第4話 それでも元缶バッジ側の人間ですか?
Xday――それは突然、俺達オタクの元に訪れた。
一年半前、何の予告もなく突如リリースされたアイドル育成リズムゲーム“Xday”。
Xdayというのはユニット名で、キャッチコピーは「キミとワタシ達が愛し合う未来は確定されている――」。
メンバーは三人。
元気いっぱい! 太陽みたいに眩しい笑顔の
一匹狼。プライド高い天邪鬼の丁嵐ふうか。イメージカラーは黒。
優しくてどこか儚げ。まとめ役リーダーの
太陽のような光でみんなを照らし、時には攻撃的な嵐を起こし、時には感傷的な雨を降らす。
全く違った三人が様々な楽曲に挑戦し、笑い合い、ぶつかり合い……そんな彼女らのアイドル生活を一番近くで応援するマネージャーが俺達オタ……じゃなくてプレイヤーという設定だ。
ストーリーを進め新しい楽曲を解放し次は音ゲーに挑戦。カードをガチャで引きキャラクターを成長等、仕様はよくあるアプリゲームと全く同じ。
しかしリリースされて以来、Xdayは男性向けアイドルゲームでトップの売り上げを誇り、その人気はとどまることを知らない。
アイドルは三人しかいないが一人一人の魅力が凄まじく、のめり込むオタクは数知れず。
そして俺もまた、Xday――そのメンバーに心を奪われた一人だった。
「桜間くんっ! Xdayやばかっこよすぎ! 私徹夜でやってたよ!」
いつも通りえくぼと登校し校門に着いた瞬間、待ち伏せしていたのか九重さんが現れ興奮気味に話しかけてきた。
しかも話の内容がまさかのXday。ガンスルー確定場面だったにも関わらず、九重さんは話の内容でいとも簡単にその未来を覆した。
「――九重さんXdayに興味持ってくれたの? ちゃんとゲームダウンロードまでして」
「うん! 見せてくれたムービーかっこよかったし、曲が耳に残ってさ! やりだしたらめちゃくちゃ楽しくて、早く桜間くんと話したくてうずうずしてた!」
「だろ!? キャラもストーリーもいいんだけど曲の完成度はすごいよな。何度聴いても飽きないっていうか」
「まだやり始めであんまり曲解放できてないんだけどどんどん増えてく感じだよね? 楽しみ~!」
「最新リリースの曲まで追い付くには今からだと大変だろうけど頑張って! めちゃくちゃかっこいいから!」
「あとさ、今のゲームすごいね!? めっちゃ動く! ぬるっと動く!」
「そう! しかもめっちゃ喋る! コミュニケーションも取れるし、現実のアイドルみたいだろ?」
「現実のアイドルよりもコミュニケーション取れるよ!」
「あはは! それ元アイドルに言われたら説得力すごいって――」
Xdayの話ができる人が今までえくぼしかいなかったから、楽しくてつい九重さんと盛り上がっていると
「倫ちゃんの気引きたいだけだと思うけど」
隣のえくぼがボソッとそんなことを言い出した。
「違うもん! ちゃんと興味持ってやったしハマってる! 勝手なこと言わないで」
「あっ、ごめん。それならいいの。でもわたしと倫ちゃんはいわゆるガチ勢ってやつだから、九重さんが不純な理由でXdayに手出してたら悲しいなぁと思って」
「不純な理由なのは琴ちんでしょ」
「何のことを言ってるのか全然わかんない。わたしは本当に好きなんだけど。バリバリ課金ユーザーだし」
確かにえくぼはガチ勢で、推しの左雨ことささめんのレアカードを引く為によく課金しているとこをも見る。
……そんなことより何かこの二人バチバチしてない? 仲悪いの? 仲悪くなるほど交流あったっけ?
