!」

「考えてないもん! わざと消しゴム落として桜間くんと指触れあうタイミング伺ってなんてないもん!」


 やましいレベルが低すぎて逆に可愛いな!? 平気でへそ丸出しにしたり抱き着いたりしてくるくせに何で急に古典的になるんだよ。


「はいじゃあ九重が消しゴム落とす前に今日はここまで。帰っていいぞー……っと、桜間、これさっき騒いでた時落としてたぞ」

「……あ、あざっす」

「あー! マスジュンずるい! 私がやりたかったやつなのにっ」


 益田先生は俺の手のひらに俺が落とした消しゴムをぽんっと置くと、プリントを集めいち早くこの暑い教室から出て行った。

 

 リスペクトする益田先生との指の触れあいで今日の補習を終えると、続いて俺と九重さんはTO会の部室と言われる空き教室に向かう。

 そう、俺と九重さんの勉強タイムはまだ終わっていない。寧ろ今からが始まりなのだ。

 部室の扉を開くと、これから始まる勉強会を仕切るえくぼが既に席に座り俺達補習組を待ち構えていた。


「二人とも来たね。じゃあテキスト出して? 今日も始めるよ。夏休みの宿題」

「……えくぼ、宿題ならやっぱ家帰って涼し~部屋でやる方がはかどる気しないか?」

「倫ちゃん、さっきまで涼しい教室で勉強してたんでしょ? ここは元々空き教室なんだからエアコンないのは仕方ないよ」

「ええさっきまで勉強してましたとも。最高に生暖かい教室でな」

「……家に帰ったら勉強しないから今ここにいるんじゃないのかな? 涼しかろうが暑かろうが生暖かろうが、しない人はどんな環境でもしないでしょ? ね、倫ちゃん」

「おっしゃる通りです」


 目が全然笑ってないえくぼに淡々と言葉攻めされ、一瞬暑さを忘れ背筋が凍り付く。


「琴ちんありがとう! 補習組じゃないのに私にも勉強教えてくれて」

「……わたしは幼馴染として倫ちゃんの為にやってるの。でも、この教室を夏休みも自由に使えるのは九重さんのお陰だからせめてものお礼」


 そう、えくぼは俺達の補習後にこの教室で夏休みの宿題を一緒にやってくれるついでに勉強を教えてくれている。

 えくぼは運動音痴だが学力は学年でも上位で、昔から成績が良かった。そんなえくぼに何度テスト前救われてきたことか。

 えくぼは俺の赤点が相当ショックだったらしく、放っておくとまた宿題もせずゲームするんじゃないかと心配しこうして一緒に宿題をすることになった。目標は補習期間中に同時に全部の宿題を終えることらしい。

 なので俺は夏休みに入ったものの半分は遊びもせずに、学校にいる時と変わらないメンツ、変わらない場所でとにかく勉強漬けだった。



「ねぇ! やっぱり夏だし二人共海とかお祭りに行きたくない!?」


 勉強会を終え帰る準備をしていると、九重さんが鞄から夏の思い出イベント特集と書かれた冊子を取り出し、さっきまでテキストやノートが広がっていた机にどんっと置きページをめくった。難しい図形や数式はどこにもなく、カラフルで楽しそうでSNS映えを狙った写真の数々。陽キャにしか縁がない世界。図形や数式を見るよりも目がちかちかする。


「花火大会も近くであるみたいだよ! 海だって電車で全然行けるし、ナイトプールとかも今流行ってるみたい。TO会夏休みの活動としてどこかに行くってのはどう?」

「却下。活動ならこの勉強会が活動だ! 大体俺とえくぼがそんなパリピ行事に好んで参加すると思うか?」

「倫ちゃんの言う通り。行きたいなら別の人と行ったらいいんじゃないかな。九重さんはわたし達と違ってそういう人が集まって騒ぐイベント慣れてるでしょ?」

「えぇ~絶対楽しいのに! 高校最後の夏休みだよ? 二度とないんだよ? ねぇってばぁ~!」


 残念だったな九重さん。そんなキラキラ冊子じゃ俺とえくぼを足止めするのは不可能。アニメ雑誌かゲーム攻略本かキャラクターを生み出す素晴らしき絵師様達の画集でも持ってきて出直してこい。

