第3話 わたしのユートピアはどこですか?



「…………倫ちゃん」


 倫ちゃんからSOSと取れるメッセージが届いて、急いで向かった教室でわたしは見たくもない光景を見てしまった。

 九重夏姫という女が倫ちゃんに抱き着き、明らかに動揺し頬を赤らめている倫ちゃん。

 じゃれ合っているように見えたわたしは、声をかけることも足を踏み入れることもできずにそのまま教室を後にした。


 現状がちっとも面白くない、と感じているわたしの名前は窪江琴。凜ちゃんの幼馴染。苗字を並べ替えるとえくぼになることと、笑うとえくぼができることから倫ちゃんは私を「えくぼ」呼んでいる。

 今日はわたしがどれだけ倫ちゃんを大事にしていて、特別に想っているのかを教えたいと思う。


 

 倫ちゃんは小さい頃から二次元が好きだった。

 それはもう生まれてきた次元を間違えたんじゃないかというくらい、二次元の美少女に目がなかった。

 そのせいか三次元女への興味の無さは凄まじかったけど――わたしは唯一、倫ちゃんが自分から笑いかけてくれる三次元の女だった。


 

 話は、小学校低学年の頃まで遡る。

 家が隣で親同士が仲が良く、同い年だというだけで勝手にわたしは倫ちゃんと仲良くすることを親に強いられた。

 最初は嫌だった。幼稚園の時はまだわからなかったけど、小学生になると一緒にいることを周りにからかわれ、わたしはどこかぼんやりしている感じの倫ちゃんをどこかで見下していた。


 わたしのそんな気持ちを全く知らない当時から相変わらずマイペースだった倫ちゃんは、ハマっていた魔法少女アニメをわたしの家にある大きなテレビで見たいと言って、毎週日曜はいつも朝からわたしの家に来ていた。

 

 倫ちゃんが勝手に来るんだ。倫ちゃんが見たいって言うから。親が一緒に見ろってうるさいから。


 言い訳しながらわたしは倫ちゃんと一緒に魔法少女アニメと、その前にある戦隊ヒーローアニメを見ていた。

 正直わたしは、倫ちゃんがハマっていた魔法少女アニメよりヒーローアニメにハマっていて、思い返すとわたしがオタクになったきっかけはこの作品だったかもしれない。


 見終わった後、倫ちゃんとアニメの感想を話したり、アニメの真似をしたりしてふざける時間がわたしは内心楽しくて仕方なかった。

 真面目と思われてるわたしがヒーローアニメにハマっているなんて他の同級生に言ったら絶対に引かれるけど、倫ちゃんにはそういう偏見が全くない。

 好きな話を好きなだけ聞いてくれて、共感してくれて否定しない。

 

 それは倫ちゃんが自分と同じ“オタク”だから。

 倫ちゃんだって周りに自分がオタクってことをバレたくないはず。わたしと倫ちゃんは秘密の共有者。

 ――わたしは、そう勘違いをしていたんだ。



「窪江さんって男が見るアニメが好きらしいね!」

「窪江さんのお母さんがその話してるの、あたしのお母さんが聞いたんだって! いつも桜間くんと一緒に見てんでしょ!」


 帰り道。

 公園にいた同級生三人組に呼ばれ、遊びに誘われたと思い浮かれていたわたしを一気に崖から突き落とすような言葉が浴びせられた。


 きゃははと笑いながら戦隊ヒーローの必殺技を真似してみろよと強要され、正直完コピできたけど恥ずかしくてそんなことできるわけないわたしはその場にうずくまる。

 勝手に話した母親への怒りか、好きなものを馬鹿にされる悲しみか――違う。男の子向けアニメを好きな自分自身が恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。


 わたしが何もしないのが気にくわないのか、うずくまるわたしの頭を一人が叩くと、続くように両側にいた二人もわたしを蹴ったりし始める。

 痛い。でも言葉が出ない。

 唇を噛んでひたすら涙を堪え耐えるしかできない自分がかっこ悪くて、情けなくて仕方なかった。


「何してんだよ!」


 ――その声と共に、身体への痛みも、投げつけられるからかいの言葉もピタリと止んだ。


「うわ! 出た! 窪江の旦那様~!」

「嫁がヒーロー好きってどうなの~?」

「こいつも必殺技あるんじゃん!?」


 誰が来たかは、顔を上げなくてもわかった。

 わたしの前に立ち塞がって、わたしを助けるつもりなの?