どっちかというと九重さんがえくぼに態度悪い感じだけど、優しいえくぼが九重さんに何かするとは思えないし――俺の気にしすぎか。
「ねえ桜間くん! 今日放課後もっとXdayのこと教えて! 部室集合でさ。私が気合入れて部室飾ったのも見て欲しいし」
「あ、それなんだけどいくら空き教室っていっても他の人が来る可能性も考慮して扉に設置してあるプレート以外は全部撤去しておいたよ」
「ちょっ!? えぇぇぇぇ!? 待ってよ琴ちん、何勝手なこと」
「だって、教室の中すごかったんだよ。ボロボロの輪飾りに造花……どこから手に入れたかわからない倫ちゃんの写真切り抜きが額に飾ってあったりして、倫ちゃんが見たら絶対に九重さんにとってマイナスにしかならないと思ったから……」
「じゃあ全部言わないで!?」
「てか俺の写真って何!? どっから入手したんだ!?」
「……去年桜間くんと同じクラスだった子に頼んで勝手に写メもらっちゃった☆」
「てへぺろ☆みたいな言い方するな! お前それ一歩間違えたらストーカー行為だぞ!?」
「ごめん! じゃあ直接頼むね! 写メください!」
「ぜってー嫌」
ついさっきまで楽しくXdayの話して、ちょっといい奴かもと思った俺が馬鹿だった。やはりこいつは軟禁しておくべきだ。
「大丈夫だよ倫ちゃん。わたしが責任持ってちゃんと回収しといたから」
「それ絶対欲しかっただけじゃん! 私のなんだから返して!」
「えくぼ、すぐ処分よろしく」
「ふふ。もったいないけど了解。倫ちゃんがそう言うなら」
「いや絶対捨てないよ!? 口だけだよ!? こっそり見てにやついてるタイプだよ琴ちんは!」
「変な言いがかりやめてくれないかなぁ?」
何でえくぼが俺の写真見てにやけるんだ。確かにえくぼはむっつりっぽいとこあるけど。
「まぁ飾り付けと写真のことは悔しいけどどうしようもないからもういいや」
いやよくねぇよ。勝手なことして何勝手に自分の中で解決してるんだこいつは。
「とりあえず、今日の放課後部室集合ね!」
元アイドル九重さんに笑顔でこんなこと言われて断る男子がこの世には存在するだろうか。するのである。
それはどんな人物かと言うと――
「ごめん今日だけは無理。Xdayの新作缶バッジ入荷日だから学校終わったら速攻アニマ直行するんだ」
俺のように、彼女より遥かに推している&夢中になっている女がいる人物だ。
「あ、あにま? 缶バッジって私達のユニットグッズにもあった缶バッジと同じ?」
「アニマーケットの略。アニメとかゲームグッズがいっぱいあるショップ。九重さん達のは見たことないけどその缶バッジで合ってる」
「え、それならまた明日行きなよ! 缶バッジってそんな需要あるグッズじゃないし……」
「馬鹿言うな! オタクにとって缶バッジというアイテムがどれだけ需要あるか知らないのか!? それでも元缶バッジになってた側の人間か!?」
「は、はい……なんかごめんなさい」
ハッ……あまりにもナメたこと言うからつい大きな声出しちまった……
「と、とにかく! Xdayの缶バッジは新作出るたびガチャポンに列ができるくらい並ぶんだ! 即日売り切れ次回入荷未定……明日なんて言ってられない。今日しかないんだよ」
経済力ある大人のお兄さん達みたいに通販で袋買いできるならいいけど生憎まだ高校生だし……いいなぁガチャポン袋買い……大量のカプセルが入ったビニール袋を制服姿でサンタのように担いで僅かな背徳感味わいたい……
「わたしと倫ちゃんは前からこの発売日にアニマに行く約束をしてたんだ。だから残念だけど今日は諦めてくれないかな?」
「そういうこと。その間に九重さんは少しでもストーリーを進めて……」
「わかった! 私も一緒に行く!」
「えぇっ!?」
「――ハァ」
Xdayを知ったばかりの九重さんをあの戦場に連れて行くのはうるさそうだし足手まと――じゃなくて、単純にめんどくさいし危険。
えくぼは九重さんがそう言い出すのをわかってたかのように、俺の隣で深ーいため息を吐いた。
「私も欲しいもん! 缶バッジ! だからいいよね!」
「……まぁ、人数増えるのもアリか。回数制限かけられた時に手持ちは増えるし、丁嵐さんが手に入る確率だって……」
「制限? うん、よくわかんないけど決まりっ! 今日がTO会記念すべき初の活動日ってことで!」
「おい、変な会にえくぼを巻き込むのはやめろ。大体部室の後処理をえくぼがやる意味わかんねーし」
「あ、そのことなんだけど倫ちゃん。わたしも入ったんだTO会」
「…………はい?」
えくぼの優しい声でいつも聞き取りやすく発せられる言葉が、今はどうやら理解するのに時間がかかっている。
わたしも入ったんだ? TO会? って言った?
