第7話 スチルはちゃんと発生してますか?

「あーっ! ほんっとに嫌だなぁクラスマッチ」

「…………ああ」

「しかもバスケって。背が低い私にはハンデありまくりだし、練習も全っ然したくない! 九重さん別のクラスなのにずぅっと絡んでくるし疲れちゃった。家が逆方向でよかったよ。登下校だけは……今まで通り倫ちゃんと二人の時間死守したいもん」

「…………ああ」

「倫ちゃん? 聞いてる?」

「…………あ! ご、ごめん。バスケ楽しいみたいでよかった!」

「……一言もそんなこと言ってないよ?」

「え――そ、そうだっけ」

「倫ちゃん。何かあったの?」


 練習時間結局俺はずっと浮きっぱなしだった。

 それはそれは見事な浮き方だった。強い力で蹴られて宙に浮いたボールよりも俺の存在は浮いていた。

 休憩中に伊勢がちょくちょく気にかけて声をかけてくれたけど、練習が始まると運動馬鹿の伊勢の目に俺は入っていないようで、俺は今日一日誰にもパスを出さず出されず。後半は諦めて一生リフティングをしていた。ボールは友達。


 練習を終えすぐに丁嵐さんに会いに行こうとスマホでアプリを開いたが、タイトル画面の後一瞬真っ暗になる画面に見たこともないくらい情けない顔をしている自分が映っていて――こんな顔は絶対丁嵐さんに見せられないと思った俺はすぐさまアプリを閉じた。


 それから今までの記憶があまりない。

 えくぼの話も全く入って来ず、終始上の空だった俺を見てどうやらえくぼは俺の異変に気付いたようだ。


 心配そうな顔をするえくぼを見て、俺は何故かひどく安心してしまった。 

 ああ。えくぼになら情けない顔してもいいや。弱音だって吐ける。

 俺は偉大なる幼馴染に感謝しつつ、えくぼに愚痴を聞いてもらうことした。


「えくぼ――俺クラス中の男子に嫌われてるっぽいわ」

「――どういうこと?」

「言葉のまんま。放課後練習中ずっと輪に入れなくてさ。おかしいと思ってたらあいつが教えてくれたんだよ。伊勢。覚えてるだろ?」

「伊勢くん? 覚えてるけど、何を教えてくれたの?」

「いや……俺がグループに入れてもらえないこと相談したらさ、“九重さんから好かれてるから男子に嫉妬されてる”みたいな風に言われて……」

「何それ。倫ちゃん被害者なだけだよ! 伊勢くんは仲間に入れてくれなかったの?」

「あいつにもさ、メンツってのがあんだろ。運動できるしクラスマッチだとリーダー的存在だしさ。周りが嫌がる俺一人より、他の奴らに合わせるのが普通だよ」


 えくぼは俺の話に不満げな顔をしたまま、


「――九重さんのせいだ」


 ぽつりと一言そう言った。


「倫ちゃんが嫌がってたのに、九重さんが付きまとうから」

「九重さんは悪くないって」

「どうして庇うの!? 勝手に変なこと言って変な会作って、今だって倫ちゃんに迷惑かけてることも知らずにどうせいつもみたいにアホ面で笑ってるんだよ?」

「いやでも俺も結局全部受け入れちゃったしさ。九重さん自身の感情と男子クラスメイトが俺に向ける負の感情は別物だし関係ないから」


 九重さんを恨めばまだ楽なのかもしれないけど、実際俺は九重さんに守られてもいたし――九重さんが俺のTOにならなければそもそもこんなことにならなかったのは事実だけど。

 俺の危機管理のなさと、三年生になってからめんどくさいことから逃げ回ってずっと休み時間安定と信頼のえくぼと丁嵐さんと過ごしクラスメイトとの仲を育まなかったツケが回ってきたんだ。


 少し重い空気のまま家に着くと、別れ際にえくぼが俺の手を両手で握り俺を見上げた。


「……わたしが何とかする」

「えっ?」

「わたしが倫ちゃんを助けてあげる」


 いつもより強い目力でそう言うと、握っていた手はするりと離れえくぼは自分の家に帰って行った。


 えくぼが俺を――ぼっちから助けるってことか?