 そんなのわたしを更にかっこ悪くさせるだけなのに。余計なことしないで。

 どうせ、オタクでナヨナヨした倫ちゃんにできることなんて――


「好きなもの好きで何が悪いんだ! 俺だって魔法少女大好きだし! 人の趣味にとやかく言うお前らの方がはっきり言って百倍キモイぞ!」

「なっ! キ、キモイって」

「キモスリーコンボだな! 必殺技使えたらとっくにぶっ飛ばしてるわ! とにかくに暴力ふるったこと謝れ! えくぼを傷つけたことも!」


 顔を上げると、見たことのないくらい精悍な顔つきをした倫ちゃんがそこにいた。

 わたしが想像していたのとは真逆で、堂々とした立ち姿だった。


「わ、悪かったわよ窪江さん。大丈夫?」


 さっきまでの勢いを全て倫ちゃんの迫力に飲まれてしまったのか、いじめっ子達は謝りながら遠慮がちにうずくまったままのわたしに手を差し伸べる。

 立ち上がったわたしを見て倫ちゃんは満足そうだけど、追い打ちをかけるかのようにもう一言。


「ついでにあんな面白い国民的アニメを見てない子供らしくないところも謝れ」


 ――それは別に謝らなくてもいい。と思っていると、一人が意外なことを言い出した。


「……ぶっちゃけあたしも見てる。あれ面白いよね」

「え? あんた見てんの? 私もだわ」

「あたし黄色の子が好き。窪江さんは誰好き?」

「えっ? ……レ、レッド」

「わかる! ねぇ、窪江さん家のテレビおっきいんでしょ? 今度私も一緒に見ていいか!?」

「ズルい! あたしも!」

「そ、それなら録画してるのあるから今から一緒に見る?」

「「「見る!」」」


 何この展開。

 子供同士の小さないじめは、全員が同じ戦隊ヒーローが好きという平和な結末で幕を閉じた。


「……倫ちゃん、別にわたし一人でも平気だったのに、無理しなくても」


 助けてくれたのは倫ちゃんなのに、倫ちゃんの前でそれを認めることができず強がりながら倫ちゃんを見ると、マヌケな顔をして笑っていた。


「よかった。えくぼが無事で」

「だから、別に大丈夫だったって――!」


 

 そこでわたしは、気づいてしまった。

 倫ちゃんの小さな手が、震えていたことに。


 怖かったんだ。倫ちゃんも。

 当たり前だ。わたしだって三人がかりで追い詰められて何もできなかったのに。

 相手が女子といえ倫ちゃんが怖くないわけなかったんだ。


 それなのに倫ちゃんは――わたしの為に一人で立ち向かってくれた。


 さっきわたしを助けてくれた倫ちゃんの姿は、毎週見ている戦隊ヒーローみたいにかっこよく、眩しくて。

 わたしなんかより――ずっと強かった。



「……倫ちゃん。ごめんね」

「ん? えくぼってば急にどうした?」

「こっちの話。……わたし、決めた」

「何を? もしかして仕返し考えてんの!? ダメだ! えくぼの家の大きなテレビで羨ましがらせることが十分仕返しになるって!」

「ふふ。そんなちっぽけなことじゃないよ」

「?」

「もっと大きな決意」


 

 ――この小さな手は、今度はわたしが守っていく。この手が私よりずっと大きくなっても。

 そして、この手が守ってくてる女の子も……ずっとわたしだけでありたい。


 倫ちゃんの手を握りながら、わたしはそう決めた。

 この日をきっかけにわたしは倫ちゃんを見る目が変わり……当たり前のように、倫ちゃんを好きになった。



 それからわたしは人が変わったかのように倫ちゃんに優しく過保護になり、倫ちゃんとずっと一緒にいることにした。

 周りにからかわれることすら嬉しくなって、もっとわたしと倫ちゃんの関係を噂してくれと思うようにまでなった。

 倫ちゃんには大好きな二次元がある。最早生きている次元が違う。

 でもわたしだけは倫ちゃんの世界に強く存在し続けたい。


 その為にわたしは倫ちゃんの好きな作品は全て把握し、アニメなら欠かさず見て、ゲームならやり込んだ。ゲームで落とした女の数は覚えていない。

 幸い元々わたしもオタク気質だったから楽しくハマることができた。本当はイケメンが好きだしギャルゲーより乙女ゲーしたかったけど。


 “同じ趣味”というものは、想像よりずっと強い繋がりを持つ。


 わたしは倫ちゃんと着実に、そして確実に関係性を築き上げてきた。



 倫ちゃんの世界に入れる三次元の女はわたししかいない。

 だったら倫ちゃんに害は及ばない。

 

