第6話 ボールが友達ならぼっちは回避できますか?
あの後、ささめんの缶バッジを無事九重さんに渡すとお礼にと言って九重さんが成田莉緒のどこにも公開されていないプライベート写真を俺に見せてくれるという神的なお礼をしてくれた。
もちろん本人には許可済みのようで「私を勝手に売るな」と笑っていたらしい。怒らないなんて心が広くて素敵な人だ。俺は一人で勝手に感動した。
初の活動日を終え、今後TO会の活動日は水曜日になることが九重さんの独断により決定。
他の日も空き教室である部室に集まるのは自由だが、水曜日だけは絶対というルールだ。
活動日といっても基本ただ部室で雑誌見たりひたすらアプリしたりするだけで、いつもと同じことをやる場所が違うだけに過ぎない。
そこに九重さんとえくぼが一緒にいるだけだ。九重さんがうるさいのだけが難だけど。
それに九重さん全然俺を応援してもないし、寧ろずっとささめんの応援をしている。TO会とは名ばかりでやってることは健全高校生の他愛もない日常そのものだった。
最初こそ戸惑い、突然やって来た爆弾軟禁アイドルに嘆く日々を送っていたが、人間というのは恐ろしいもので一学期が終わりに近づく頃には俺もこの日々や光景にもすっかり慣れてしまっていた。
周りも最初ほど騒がなくなり、九重さんも前よりは学校生活を送りやすそうにしている。
前はまるで俺達の教室は動物園の檻の中みたいだったからな……人だかりがすごすぎて……まぁ、誰も俺のことは見てないんだけど。
九重さんが動物園でいう大人気の愛くるしいパンダたとしたら、俺は見ててつまらないランキング上位常連のナマケモノだろう。
九重さんが俺を構う時だけおこぼれで視線が俺にも集まるが、俺の反応や返しを全員共通して“つまんねーなこいつ”と思ってることは間違いなしだ。俺はその視線の暴力をこの約三ヶ月間感じてきた。
目立つのが嫌で、九重さんのせいで注目されることが耐えられないと悩んでいたはずなのに、ナマケモノである俺への関心なんて一瞬で消え去って行く。
世の中そういうもんだ。興味を持たれ続けるものには何にも変えられない魅力があるし、魅力がないものは何かをきっかけに興味を持たれることがあってもそこに持続効果なんてのは存在しない。
「桜間くんっ! 今週の水曜日は何しよっか?」
――でもおかしなことに、大人気のパンダだけは自分を囲み可愛いと褒めたたえる観衆より、つまらないナマケモノに今も尚関心を示し続けている。
「……九重さん、朝のHRちゃんと聞いてた? 今日からクラスマッチの放課後練習始まるから今週の活動は無理だぞ」
社会人も学生も飛びぬけて憂鬱であろう月曜日。の帰りのHR直前。
まるで金曜の放課後かと思うくらいのテンションで話しかけてくる九重さんに、俺は月曜朝学校に行く前くらいの気だるさで返事をした。
「えぇ!? というかクラスマッチって――何のことだっけ?」
「そこからかよ! その話は前からちょいちょい出てたと思うんですけど!? まぁとりあえず今からちゃーんと益田先生の話を聞け。そしたらすぐ理解できる」
「あ。でもでもっ! それなら今週は水曜以外も放課後桜間くんと一緒にいられるってこと? だったら毎日活動日だね!」
「えーっとその辺もさ、今から話聞けばわかるから前向けって」
俺は片手でしっしっと何かを追いやる時にするジェスチャーをして九重さんを無理やり前に向かせた。
パンダを追いやるなんて行為をする外道は今この空間で俺くらいなもんだろう。
「おーっし。じゃあHR始めるぞー」
さっきの俺に負けないくらい気だるげな益田先生の声。