 えくぼが何を思ってどういうつもりなのかはわからないけど、もしかしたらえくぼなりの俺への慰めだったりして。

 えくぼがいつも味方でいてくれるなんてことは、俺が一番わかってる。

 

 そうだ。たかだか一週間ボールを蹴る相手がいないだけだ。

 試合が始まれば敵がいる。敵チームの奴と蹴りあえばいい。

 クラスマッチが何だ。ぼっちが何だ。嫉妬するんじゃなくされる男になれるなんて俺もなかなかやるじゃねーか。

 

 よし、開き直ろう。そしたらもう怖いものなんてない――


 なんていう考えは、やはり甘すぎたようだ。



****


 えくぼの助けてあげる発言は謎のまま三日が過ぎた。あれは思った通りえくぼが俺を勇気づけてくれようとしたんだろう。

 その好意に応える為開き直りを覚えた俺だったが、そううまく人間の感情というのは一時の決意にはついてこれないものだった。


 ぼっちツレェ! ぼっち嫌だ! ボールが友達はもう飽きた!  

 誰か声をかけてくれるんじゃないか、とどこかで期待していた俺は、開き直ったつもりで完全に開き直れてはいなかったんだろう。

 一人で友達を蹴り続け、BGMは楽しそうにサッカーをするクラスメイトの声。

 そんな時間が続くと、さすがの俺も限界だ。


 クラスマッチ前日となった今日も、俺は変わらず広いグラウンドでぼっちを極めている。

 

「あー。明日雨降って中止になんねーかな。土砂降りプラス砂嵐巻き起こるくらい爆風で――」

「明日は快晴らしいぞラッキーボーイ桜間倫太郎」

「うぉわっ!?」


 空を見上げ切なる願いを唱えていると、後ろから急に不意打ちで声をかけられ放課後ぼっちが当たり前だった俺はびっくりして肩が跳ね上がる。


 振り返ると、どこかで見たことあるような顔。

 思い出せそうで思い出せない。同じクラスじゃないことは確かだ。

 

「おいラッキーボーイ桜間倫太郎。俺のこと忘れたのか?」


 さっきから何だその呼び方――あれ。それどこかでも――


“お前はさ、幸運だよ、ラッキーボーイなんだよ……選ばれしものなんだよ……!”


「あー!? おま、始業式の!」

「思い出したか桜間倫太郎。ったく、お前にココナツを教えてやった恩人を簡単に忘れてんなよな」


 一瞬で記憶がフラッシュバックした。

 こいつあれだ。名前も知らない同級生という名の同級生。

 こいつのせいで卵焼きを吐きそうになった記憶しかないのにいつの間にか俺の恩人になっている。怖い。


「ところでさ桜間倫太郎――ココナツとどういう関係か教えろよ! あんなに追っかけまわされるなんて聞いてないぞ! ラッキーとかいう次元じゃないだろもうミラクルボーイだよお前はさぁ!」

「ぐはっ……ちょ、力強いって首閉まるだろぉが……!」

「あ、悪い悪い。で、どういう関係だ?」


 前回いきなり肩を掴まれたように今回は後ろから首に腕をガッと回される。加減ってのを知らないのかこいつは。苦しさで昼食べた卵焼きが出そうになった。


「……どうもしないし知らないしなんもない」

「は? 何だそれ。つまんねーの」


 推しとオタクの関係です、なんて答えても自分で言って意味わかんねーし。

 九重さん関連の質問を男子にされたら「どうもしない」と答えるのが一番いい。これ以上勝手に嫉妬されて敵を増やすのは御免だ。


 もっとしつこいかと思ったけど名前も知らない同級生はそれ以上詮索してくることはなく、あっさりと回していた腕を解き「ちなみに俺のナンキンでの推しは青のトムトムなんだよ~叱られてぇ~!」と聞いてもないくだらない軟禁アイドル推し情報を聞かされた。