「何で!? 九重夏姫! お前勝手にえくぼを巻き込んで――!」
「違うよ! ……琴ちんが自ら志願したんだよ。半ば強引に」
「そうだっけ? わたしは倫ちゃんが心配だっただけだよ」
「俺は断固反対! えくぼに無駄な時間使わせたくないしえくぼが入る意味ないし!」
「わたし達ずっと帰宅部だったから、このタイミングで同じ会に入るっていうのも楽しそうだね倫ちゃん」
「だから反対だって! 俺の話聞いてる!?」
えくぼは俺のTOでもないしそうだったら困る。絶対嫌々巻き込まれたんだ。どうしよう。
「わかってないんだえくぼは。このくだらない会は俺を応援するトップオタクの会、つまり九重さんが自分の為だけに作ったただのクソ会だぞ?」
クソ会と言われ勝手に落ち込んでる九重さんを無視してえくぼを説得すると、えくぼは微笑みながら俺を見上げててこう言った。
「わたしはトップオタクじゃなくて、倫ちゃんのトップ幼馴染だから」
わたしもTOでしょ? とえくぼは上目遣いで目を細める。
――完全なるこじつけだけど、えくぼらしいやり方だ。そう言って九重さんを言いくるめたわけか。
俺の問題に“心配”って理由でえくぼまで首を突っ込む羽目になったのは申し訳ないけど……実際えくぼも一緒なら安心するし助かる。
いつもの俺達オタク二人組のところに何故か美少女が紛れ込んだ図、ってなるだけだし。
「――あれ? 九重さんは?」
「あ、あそこ」
えくぼが指さした先には、いつの間にか男女問わず学校の生徒達に囲まれて身動きが取れなくなっている九重さんの姿があった。
「……行こうか、えくぼ」
「そうだね」
俺とえくぼはその光景を見なかったことにして、さっさと靴を履き替え教室へと向かった。
後で少しボロボロになった制服姿で教室に入ってきた九重さんに(何があったんだ)「二人の世界に入られた挙句私はこんな目に……」とグズられる。
「放課後楽しみだな」
しかし一言そう返すと、九重さんの死んでいた目がきゅるんっといつもみたく光輝き息を吹き返した。元アイドルちょろすぎないか。
そんなこんなであっという間に一日は過ぎ去り、楽しみな放課後がやって来た。
「ねーどうしてマスクしなきゃだめなの!?」
アニマがある秋葉原まで行く電車の中で、本日二回目のグズりが始まった。
「当たり前だろ! もしかしたら九重さんのファンがいるかもしれないし騒ぎになって囲まれてガチャできなかったらどうすんだよ。引退したてなんだからほとぼり冷めるまで顔隠せ」
学校ですら未だ人に囲まれる九重さんと外で行動するのは初めてで、俺は周りの視線に敏感になっていた。
今だって同じ車両の人が九重さんをガン見してるのに「もう引退したから一般人だもん」と言って九重さんんは顔を隠すことを嫌がる。
いくら一般人になったといっても、生まれてからずっと一般人だった人と最近一般人になった人じゃ違い過ぎる。
テレビや雑誌で活躍していたアイドル九重夏姫は、普通の一般人からしたらまだアイドル九重夏姫のままなのだ。俺やえくぼみたいに存在すら知らなかった人を除いて。
それに二次元アイドル好きオタク男子は美少女好きが多い。三次元アイドルオタがいても全然おかしくない。
「まぁまぁ倫ちゃん。Xdayオタは自分の推しに必死だから、きっとそこまで九重さんに注目しないんじゃないかなぁ」
「それでも万が一を考えて。マスクしないんだったら九重さんは連れて行かない。活動は中止」
「え!? わっ、わかったつけます! ……これでいい?」
それだけは嫌というように、九重さんはあっさりとマスクをつけた。
うん。これなら綺麗な顔が半分以上隠れて花粉症こじらせてる奴くらいで済まされそうだ。
「ちなみに、私の推しはみぞれちゃん! ミステリアスな感じが憧れる~!」
ついでにあと二駅くらいのところで、九重さんがXdayで左雨推しなことが発覚すると
「悪いけど……わたしと被ってるね」
すぐさまえくぼが牽制ともとれる言い方で返事をした。
「えくぼずっとささめん推しだったもんなー」
「そう。わたしのささめんだから今日の缶バッジは残念だけど九重さんと奪い合いになっちゃうな……にしても、九重さんはてっきりセンターのあさひ推しかと思ったけど違うんだ。あんまり需要ないのかな? こういう“みんなの太陽キャラ”って。現実でも」
「そんなことない! あさひちゃんも可愛いよ! てか今の嫌味でしょ琴ちん!」
「それならあさひを推せばいいんじゃないかな? 三人推し被りなしで平和だし」
「やだ! 私はみぞれちゃんがいい!」
「わたしのささめんだよ」
…………何だろう。この状況で俺今すごく気持ちが高ぶってる。
今までずっとえくぼと二人で平和にオタクをしてきた。だから巷で噂のオタク同士の争いとか話は聞くけどその場面に直面したことはなくて……
でも今すごい場面の目撃者しちゃってる……これが……
推し被り同士の争い!