 二人の間に邪魔者は一人も入ってこない――そう、思っていた。

 九重夏姫あの女が現れるまでは。


 この時期にいきなりの転入生。しかも元人気アイドル。

 学校中が騒ぐ中、全く興味のなさそうないつも通りの倫ちゃんを見てわたしはホッとしたのを覚えている。

 そいつと倫ちゃんが同じクラスというのに少し嫌な予感はしたものの、今の倫ちゃんは丁嵐ふうかにぞっこんだ。三次元アイドルなんてお呼びじゃない。


 でもどうしたことか、三次元アイドルの方が倫ちゃんをお呼びだったのだ。


 下駄箱に手紙が入っていた時に嫌な予感は更に増した。

 次の日、九重と倫ちゃんが一緒にいる姿を見て余裕ぶりながらも内心ひどく動揺していた。


 そして帰り道――倫ちゃんから「九重さんが俺のオタクになるとか言い出して……」と話の一連を聞いて、わたしの嫌な予感が的中したことを知った。


 オタク? 倫ちゃんの? しかもTO?

 ふざけるな。どこの馬の骨かわからないぽっと出の女に倫ちゃんの一番になる権利なんてない。


 わたしはパソコンを開き、九重夏姫について調べ上げた。

 

 九重夏姫。

 子役、雑誌モデル、CM等タレントとして活躍。

 後に元カリスマアイドル京極徹きょうごくとおるプロデュースアイドルメンバーに抜擢されNo.KING-DOMとしてアイドルデビュー。センターを務める。


 ……くそ、順風満々じゃない。


 No.KING-DOM。略してナンキン。

 

 七五三掛一二三しめかけひふみ望月もちづきよもぎ。入栄六斗いりえむと蜂谷茜はちやあかね。九重夏姫。黒城こくじょうトウ子の六人による若手女性アイドルユニット。

 全員名前に1~10の数字が入っている。

 キャッチコピーは「10数えるまでに――迎えに来てね。王子様」


 ……くそ、ツッコミどころ満載じゃないの。

 まず七五三掛一二三が一人で数字背負いすぎでしょ!? 五人分!? それに比べて望月よもぎの4は無理やりすぎる! よもぎの“よ”で“4”!?

 10数える必要ないから。6人しかいないから。後他に略し方なかったわけ? 例えばナンダムとか……いや、急にロボット感が出てくるな。やめておこう。


 それからも眠気の限界がくるまでわたしはネットサーフィンを続けた。あまりにも九重の悪い噂が見つからず遂には「九重夏姫 アンチ」で検索をかけそうになったがなんとか思いとどまった。それをしたら負けな気がする。


 九重夏姫――この女は、わたしと倫ちゃんの最後の高校生活に突如現れた“爆弾”だ。


 次の日も、その次の日も――新学期が始まってから当たり前のように九重は倫ちゃんの周りをうろちょろする。つまり倫ちゃんとほぼ常に一緒にいるわたしの周りもうろちょろしていることになる。


 そのせいでわたしと倫ちゃんもいきなり学年でちょっぴり目立つ存在になってしまった。九重が傍にいるというただそれだけで、地味に作り上げていた二人だけのユートピアは崩壊。

 

「琴ちんは仲いいの? 桜間くんと!」

「あはは。家が隣だから」

「隣!? そんな近いなんて……羨ましい~」


 九重はわたしにも明るく話しかけてくる。

 琴ちんって呼ぶな。もっと羨ましがれ。いいでしょ。わたしはお前が何人もの男に愛想振りまいてた時間ずっと倫ちゃんだけに愛想振りまいてたのよ!