「つーかこんなとこずっといていいのか? 練習戻んなくて。お前のクラスも練習中だろ?」

「あー俺汗臭いの苦手だからさ。サボってたらぼっちのラッキー……じゃなくてミラクルボーイ桜間倫太郎見つけたから猛ダッシュしたんだぜ」

「……他のクラスから見てもぼっちバレてんのかよ俺って」

「え? まじでぼっちだったのか? ……なんかごめん!」


 いや冗談だったのかよ! 今の俺にその冗談は通じないどころか寧ろキツい。


「でも、お前にはココナツがいるじゃん」

「は? 別に九重さん関係ないだろ」

「いやあるだろ。高校三年生にもなってぼっち。だけど味方に女子がいる。しかもココナツ。ラッキーじゃんか。いやミラクルじゃんか」

「どこがだよ……でもお前がどういうつもりであれ、話しかけてくれてサンキュな」


 気が紛れたお礼を言うと、名前も知らない同級生は驚いた顔をした後、急に真面目な顔になる。


「――桜間倫太郎。気をつけろ。女の嫉妬も醜いが、男の嫉妬はもっと醜いもんさ」


 そう言い終えるとまた最初のおちゃらけた顔に戻り、名前も知らない同級生は去って行った。



 練習後。

 周りと同じようにボールを片付けていると「桜間ー!」と突然の呼びかけにまたもや肩をビクつかせながら振り返ると、今度は見慣れた顔のクラスメイトが立っていた。

 俺が驚いて目をぱちくりさせているのを見てニヤつくクラスメイト。ろくなことを言われないんだろうなとすぐに悟った。


「女子達がさ、体育館のバスケットボール出しっぱなしで帰っちまったみたいなんだよ。桜間、お前って女好きだろ? だから片付けといてくんない?」


 ほーら。思った通りろくなことじゃない。

 更に思ってたよりもクソみたいな内容にさすがの俺もキレそうになった。


「おーわかったー! じゃあ俺体育館行ってくるからこっち頼むわ」


 ギリギリの愛想笑いを浮かべ、ギリギリで保てる内に俺はグラウンドを後にした。


「小学生かよ! 女好きだって? それはお前らだろーが! 確かに俺も好きですけど!? でもそれは画面の向こう限定じゃああああ!」


 周りに誰もいないのを確認すると、俺は一人でキレ散らかしながら体育館へ向かう。

 あんな奴らの機嫌を少しでも伺おうとした自分が悔しい。


 体育館に着くと誰もいない上に、バスケットボールが一つだけ転がっているだけだった。あいつら俺をただグラウンドから追い出したかっただけってことか。

 俺はバスケットボールを拾い上げ、そのまま用具室に行きボールを戻す。


 今日で練習は終わり。もうこんなクソみたいな放課後とはオサラバだ。

 明日からはまたすぐ家に帰って丁嵐さんと過ごすハッピーライフが待ってるんだ。

 さーとっとと帰ろ――


 ガラッ ガチャッ


「――!?」


 大きく伸びをしていると、背後で嫌な物音がした。

 扉と、鍵が閉まる音。


 怖くて後ろが振り返れない。しかし振り返らなければ確認ができない。

 バッと風を切るくらい勢いよく首を後ろに向けると、さっきまで開けっ放しだった扉は完全に閉まっていた。


 ――嘘だろ。

 こんなベタな嫌がらせある? まじか。これまじなのか。

 狙いは俺をグラウンドから追い出すんじゃなく、これだったのか。

 スマホはグラウンドに置いた鞄の中で、助けを呼ぶ手段はない。


 もしこのまま助けが来なかったら、俺一人で真っ暗の中ずっと……ダメだ。考えたら怖くなってきた。

 

 ガタッ

「ひいぃ!?」


 恐怖心が芽生えたその瞬間、近くでまた嫌な物音がした。

 今度は肩じゃなく心臓が跳ね上がった俺は、思わず尻餅をつき後ずさる。


 物陰から、うごめく何かが見えて怖くなり俺はぎゅっと固く目を閉じた。

 幽霊が出るには時間早すぎないか? もうちょっと夜になるまで待機してていいんだよ幽霊さん! 俺その間にちゃんと帰るから!