 全く興味がない、を態度で示すように俺とえくぼはスタスタとそれ以上話を聞かず教室から出て行くが、それでも九重さんは冊子を片手にしつこく俺達を追いかける。


「あーしつこいな! じゃあ言わせてもらうけど俺はもう海にも祭りにも行く約束したんだよ! 絶賛プレイ中の学園恋愛ゲームのキャラとな! その子と高校最後の夏休みの思い出を作るんだから邪魔しないでくれ」

「桜間くんってば本当にゲーム内で青春満喫してる! 琴ちんも本当は行きたいよね?」

「わたしも倫ちゃんと同じゲームの別キャラの子と約束してるの」

「琴ちんも!? ずるい! また私だけ仲間外れ。ちぇっ」


 スネる九重さんを尻目に下駄箱を開け靴を履き替える、と。

 始業式の悪夢再来か。またもや俺の下駄箱に一通の手紙が入れられていた。


「九重さん、俺の下駄箱に手紙入れたろ。何企んでんだよ。また十六時に呼び出しか?」

「――何のこと? 私何も入れた覚えないよ」

「またまたぁ。他に誰が俺の下駄箱に手紙なんか入れるんだよ。中見ればすぐにバレ――うわぁぁっ!」


 封を開け手紙を取り出し中を見た瞬間。

 俺は気味の悪さに雄たけびを上げ手紙を持ったまま硬直する。


『殺 僕からココナツを奪ったあなたを許しません スノーマン』


 両側から俺の手紙を覗き込んだ二人が息をのむのがわかった。


「んだこれ気色悪い……」


 今は夏休み。学校に来る生徒なんて限られている。

 一体誰だ? こんな憎悪にまみれた手紙をよこしたのは。それもわざわざ夏休み中に。

 クラスの男子達とはクラスマッチ以降仲良くやっている。今更あの中の誰かがこんな真似するとは到底思えない。

 誰だ、誰なんだ。内容的に九重さんのオタクっていうのだけは間違いない。一難去ってまた一難とはまさに今の現状をいうんだろう。


「――やっぱり九重さんといるとトラブル続きだ! 夏休みも休まらない! こんな不幸の手紙までよこされてどうすればいいんだよぉぉ!」


 嘆く俺に、九重さんとえくぼは打ち合わせしていたかのように声を揃えて言う。


「「私(わたし)が守る! TOとして!」」

 

 怯える俺を一切の揺らぎもない四つの瞳が見つめる。

 心強い。ありがたい。でも……守られてばかりって男としてどうなんだ。俺。


****


 手紙を受け取った次の日から、俺は常に誰かの視線を感じていた。

 学校へ向かう時も、コンビニにアイスを買いに行く時も、ゲームしている時すら――


「ストーカーされてるんだ! 絶対犯人はあの手紙の奴なんだよ!」

「倫ちゃん、落ち着いて……」


 俺は勉強会後、二人に誰かに見られていることを半ば発狂しながら頭を抱え訴えた。


「これはもう手段は一つしかないよ桜間くん」

「……そうだね。わたしも珍しく九重さんと意見が合いそうだよ」

「手段……?」


 頭を抱えたまま顔だけ上げ二人を見ると、二人は大きく頷いてこう言った。


「私達で犯人を捕まえるの!」

「それしかない。倫ちゃんもそう思うでしょ?」


 犯人を――捕まえるって。


「どうやって!? 手がかりもないのにそんな簡単に」

「倫ちゃん、今日はここに来るまで視線は感じた?」

「それは――ああ、感じたよ。学校に着くまでずっとな」


 誰かに見られてるようなのに、視線を感じる先には誰もいない。

 前を向いて歩き出すと、やっぱり誰かが俺を見ている。

 視線が全身に絡みつくような、ねっとりとした嫌な感覚。


「だったら犯人は間違いなく今も近くにいるはずだよ。学校内のどこかに隠れてるかもしれない。とりあえず下駄箱に行ってみない? もしかしたらまた倫ちゃんに手紙が届いてる可能性あるし」