先生もやっぱり月曜日は憂鬱なんだろうか。朝からついていた寝ぐせが放課後も直っていないままプリントを配る先生を見て俺は勝手にそんなことを思った。
「じゃあまず今週金曜にある三年生クラスマッチの詳細確認だ。今日から全クラス放課後練習を許可する。グラウンドや体育館は他クラスと喧嘩せず譲り合って平和に使うように」
はあ――いよいよきたか。最後の高校生活で最初のイベント、クラスマッチ。
うちの学校には体育祭がなく、毎年一学期の終わりにこうやってクラスマッチが開催される。
体育祭みたいにクソ暑い中時間とって練習しなくていいし、特に運動が得意でも不得意でもない俺からしたらクラスマッチで終わる方が楽で有難い。
が、クラスに一人は必ずいるザ・体育系男子or女子達はクラスマッチに命懸けだ。
体育祭がない分、彼ら彼女らが力を発揮できるのはこのイベントしかないといってもいい。
俺みたいに勝ち負けがどうでもいい奴と違って、勝利しか見据えてない奴のこのクラスマッチへの真剣度は尋常じゃない。
今も周りを見渡せば、瞳に炎を宿しながら先生の話を聞いている生徒が数人確認できた。なるほどこいつらがこのクラスの運動馬鹿か。
――めんどくさいけど放課後練習をサボるなんてことをしたらやる気がないと判断されチームのいらない奴として扱われ当日居場所がなくなるのは明白。
運動馬鹿がリードするクラスマッチで運動馬鹿に見放されたら終わりだ。その代わり奴らは下手でも頑張って努力している奴には優しいのが特徴でもある。
だから俺は毎年、実際やる気ないけどそこを見せないでちょーーどいい位置で頑張ってる風に見える奴。を目標に本来丁嵐さんと過ごすはずだったこの時間を一週間だけ放課後練習に身を捧げているのだ。
最後のクラスマッチもいつも通りやり過ごそう……そう思いながら先生の声を聞き配られたプリントに視線を落とす。
「今年の競技は男子サッカー。女子バスケ。サッカーは雨天でも土砂降りじゃない限り決行だ。週間予報では天気に問題ないみたいだからまぁ大丈夫だろ」
げっ。今年サッカーかよ……苦手なんだよなぁ。去年は確かソフトだったっけ。
男子はグラウンド、女子は体育館という縛りで毎年競技だけ変わる。どうせならドッジボールとかにしてくれ。そしたらソッコー当たって外野行くのに。
それはさておき、つまりこういうわけで九重さんがさっき言っていた「毎日放課後一緒にいられる」という期待は淡く儚く散って行った。九重さんと俺には性別という名の越えられない壁があったからだ。
九重さん、今どんな顔してるんだ? と俺の中にあったほんの少しのS心が湧いてしまうが見えるのは背中だけで表情は読めないでいたその時。
「先生! 桜間くんはバスケをしたいそうです!」
「先生! 言ってません!」
突然挙手をしとんでも発言をする九重さん。
俺は今まで九重さんのこの奇天烈な行動に振り回されてきた経験から瞬時に体が反応し、すぐさま自分も挙手して九重さんの虚言を撤回する。
まるでコントみたいなその一連の流れに、クラスメイトからは笑いが起きた。
「九重。勝手なことを言わないように」
「じゃあ私がサッカーやるっていうのはどうですか!?」
「九重が放課後グラウンドじゃなくてちゃんと体育館に行くよう他の女子見張っとけー。以上」
……俺以外にもう一人いた。この空間でパンダを追いやれる外道。
九重さんをあっさり交わすとは大人の余裕を感じる。やべー。益田先生マジリスペクトだわ。
「男女別って何!? 聞いてないもん! 私サッカーしたい! 体育館になんて行かな……うわあああああん!」
悲しみ嘆く九重さんは、そのまま女子達によって体育館へ連行された。
――てか九重さんって運動できんのか?