 うごめいてた何かが、ゆらりと立ち上がる。

 あ、終わった。俺死ぬかも。俺が死んだら次は俺が用具室の地縛霊になってあいつらに仕返ししてやる。

 せめて俺を襲う奴の顔くらいちゃんと拝んでやろう。とイキッてみるもののやっぱり怖い。

 いや待てよ。うごめく何かが幽霊と決まったわけじゃない。ただ用具が倒れただけかもしれないし勝手に用具が立ち上がっただけかもしれない。いやそれはない。


 ――そーっと目を開けてみる。

 ――すると、そこにいたのは


「……こ、九重さん!?」


 ジャージ姿の九重さんが、この大ピンチの中急に体育用具室から姿を現した。


「え!? 何でいんだよ!?」

「……えーっと、単刀直入に言うと桜間くんがこうなるの知ってて……」

「はぁぁ!?」


 うごめく何かこと九重さんは、ここにいるだけでも意味不明なのに上を行く意味不明な発言をする。


「き、聞いちゃったの。男子達が計画してること――」


 計画って――ああ。やっぱりじゃあ今ここに俺が閉じ込められてるのはあいつらの仕業ってことで合ってるのか。


「でもだからって何で九重さんがここにいんの!?」

「それはもちろん! TOとして私が桜間くんをアンチから守ろうと思って!」

「いや知ってたなら教えろよ! そしたら回避できただろうが! 二人とも閉じ込められる前に!」

「……あっ。そっか」

「…………」


 馬鹿軟禁アイドルココナツ。本当に軟禁されてんじゃねーか。

 