 心の中で本性をむき出しにしながら、倫ちゃんがいるからとりあえず優しく返事をしてやる。

 だからか九重は全くわたしのことを敵と思ってないようで、わたしの前で倫ちゃんにこんなことを言い始めた。


「桜間くん! 週に一回でいいからそろそろTO会の活動日決めようよ」


 TO会――九重が勝手に作ったふざけた会だ。


「は? いつも活動してるみたいなもんだろ勝手に」


 冷たく返す倫ちゃん。九重ザマァwwww


「放課後、桜間くんと過ごせる日が欲しいんだってば」

「相変わらず素直だな! お前と過ごすなら俺は丁嵐さんに課金する」

「丁嵐さんって誰!?」


 九重に言われ、倫ちゃんはスマホアプリを起動し自慢げに大好きな丁嵐さんを九重に見せている。

 丁嵐ふうか。二次元アイドルアプリゲームのユニット、“Xday”のメンバー。

 わたしですら勝てない相手。九重なんか足元にも及ばない女だ。

 

 九重は無言でゲームムービーを真剣に眺めている。

 そして突然、驚いたように「あーっ!」っと声を上げた。


「私、丁嵐さん知り合いだ!」

「「は!?」」


 わたしと倫ちゃんの声が、それはもう綺麗にハモッた。


「知り合い!? ふざけた嘘つくな!」

「そ、そうだよ。倫ちゃんは本当に大好きなんだからそういう笑えない冗談は――」

「あっ! ごめん。言い方が悪かったね。丁嵐さんっていうより――この“成田莉緒なりたりお”って人! りおりお!」

「成田さんって……丁嵐さんの声優の……」

「みたいだね! 知らなかったからびっくりした! そっか。りおりお声優になったんだ」


 丁嵐ふうか ⅭV.成田莉緒。

 ――最悪だ。まさか九重がこんな切り札を持っていたなんて。


「桜間くん、りおりお興味ないの?」

「きょきょ興味ないっていうか、俺が好きなのは丁嵐さんであって、中の人じゃなくて」


 ダメだ。倫ちゃん完全にきょどってる。

 しかもわたしは知っていた。最近倫ちゃんが丁嵐さんを好きすぎる余り「成田さんも好きになってきた~」と騒いでたことを。SNSをチェックしてたまにコメントを残していることを。


「私共演したことあるよ!」

「! だ、だから何」

「りおりおの裏話とか、写真とか、いっぱいあるよ!」


 九重、お前己の為に友達をダシにするなんて卑怯だろ!

 倫ちゃんもこんな見え見えの罠に引っ掛からないで。大体本当に知り合いかどうかも――


「仕方ないな。いつにするんだよ活動日」

「やった! じゃあ今からいろいろ決めよう!」

「…………」


 欲望に勝てないのは、倫ちゃんの悪い癖だ。

 


 家に帰るとわたしは頭を抱えた。

 何年ぶりかにうずくまった。今度は公園じゃなく部屋の隅で。

 誰もわたしを叩いたり蹴ったりする奴はいないのに、どうして……痛い。見えない何かに攻撃を受けている感覚。


「クソッ……クッソ! 九重夏姫ィィイ!」


 この数日間溜まりに溜まった苛立ちが遂に我慢の限界を迎えたようで、気づけばわたしは部屋で憎き九重の名前を叫んでいた。


 ――このままだと、活動日に九重と倫ちゃんを二人きりにさせてしまう。

 倫ちゃんを信じてないわけじゃない。でも相手は普通の女じゃない。元アイドルだ。

 いくら倫ちゃんが今まで三次元に興味がなかったといっても、近くにずっとあんなキラキラしたオーラを纏った綺麗な女がいたらどうなるかわからない。現に既にペースを乱されまくってるし……九重が倫ちゃんに何もしない保証だってない。あのナイスバディに誘惑なんてされたら……!