えくぼは見た目通りの運動オンチでいつもこの時期が来ると嫌がってるけど……九重さんはどうなんだろ。
アイドルやってたんだしダンスとかこなしてたなら、ある程度運動もできそうだな。
まぁでもできたら「さすが!」ってなるし、できなくても「可愛い!」ってなりそうだからどっちに転んでもプラスにしかならないだろう。パンダはクラスマッチの乗り越え方もイージーモードってか。クソ。羨ましい。
「……やべっ! 俺も行かなきゃ」
席に座ったままどうでもいいことを考えていたら、いつの間にか誰もいなくなっていて俺は焦ってジャージに着替え鞄を手に取り教室を出る。
――あれ。
グラウンドまで走りながら俺は思った。
――そういやこういう時に俺に“行くぞ”って声かけてくれる奴、誰もいないのか。
****
グラウンドには他のクラスの奴らも集まっていてむさくるしい男どもの熱気がむんむんとしている。
最後だからなのか全員無駄に気合が入っていて、俺はひたすら上がり続ける熱気にむせ返しそうだった。
まずはグループに分かれパス練習をしようということになり、俺は運動馬鹿グループは避けいつも通り一番馴染みやすそうなグループに入ろうと試みる。
あ、あそこがいいな。全員そこまで運動得意じゃなさそうで心の底ではきっと嫌々練習に参加している系。
「なぁ、俺も一緒にやっていい?」
狙いを定めたグループにへらっと笑いながら話しかける。
「あー、俺らもういっぱいだから他の奴らと組んでよ」
「――へ?」
ちょ、マ? ん?
「あっ、ああ。了解! 悪かったな~あはは……」
俺、断られた? んだよな?
理解するのに数秒かかった。いっぱいだからってどう考えてもそんな人数いなかったし、寧ろパス練習なんて人数多い方が自分に回ってこなくて楽だろーが!
もしかすると心の中でやる気に満ちた炎を燃やす内に秘めた闘志系グループだったのかもしれな。きっとそうだ。
あ、あそこもいいな。全員運動はまぁまぁだけどすげーできるわけでもなく、ただクラスマッチ楽しめたらいいや系。
「なぁ、俺も一緒にやっていい?」
次に狙いを定めたグループにさっきよりも笑顔を意識して話しかける。
「ワリ。定員いっぱいだわ」
「へ?」
その後も俺はことごとく制限なんてないのに「もういっぱいだ」という支離滅裂な理由で断られ――運動馬鹿グループを除いたグループ全てに撃沈した。
は!? 全滅はやべーだろ! 何で!? 俺ぼっちじゃん! ボール蹴ってくれる友達もいねーじゃん! ボールは友達ってよく言うけど今まさしくボールしか友達がいねーよ! いや寧ろ手元にボールないからボールすらいねー! 真のぼっち!
……まさか、わざと避けられてんのか?
一年の時も二年の時も、適当に話しかけたら基本誰かが受け入れてくれた。今までこんなことは……なかった。
でも振り返ってみると、俺は三年生になって教室でちゃんと九重さん以外のクラスメイトに関わったことがあっただろうか?
かと言って男子がこんな、言い方悪いけど女子みたいな陰湿なことするとは考えにくいし。
とにかく、グループ練習になる度こうやってぼっちになるなんてずっとこのままじゃ地獄だ。
残りは運動馬鹿グループのみ……いや、それこそ普通に行ったって俺みたいな奴が受け入れられるわけない。
ガチ勢の集まりににわかが飛び込むのと同じだ。ガチ勢からは知識のなさを疎まれるしにわかは知識について行けずガチさに引いてしまいいいことなんか一つもない。
他より勢い強めのパスを出しまくってる運動馬鹿グループの様子を離れた場所から伺っていると、俺は一人見覚えのある奴を見つけた。
「! あいつ、確か――」
いかにも運動ができそうながっしりしたでかい身体に、スポーツマンらしさを表す清潔感ある短髪。
リーダーシップもあり俺とは無縁の人物だが、俺は奴と話したことがある。
ていうのも一年の時同じクラスで、伊勢がえくぼと同じ図書委員だったからなんだけど。
どうしてこんないかにも体育系な奴が図書委員なのかと不思議でしょうがなかったからよく覚えている。
……運動馬鹿のとこに入るのだけは絶対に嫌だったがこの際仕方ない。
寧ろここに仲が良い奴がいれば周りの態度も変わるだろう。伊勢はクラスマッチでのクラスカースト上位人物だ。
えくぼもよく「伊勢くんは優しくていい人だよ」と言ってたしいい奴なのは間違いないだろう。
次だ。次伊勢がパスを出した瞬間に声をかけ――