「! そうだ、九重さんスマホ持ってるよな? それで助けを」

「……あっ。忘れちゃった!」

「…………」



 状況が把握できたから簡単にまとめよう。

 俺が嫌いなクラスメイトの男子達は放課後練習最終日の今日を狙って俺を体育用具室に閉じ込めるっていうベタな計画を立てていた。

 それを偶然にも九重さんが聞いてしまい、自分も一緒に閉じ込められようというちょっとよくわからない方法で俺を守ろうとして今ここにいる――


 先回りしてここでずっと俺が閉じ込められるのを待ってたのかと思うと、何でその間にその方法がおかしいことに気付かないんだと疑問でならない。

 九重さん、行動は大胆極まりないんだけどやっぱりどこか抜けてるんだよな……


 でも、一人で閉じ込められるよりは二人の方が全然いい。

 さっきまでの恐怖心は九重さんがいてくれることによって薄れ、俺は冷静さを取り戻すことができた。


 二人共その場に座り込む。

 俺は床であぐらをかき、九重さんはマットの上で体育座りをして縮こまっている。

 いつもだったらうるさいくらい一人で喋っている九重さんも、この状況だからか妙に静かで変な感じだ。


「桜間くん。私のせいでごめんね」


 沈黙を、か細い声が破る。

 九重さんを見ると、申し訳なさそうに眉毛をハの字にした九重さんと目が合った。


「……いいよ。別に。てか九重さんのせいじゃないし」

「こんなことになるって思わなかった。自分のことも、みんなのことも……桜間くんのことも私全然わかってなかった。ごめんね」


 ――こんな真面目に落ち込む九重さんを見るのは初めてだ。

 完全に自分に負い目を感じているようで、いつもこっちが逸らしたくなるくらいまっすぐ見つめてくるのに今は俺と目を合わせるのをためらっているように感じ取れる。


 別に、この件に関して九重さんが俺に悪いと思うことはない。

 何度も言うけど俺は九重さんに怒ってないし、今も責める気なんて一ミリもない。


「――高校生活最後にこんなギャルゲー展開経験できるなんて、ある意味この状況はラッキーだな。それにこんなのギャルゲーならよくあることだから気にすんな」


 落ち込む九重さんを少しでも慰めようと思いそう返事をすると、九重さんは不私語そうに首を傾げる。


「ギャルゲーって?」

「俺が最近放課後やってたやつ。たくさんいる可愛い可愛い女キャラを必死におとしていく……」

「ああ! この前バッドエンドで殺されてたやつ!?」

「……合ってるけどそれは少し特殊なやつだからあれを基準にするな。あの時はあいつがあんなヤンデレとは思わなかったんだよ。ま、恋愛シミュレーションゲームってやつだ。女がイケメンをおとす方は乙女ゲームっていうんだけどそっちもなかなか面白いぞ?」

「そうなんだ! 乙女ゲームって、その響きだけで楽しそうってわかる!」


 九重さんは興味深そうに俺の話を聞いている。今度昔やった乙女ゲームでも貸してあげよう。あ、でも確かそのゲームもバッドエンド殺されたな。


「そういうゲームではハプニングがつきものってかハプニング起こす為に俺達主人公は頑張ってんだ。だから閉じ込められるなんてのはあるあるなんだよ。多分恋愛ゲーの世界だったら今の俺達がスチルになって、後でアルバムで振り返られるぜ」

「……ふふ。桜間くんって優しいね。閉じ込められてるのに、そうやって今も場を和ませてくれて」

「別にそういうんじゃ……それにどうしようもないだろ。待ってたら助け来るだろうし。今はこの状況を楽しめばいいんだよ」


 一人だったら絶対こんな余裕ぶっこけなかったけど。今頃鼻水たらして泣いてたかもしれない。

 九重さんの助け方はやっぱおかしいと思うけど、一緒にいてくれてマジでよかった。


「ねぇ、どうして桜間くんは恋愛ゲームが好きなの?」


 九重さんは座ってたマットから俺の近くに移動して、前のめりで俺に問う。

 近くにきた九重さんからふわっとシャンプーみたいな香りがする。運動後でもこんないい香りがするなんて、汗臭い男子とは大違いだ。

 

「――うーん。そうだなぁ。現実の俺が普通に学校生活送っても得られなかったであろう青春やときめきをくれるから。俺は恋愛ゲームとそのキャラにドキドキするってことを教えてもらったし、感謝してるよ」


 きっと俺みたいに普通を絵に描いたような男が経験できなかったようなことを、恋愛ゲームは経験させてくれた。

 ゲームだから経験できて当たり前じゃん、と他の奴に思われたって別にいい。俺が勝手に恋愛ゲームから学びを得てるだけだ。

 現実との区別がついてないといわれようが、ゲームをしている時はその世界が俺の現実なんだから仕方ない。


「そっか。じゃあ桜間くんにとっての恋愛ゲームは、私にとって桜間くんみたいなものなんだね!」

「――え?」


 すっげー理解した感出てるけどちょっとよく意味がわからな――


「だって私は高校生活最後にやっと、今まで経験できなかった青春やときめきを桜間くんにもらってるから」

「…………」


 俺は返す言葉が出てこず無言になると同時に、心の中ではっとした。


 自分にとって恋愛ゲームは大切で大好きなもの。

 俺にいろんなものを与えてくれ教えてくれる。

 でも俺は九重さんにそこまでのものを与えた覚えも教えた覚えもない。

 どうして、九重さんは俺という存在をそういう風に思うのか理由がわからないけど――


 この言葉を聞いて、俺は今まで九重さんをめんどくさいと避けたり適当に扱ってしまったことを少しだけ反省した。

 九重さんからしたら、好感度が一切上がらないキャラをずっと攻略してるのと同じことじゃないか。

 俺だったら気持ちが折れるし続けられない。

 だけど九重さんは、折れるどころか今もこうして俺と一緒に閉じ込められてくれている。

 

 ――!? まさかこの体育用具室軟禁イベントが俺の好感度が上がる仕様になってるのか?

 俺知らない間に九重さんというプレイヤーに着々と攻略されてるんじゃ……!


