第2話 オタクになるのは自由ですか?


 九重さんの電撃引退は世間を大きく騒がせた。

 どのニュース番組もこの件ばかり取り上げていて、いろいろと整理できていない頭のまま帰宅した俺の目にすぐ飛び込んできたのは、昼に開かれたらしい九重夏姫引退会見の映像。


 ――どうしても抜けられない用事ってのは、引退会見これか。


 リビングのソファーに座り、大人しくテレビを見ながら心の中で一人納得する。


『ずっと前から決めてたし言ってました。普通の女の子になります』


さっき俺のオタクになるとか今世紀最大意味不明な宣言した奴が、キリッとした表情で記者にそう答えている。俺のオタクするとか言ってる時点で既に普通の女の子じゃないと思うけど……

 ていうか一体全体どういうことだ!?

 本当にアイドルだし思ってたのより何倍も人気もあるし!

 さっきまで教室で二人きりで話した相手なんて信じられない。


『九重さんが所属する事務所、キサラギプロダクションからは「本人が決めたことであり、復帰の予定は今のところなし」と言ったコメントが届いております。それでは続いてこちらをご覧ください』


 会見映像がパッと切り替わり、街頭インタビューの様子が流れ始めた。

 普段テレビがついていてもアニメ以外の番組には目もくれず、スマホばかりいじってるこの俺が今はテレビから目が離せない。


『ココナツが引退なんて信じられないです……ココナツいないナンキンなんて……』

『でも結成されたときから言ってたんだ。私にはタイムリミットあるって。今思えば意味深なことをよく言ってた気もする』

『ココナツっていつも笑顔で楽しそうだったから、そういうこと言ってもみんな冗談と思ってたんです』


  ココナツって……? 九重夏姫だからココナツ? 随分とフルーティーっぽい愛称してやがるな。


『な、夏姫がいなくなるなんて、もうどうしたらいいわからないぃぃぃぃ!』

『でも普通の女の子になるって言ってたんで、どこかで出逢って恋に落ちるみたいなこともあり得るかもしれないし夢は広がりました。今までありがとう夏姫』


 九重さんのファンであろう男性達が涙を流しながら思いのたけを述べている姿が次から次へと映し出された後、またスタジオへと場面が切り替わった。


『九重さんはセンターだったこともあって、これからのグループ活動に対する不安の声もあがっていました。次のセンターは黒城さんじゃないかと噂になってますがまだはっきりした発表はないようです』

『しかし九重さん、以前から何度も引退をほのめかしていたんですね。時期も言っていたそうです』

『いやぁ~でも簡単に信じないですよ~』


「…………」


 今まではこういうの見ても、自分とは無関係なものだったら特に何かを思うこともなかった――でも、今回は違う。

 何より無関係じゃないし! 同じ学校で同じクラスになるとか強制的に関係持たされる状況だし! 

 泣いてるファンを見ると心が苦しくなったと同時に、どうして九重さんはアイドルをやめたのかが少し気になった。大体やめるって決めてたなら最初からなる必要あったのか?


「俺も……今丁嵐さんがいなくなったらどうしたらいいかわかんねーや」


 現実のアイドルというものは、実際会えるという至上の喜びがあるかわりにいつこういうことが起きるかわからない不安とも常に隣り合わせなのか――

 

 やっぱり俺は二次元でいい。

 実際会えることはできなくてもずっと一緒にいられる。


「課金しよ」


 丁嵐さんと一緒に居続けるために、これからもコンテンツへ惜しまず金を落とすことを俺はこの一件で改めて決心したのだった。


****


 高校三年生二日目の朝。

 結局九重さんの言っていたことが本気なのかわからないまま、俺は学校へ向かうことに。その足取りはいつもよりちょっと重い。


 しかも俺は、昨日あまりにも自分のことでいっぱいいっぱいになっていたせいで一つ失態を犯してしまっていた。


「ごめんってば、えくぼ」


 そう、えくぼに連絡することをすっかり忘れていたのだ。

 俺が無事帰宅したのか。手紙の主は誰だったのか。変なことをされてないか。

 心配のメッセージはもちろん、何度も電話してくれたのにも関わらず俺は「後で返そう。話すのはどうせ明日会うんだから明日でいいや」――とか思って後回しにしていたらそのまま夢の世界に。