「よーし。じゃ一回休憩すっか!」
…………。
――結局、一度もボールに触れることなく俺のパス練は終わった。
休憩って俺今までもずっと休憩してたようなもんだけど。全然疲れてませんけど。喉も別に潤い残ってますけど。
そんなぼっち事実がバレないように、俺はかいてもない汗を拭くフリをしながら水をごくごくと飲んだ。
「ぷはーっ!」
疲れてもないのに飲み方だけは一丁前な自分に笑いそうになっていると、すぐ近くに伊勢がやって来る。
キラキラ光る汗を拭きながら横に腰かける伊勢をバレない程度にチラ見しながら、話しかけるかどうかを迷っていた。
ラッキーなことに今は伊勢一人だけで絶好の話しかけチャンス。悩んでいる間に休憩時間が終わるかもしれない。
次の練習もグループ練習だったら俺は終わりだ――よし。
「い、伊勢! 話すの久しぶりだけど覚えてる? 一年の時同じクラスだったんだけど――」
意を決して俺は伊勢に声をかけた。
「……おお! 当たり前だろ。桜間と同じクラスだって思ってたけどお前授業以外ほとんど教室いないからさ。やっと話せたよ」
「……伊勢」
なんだろう、じーんときた。
予想以上に優しい伊勢の反応。さっきまで拒否され続け冷たくなった俺の心をあったかい太陽が包み込んでくれるかのような感覚。
“やっと話せた”なんて、全然話しかけてくれてよかったのに! 隣に座った時点で声かけてくれてよかったのに! 伊勢からの歩み寄り大歓迎だったのに!
「クラスマッチ頑張ろうな! ところで桜間はサッカーできんのか? パス練他のグループ見てないからさ。どいつがうまいかまだ把握してなくて。一緒にした奴らどうだった?」
「あ……いや、そのさ」
「? どうしたんだよ。浮かない顔して。あ、お前もしかしてサッカー下手なんだろ? 大丈夫だって、そんな奴他にもたくさん――」
「いや、そうじゃなくて! ――あ、あのさ、俺ってクラスで避けられてたり、する?」
「…………桜間が?」
「思い込みだったらいいんだけど、うん。まじダセーんだけどグループに全然入れないっつーか……」
俺がそう言うと、伊勢は「ああ……」と納得したような声を出す。
え、何その感じ。俺としては「勘違いだって!」って笑われたかったとこなんですけど?
「桜間さ、嫉妬されてんだよ。九重さんに好かれてるから」
「――は!?」
嫉妬!?
「ちょっと待て、俺別に好きでアピられてるわけじゃ――」
見てたらわかるだろ。俺は益田先生並みにいつも九重さんをかわしてるし、クラスメイトの前で九重さんと仲良くしてるつもりもない。
向こうが話しかけてくるからそう見えるのかもしれない――が! それなら他の奴らだって仲良く話してるし……
いやわかる。言いたいことは。アイドルだった九重さんが俺みたいな冴えない奴のオタクってどういうこと? ってのも。
でももう一学期も終わりで時間も経ったし、みんなもう俺に関心なんてないと思っていた。
「その態度が嫌って奴もいるからなぁ。九重さんに興味ありません的な桜間の態度」
「はぁぁ!? そっ、そんなこと言われても」
「結局どっちにしろ気にくわねーんだよ。アピール受けても、避けても」
「……んなの」
どうしろっつーんだよ。
下を向いて青ざめる俺の肩をポンッと伊勢が無言で叩き、伊勢は他の運動馬鹿の元に戻って行ってしまった。俺を連れて行くこともなく。
今のは慰めか? 哀れみか? 諦めろって言ってんのか?
休憩が終わり、またグループ別で軽く蹴り合うことになったが、動かない俺を気にかけてくれる奴は誰もいない。
グラウンドに響く笑い声は、さっき教室で起きた笑いと同じはずなのに全く別のものに聞こえる。
九重さんが近くにいないというだけで、俺はこんなあからさまに嫌われるのか。
九重さんと深く関わるとこうなるんじゃないかという不安は最初は物凄くあった。だから平和主義な俺は嫌だった。
でも思いのほか他人から攻撃を受けることがなく拍子抜けした俺は、俺みたいなのは例え九重さんと関わってようが不安にすらならない雑魚なんだと周りが認識したと思い込んでいた。
パンダの輝きでナマケモノは霞み視界にも入らない。
でも実際はいつも近くにいたパンダの輝きに、俺は今まで守られていただけに過ぎなかったみたいだ。
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