「そっ、その手には乗らないからな! 俺は難易度ナンバーワン攻略キャラ……いや最早攻略対象外のモブ!」

「ん? 次はなんの話?」

「だから例え元アイドルだろうが本当に名前通り軟禁されるようなすっとぼけ主人公に俺の攻略は不可能であってだな」

「――あ、本当だ! 元ナンキンのアイドルが軟禁って、見出しに出たらなかなかのインパクトだね! もう桜間くんってば、面白いこと言うんだから! あはは!」


 嫌味のつもりが見事にすっとぼけアイドルはスルーされ爆笑で返されてしまった。

 散々笑い終わった後、ふぅ、と息を吐き九重さんは言う。


「……でも、琴ちんには怒られちゃうなぁ」

「えくぼに? 何でだよ」

「だって大事な幼馴染の桜間くんをこんな目に遭わせちゃったんだよ? 桜間くんは違うって言ってくれても原因は私。推しを危険に晒すなんてあってはならない。私は報いを受けて当然なの」

「大袈裟すぎだろ。えくぼは……まぁ、俺だって怒られそうだし……」


 というか、えくぼはどうしたんだろうか。

 いつも用事がない限りは俺をずっと待ってくれているけど、俺は現在進行形でここに閉じ込められている。

 ……さすがに先に帰っただろうな。連絡もとれないし。

 

 今何時なんだろう。

 腹も減ったし、ないとは思うけどこのまま朝までってなったら困る。

 九重さんだってそれは困るだろうし……男女で体育用具室で一夜を過ごすって何も起きなかったとしても字面だけでヤバい。


 それに! 俺からはないけど、九重さんは積極的だしもしかしたら俺が襲われる可能性だって――


『桜間くん……寒いから一緒にくっついて寝てもいい?』

『いやもう夏目の前だぞ。暑いだろ』

『言われてみれば……今度は暑くなってきちゃった……』

『――! おい、何して』

『ねぇ桜間くん……脱いじゃっても、いい?』


 妄想の中の九重さんが頬を赤らめ荒い息遣いでジャージのファスナーを下げ始めたところで、バァアン! と音を立て勢いよく扉が開き、俺は不純な妄想世界から現実世界へ引き戻される。

 俺、 九重さん相手に何考えてるんだ! 自分で自分を一発殴りたい。


「ひゃあっ!」


 急に開いた扉と大きな音に驚いたのか、九重さんが俺に抱き着いてくる。

 ちょ、近い近い近い。ジャージのファスナーは当たり前にちゃんと閉まってるけど、ジャージ越しになんか、柔らかいものが……


「――倫ちゃん」


 俺の意識が柔らかいものに完全に向きかけていた時、それを絶対阻止するかのように俺を呼ぶ聞き慣れた声がした。


「えくぼ!? どうしてここが……いや、違うんだ。この状況はだな……説明すると……」


 まずいだろ。

 こんなところで九重さんに抱き着かれてる姿をえくぼに見られるなんて、勘違いされるに決まっている。

 怖い雰囲気を纏ったえくぼがしどろもどろな俺を見据えたところで、九重さんが急に俺の前に立ち塞がった。


「違うの琴ちん! 桜間くんは何も悪く――むぎゃっ」


 俺を庇う九重さんはあっさりと無言のえくぼによって倒され、九重さんは変な声を上げてマットにドサッと倒れこんだ。

 えくぼは俺の目の前に立ち何も言わない。

 怒ってるのか? 怒ってるよな?

 でもここにいるってことは、えくぼが俺を助けに来てくれたに違いない。


 まずはえくぼにお礼を言おう。話はそれからだ。


「ごっ、ごめんなさいぃぃぃぃぃ」

「――へ?」


 しかし俺のありがとうより先に、何故かえくぼは大号泣しながら俺に抱き着き、ただひたすら「ごめんなさい」と謝罪し続けた。


 ――またわけわからない展開なんですけど。


 混乱する頭の中で、えくぼからは九重さんから感じた柔らかさがあんまり感じないななんて思っていたことがバレたら、俺は今すぐ殴られるだろう。





 

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