 二人きりの放課後を想像するだけでわたしは吐き気がした。自分のぺったんこな胸には絶望した。

 倫ちゃんの安全の為に絶対に阻止しないと……わたしが倫ちゃんを守るんだ。

 考えろ。活動日に二人きりにさせない方法を。


「……そうだ」


 あるじゃない。

 一番簡単で、一番わたしにとってもいい方法が。


「ふっ……はははは!」


 わたしは思わず倫ちゃんを守るヒーローとは思えない悪役みたいな笑い方をしてしまった。

 見てろ九重夏姫。わたしは急に現れたお前の当て馬にはならない。

 倫ちゃんはどういうわけか漫画やゲームで当て馬の方を好きになる傾向にあるけど、こればかりは現実だ。

 現実世界で倫ちゃんの当て馬になるのは、断固拒否する。


 当て馬になるのはお前だ。九重夏姫。




「倫ちゃん、今日は先に帰ってて?」

「あれ珍しいな。えくぼがそんなこと言うなんて」

「今日はどうしても外せない用事があって」

「そっか。じゃあまた明日な」

「うん。気をつけてね」


 わたしは倫ちゃんを好きになったあの日以来初めて、自分から倫ちゃんと帰ることを断った。

 倫ちゃんを見送ると、わたしは足早に目的の場所へ向かう。


 あそこは最悪の印象が最新で刻み付けられているからあんまり好ましくない場所だけど仕方ない――だって、どうやらそこがTO会の部室になるらしいから。


「あの空き教室、使わないから好きに使っていいって! 私今日の放課後準備するよ。桜間くんにはお楽しみにしたいから活動日初日まで来ちゃダメだよ!」


 九重がアホ面でアホみたいに笑いながらアホなことを言っていたのを、わたしは聞き逃さなかった。


「……ふぅ」


 この前は足を踏み入れることができなかった空き教室の前に着き、深呼吸をすると、わたしは勢いよく扉を開ける。


「わ、桜間くん! 来たらダメって言ったのに――あれ?」


 案の定中にいた九重は倫ちゃんと勘違いしてわたしの方を振り返り、そして案の定わたしを見て驚いた顔をした。


「琴ちん? どうし――「わたしをいれて」――えっ?」


「わたしをTO会にいれなさい」


 九重は固まったまま、何度も瞬きをしてわたしを見つめる。


「えーっと……琴ちん、なんかいつもと雰囲気が違うような」

「当たり前でしょ。今は倫ちゃんがいない。倫ちゃんが見てない環境下で優しくしてやる必要がある?」

「……じゃあ今まで私が見てきた琴ちんは」

「夢でも見てたんじゃない?」

「……きゃーー! だとしたら悪夢! 怖い! 琴ちんこっわ! 本性それなの!? 桜間くんの前で笑ってる方が嘘ってこと!?」

「倫ちゃん前で見せる笑顔も倫ちゃんへの優しさも嘘じゃない。倫ちゃんの前でお前に見せる笑顔とお前への優しさは嘘だけど」

「結局嘘じゃん!」


 本当は本性を曝け出すことなく穏便に事を進めたかった。

 でも九重の暴走のせいで、わたしはもう直接宣戦布告する以外の術を失ったの。

 だからわたしの本性を見てビクビクしたって一切の同情はない。自業自得だ。


「……少し調べさせてもらったけど、前いたアイドルユニットでセンターをやってたそうね?」

「そ、そうだけど……」

「『笑顔が素敵なみんなの太陽! イメージカラーは赤!』だったんだって?」

「それが何!? ていうか少しどころか結構調べたよね!? 私のページもう削除されてるのに!」

「――安心したの。それを見て。何故なら……倫ちゃんが絶対に推さないタイプだから!」

「なっ!?」


 わたしはかつて笑顔が素敵なみんなの太陽だった九重に止めを刺しにかかる。


「倫ちゃんの推しである丁嵐ふうか。奴は周りと群れることが苦手な一匹狼。しかし根は優しく、普段はぶっきらぼうであまり笑わないクールな印象と鋭い目つきで周囲から怖がられがちだが、心を開いた相手には時折甘えたり甘えさせてくれるいわゆる究極のツンデレ――これでわかったでしょ?」

「……何が?」

「あんたは倫ちゃんのタイプからかけ離れている!」


 どちらかというと真逆。

 これには九重も相当なダメージをくらったのか、口をぱくぱくするだけで肝心の言い返す言葉が出てこないみたいだ。


「そ、そんなの琴ちんだって全然当てはまってないし」

「人の心配する前に自分の心配したらどう?」

「別に、桜間くんに推されたいんじゃなくて私が推したいだけで」

「わたしは倫ちゃんに好かれたいから邪魔しないで」

「邪魔してなんか」

「ないなんて言わせない。それならお前と倫ちゃんを二人きりにさせるTO会はわたしにとって邪魔でしかないし、別にわたしが入会したっていいじゃない。どうせやめろって言ってもやめないだろうし」

「でも――琴ちんは無理だよ!」

「だから理由を言ってみなさいよ」


「だって……TO会はTOしか入れないんだよ!」


 ああ。やっぱり――こいつがアホでよかった。


「そっか。じゃあわたしは入れるね」

「……へ?」


「だってわたしは、倫ちゃんの(T)トップ(O)幼馴染だもんっ」


 わたしと倫ちゃんのユートピア復興は……そうね。

 目立たないこの教室から始めてみようかしら。

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