「……そうだな……そうするか」


 入ってたら入ってたで怖いし気が重いけど、このままストーカーされ続けたら身が持たない。

 前回みたいな目に見える嫌がらせもむかつくしストレスだったけど、目に見えない嫌がらせは怒りより恐怖が勝り常に気を張っている状態になる。よってストレスは倍増。


 二人に支えられ、足元がおぼつかないまま下駄箱に到着すると、


「ひっ……!」


 今度は封筒にも入っていない『殺』と書かれた紙だけが入っていた。


「ああああ、殺されるぅぅぅ」

「倫ちゃんしっかりして! 大丈夫だから、今から一人で家まで帰れる?」

「は!? えくぼ、俺を見捨てるのか!?」

「そうじゃない。わたしと九重さんでちゃんと後をつけるから――」

「あーそっか! 琴ちんは一旦桜間くんに囮になってもらうつもりなんだね! そしたら桜間くんの後をつけてる犯人が出て来たとこを私達がとっ捕まえればいいんだ!」

「……そういうこと。倫ちゃんを怖がらせない為に囮って言わないようにしてたのに、余計なこと言うんだから」


 俺が一人で帰って、犯人を呼び出す囮になるってことか?

 もし二人が俺を見失った時に犯人が現れたらどうするんだ。相手はこんな手紙を入れて毎日俺を監視してる悪趣味暇人サイコパス野郎に違いない。捕まえることに失敗したら最後。俺は九重さんを奪ったという冤罪で文字通り殺される……


「殺される。ころされる。コロサレル。ころころころ」


 嫌だといっても他に方法も見当たらないので、俺は覚悟を決めて囮になることを受け入れ何かに囚われたようにぶつぶつ呟きながら帰り道を歩く。周りの人が道を開け、すれ違う人は俺を二度見する。まるで俺が不審者みたいになってるじゃねーか。

 今のところ変な視線は感じない。にしても、二人はちゃんと俺の後ろをついて来れているんだろうか。


 角を曲がり、人気のない道に入る。

 ここを一人で歩いたことはほとんどない。人がいない場所を好む俺なのに、人がいないというだけで今はこんなにも恐怖を感じる。


 ――!

 今、嫌な視線を感じた。

 勘違いか? 違う。間違いなく感じる。蛇のように執念深い視線が。


「っっ!」


 暑さとは違う変な汗が噴き出て、俺は意を決して視線を感じる方向を振り返る。


「……電柱か」


 そこには電柱が立っていただけで他に何もなく、俺はほっと胸を撫で下ろし前を向くと、すぐ目の前に見知らぬ男が立っていた。


「ぎゃああああああああ」


 ころころ殺される! 刺される! 蒸される! もがれる!

 目の前に立つマスクをした男を見て俺は驚いて腰を抜かした。


 すぐさま後ろの電柱から俺を見張ってたであろう九重さんとえくぼが駆け付け、二人で動けない俺を抱えて無理やり立たせる。

 ――いや、蛇みたいな視線の正体はお前らだったのかよ。


「見つけた! 桜間くんを脅かす犯人! ……あれ? 君は……」


 怖いもの知らずなのか意気揚々と犯人と思われる謎の男にすぐさま突っかかる九重さんだったが、相手の顔を見るなり態度が一変する。

 

 ――まさか、知り合いなのか?


背が高くスラッとして眼鏡のよく似合う犯人は、つけていたマスクを外すと隠れていた口元を緩ませ、九重さんを見つめそっと口を開いた。


「お久しぶりですココナツ。あ、もうナンキンのココナツではなくなってしまったんですよね――僕はかつて、ココナツこと九重夏姫さんのTOだったものです」


 九重さんの、TOってことは。

 こいつはアイドルだった九重さんのトップオタク!?

 ……つまりTOのTOが来ちゃったってこと!? ややこしっ!