まさかえくぼがそんなにささめんを愛していたなんて知らなかった。二人だから推し被りしたことなかったし、えくぼは今オタ活人生初の“推し被り”体験してるんだ……!
「俺、ずっとえくぼとオタ活してたけど初めて知ったよ――えくぼって同担拒否タイプだったんだな」
女には多いタイプだって聞く。男は逆に好きなものが一緒だと仲良くなるイメージ。
「同担拒否って?」
「アイドルやってたのに知らないのか!? 自分と同じ人を好きな人と絡むのが嫌だって人のことをいうんだよ」
実際この世界に九重担当で九重同担拒否という人もたくさん存在していただろうに、当の本人はファンの世界の用語にこんなに疎いものなのか……
「そう。わたしは同担拒否だからこのままだとせっかく仲良くなってきた九重さんと絡みづらくなっちゃうなぁ」
残念そうにえくぼが言うと、九重さんの眉毛がピクッと動く。
「琴ちんの言ってる同担って、みぞれちゃんのことだよね?」
「どうして? 今の流れで他にないでしょ」
「いや……でも私だってみぞれちゃんがいいし! 琴ちんが嫌がってもそれが理由で自分が好きなことやめる気もないし」
「……わたしの方が先にずーっと好きだったのになぁ」
「ねぇ本当にみぞれちゃんのこと!?」
九重さんは何を言ってるんだろう。
えくぼの言う通り今の流れでささめん以外をえくぼが推してる話一回も出てないのに。
それよりえくぼはいつの間にささめんにそこまでの独占欲湧いたんだ? 帰りにその辺じっくり聞かせてもらおっと。
「あ、着いたぞ二人とも」
電車がアキバに到着する。
俺は横でまだ言い合いをしている二人に到着したことを伝えると先に電車を降りた。
アニマは各地に店舗があるけど、秋葉原店は男性向けジャンルに特化していて他より品ぞろえもいいしお店も大きい。
ガチャの入荷数も他店より多いから、俺はいつも新作入荷の度えくぼとここに来ている。
改札を抜けるとすぐにバッグに缶バッジや他のグッズをつけた通称“痛バ”を持った同志達がみんな同じ方向に向かって歩いている。
全員今日のお目当ては同じだろう。
「わ~! すごい! 私もああいうの作りたい!」
九重さんは初めて見る痛バに興奮気味の様子だ。
「だったら今からいっぱいささめんのグッズ集めなきゃな。えくぼは分けてくれないだろうから大変そうだけど」
「違う! 桜間くんの!」
「ぜってー嫌」
自分の痛バを持った九重さんを想像しただけで死にたくなる。俺がグッズ化される未来なんて一生訪れないのわかってるけど九重さんなら自作してきそうで怖い。
「倫ちゃん、大変だよ! SNSで缶バッジ在庫状況調べたらもう残り少ないって!」
「えぇ!? くそっ! ぼやぼやしてる場合じゃなかった! 今からアニマまでダッシュな!」
「待って、私アニマの場所わかんな――二人とも早っっっ! オタク足早っ! あ、私もオタクだった……待ってってばー!」
目的地にご褒美が待っている時のオタクの足の速さはいつもの三倍増しだ。
慣れたルートを駆け抜ける俺とえくぼの後ろに九重さんも続き、俺達は無事アニマーケット秋葉原店に到着した。
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