「そうだ! すっごい前からずっと私のイベント来てくれて手紙もたくさんくれたよね?」

「……覚えてるんですか?」

「もちろん、数えきれないくらい握手したよね!」

「引退するまでで計121回程です。僕の手があなたのか弱いながら力強くもあるその手に包まれたのは」


 数えきれちゃってるよ。


「お二人さんが盛り上がってるとこ悪いけどちょっといいか。俺への手紙も、ここ最近俺にストーカー行為してたのも全部お前だったのか?」


 まるであんな怖い手紙を書くようには見えない自称ココナツTOに聞くと、さっきまでの微笑みがスンッと消え感情のない無表情な顔と声で悪びれる様子もなく「そうです」の一言だけ。


「どうして俺がそんなことされなきゃいけねーんだよ」

「僕はココナツがいなくなって生きる希望を失った」

「……!」

「元から引きこもりがちだった僕の、唯一の外に出る理由、それはココナツに会いに行くこと……それが突然なくなって、引退してから一度も学校にだって行っていない。ココナツとの思い出がいっぱいの自分の部屋に閉じこもって僕はただただ考えた。今自分ができることは何だろう。したいことは何だろう……それは世間から、僕からココナツを奪った奴への復讐」


 眼鏡の奥の鋭い瞳が俺を睨みつける。ゾクっとするこの感じはまさに俺が最近受け続けていた視線だ。


「あらゆるコミュニティを使い調べ上げ、目撃情報からすぐにココナツがこの学校に通っている情報を得た。ココナツは有名人だからそれを得るのは簡単でしたけどね。そこからはココナツを見つめ続けた。するとココナツは常に一人の男を追っていた。何人もの男に追いかけられていたあのココナツが! ……どんな奴かと思えば顔も身長もスタイルも何もかもが特記すべきことなし。今も夏休みに補習を受けてる時点で頭はいいと思えない。どこがいいんだ。聞けばココナツはこんな奴のTOをしていた。かつて俺がTOだった人がこんな奴のTOをしている……あなたが誰もが認めるくらいイケメンだったら良かったんです! あなたがそんなんだと僕まで恥ずかしくてみじめになるじゃないですか!」

「長々と話してくれたけど言いがかりにも程があるし今の話も完全にストーカー行為だぞお前!」

「……でもココナツの楽しそうな顔見たら、今だってココナツの顔を見たら結局僕は何もできない」

「人の話聞いてるか?」


 自称ココナツTOは一歩二歩と足を進め、また俺のすぐ目の前に来ると小さく頭を下げる。


「危害は加えません。殺しだって当然しません。物騒な手紙を書いたことは謝ります……ですが」


 下げた頭を上げ今度は俺より遥かに高い位置から冷たい目で俺を見下ろすと、俺を隣で支えていたえくぼのことなんてお構いなしに俺の両肩を強く掴んだ。指が肩にギリギリと食い込み制服のシャツに皺を寄せていく。


「僕はあなたを認めません。絶対に。そしてココナツを奪ったことは許しても一生呪い続けます。縛り付けます。僕という鎖で。あなたを!」

「怖い痛い怖い痛い! それ許してねーから!」


 シャツの肩部分がこれでもかというくらいしわくちゃになったところで自称ココナツTOは手を離し、それ以上何も言わずに後ろを向いて歩き出した。

 最後に一度こっちを振り返り九重さんに礼をすると、九重さんは呑気に手を振りそれに対して嬉しそうに手を振り返して去って行く。


「九重さん! あんな奴が本当にTOだったのか!? ヤバいぞあいつ! 九重さんと同じくらいヤバい!」

「本当だよ? すっごくいい子なんだけどな。照れ屋さんで可愛くて」

「どうすんだよ……前のクラスマッチん時とはわけが違う。あいつはガチ中のガチだ」


 俺でいう丁嵐さんがあいつにとっての九重さんなら、俺はあいつの気持ちがわかる。俺だって相手の男を絶対恨むだろう。

 でも常識的に考えてあいつみたいに行動には移さない。


 ――にしても最後のあいつの憎悪に満ちた表情、あんなの夢に出てきたら確実にちびる。

 高校生にもなっておねしょなんて黒歴史を残さない為に、俺はただあいつが今日夢に出てこないことを願った……

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