 そのせいで朝迎えに来てくれてからずっとえくぼの機嫌がよくない。それでも迎えに来てくれるあたり優しいんだけど。


「……わたしがどれだけ心配したかわかってる?」

「だからごめんって。言い訳になっちゃうけど俺も俺で大変でさ」

「倫ちゃんがちゃんと帰ってきてるのは部屋の灯りがついたの見てわかったからよかったけど、せめて一言でいいから返事が欲しかった」


 部屋の灯りで確認ってまさかずっと監視してたのか? ……と思ったけどこれ以上機嫌を損ねるわけにはいかないのでとにかくひたすら謝る。


「本当にごめん! 許して? なっ? まだ怒ってる?」

「……別に最初から怒ってないよ。ごめん。倫ちゃんが必死になってる姿がおかしくっていじわるしちゃった」

「何だそれ! やめろよ! 俺えくぼに嫌われたらぼっちなんだからそりゃ焦るって!」

「ふふ。じゃあぼっちになることは一生ないから安心してね」


 絶対ちょっとは本気で怒ってたくせに。

 コロッと態度を変えて今は楽しそうに笑うえくぼの頭を俺は軽く撫でる。


「で、結局昨日のはどうだった? 何が大変だったの?」

「あぁ~、えっとですね~……」


 どう説明したらいいんだろう。

 今日登校して九重さんがいるのかもわからないし、昨日のこともまだ半信半疑だし。

 

「あ! 昨日話題だった軟禁アイドル、芸能界引退だって!」

「ああ。今もニュースで話題になってるね。引退してウチに通うつもりなのか知らないけど――何で急に? 倫ちゃんの話と関係あるの?」

「いやいや! そっ、そういうわけじゃ……とにかく後でゆっくり話す! まだわかんないし!」

「わからないって?」

「だから後で! ほら着いたぞ! 俺先に教室行くわっ!」

「えっ? 倫ちゃん!?」


 自分もよくわかってないのにえくぼに説明なんて無理! と思った俺は逃げるようにえくぼを置いて教室まで走った。


 やけに騒がしい声がB組の教室から廊下まで響き渡っている。

 嫌な予感がしながらも、俺はドアを開けて教室へと足を踏み入れた――ら。


「ほんとに本物!? 信じられない!」

「ココナツ引退って本当なの!? めっちゃ寂しいと思ったけどクラスメイトになれるなら嬉しすぎる!」

「顔ちっちぇ~! オーラが違う~!」

「実際見るとすっごく可愛い! 私の親戚がファンだから自慢しよっと」

「わかんないことあれば聞いて。女同士仲良くしましょ!」


 俺の席が見えないほどに、人、人、人。

 人だかりで本人は見えないが、あそこは九重さんの席。


 マジで普通に登校してきやがった……!


 他のクラスからもギャラリーが来て、B組の教室内はどんどん狭くなっていく。

 昨日あれだけ沈んでいた女子も実際元アイドルを前にするとミーハー心が抑えられないのか手のひらを返し黄色い声の中にまじって一緒に九重さんを囲んでいる。


 気持ちはわかる。だってテレビで見てた人がいきなり同級生になるんだもんな。

 俺だって丁嵐さんがいきなり同じクラスになったら冷静じゃいられない。いやでもきっと話しかけられないな。


 席に座れないし、落ち着くまでは隅っこでひっそりして「桜間くんっ!」

「へ?」


 いきなり名前を呼ばれ声のする方を見ると、人だかりの中から九重さんが顔を出し俺にぶんぶんと手を振っている。


「桜間くん! おはよう!」


 まるで尻尾を振って喜んでいる犬みたいに九重さんは俺に挨拶してきた。

 と、同時に桜間さんに向いていた視線が一気に俺に集まる。

 

「…………」


 普段生活していてこんなに注目を浴びたことなんてない俺は、その視線に怖気づいてしまいうまく声も出せない。


「え……九重さんと桜間くんって知り合いなの?」

「どういう関係?」


 当たり前に不思議がる同級生達に、


「私、桜間くんのTОになるんだ!」

「ブフォッ」


 とんでもない返しをする九重さんに盛大に吹いてしまった。


「TОって?」

「トップオタクの略だよ」

「オ、オタク? どういうこと?」


 馬鹿。大馬鹿。うましか。

 案の定全員困惑している。俺だってしている。してないのは九重さん本人だけ。

 何周りにまで勝手に宣言しちゃってんの? ていうか本気だったのか!?


 はちゃめちゃにテンパッていると、後ろから「何してんだ?」という声がして振り返ると先生(B組担任。益田淳ますだじゅん。気だるげなのが特徴)が立っていた。


「……きゅ、救世主っ!」

「何言ってんだ桜間。早く席に着け。おいお前らもだぞー全員座れー。他のクラスの奴はさっさと戻れー」


 先生が来たことにより、しぶしぶみんな九重さんの周りから退散する。

 俺もしぶしぶ九重さんの後ろに座ると、満面の笑みで小声でもう一度「おはようっ」と声をかけてきた。


「…………前向いて」

「えっ」

「早く。HR始まるから」


 極力関わりたくないという気持ちでいっぱいだったので、冷たい態度で九重さんにそう返すと九重さんはしょぼんとしながら前を向く。

 ――く、くそっ! なんだこの罪悪感は! 悲しそうな演技も得意ってか? 騙されないぞ俺は!


 その後もやたら九重さんは俺に接触しようとしてきたが、俺は一日中それを全力で避けた。

 幸いにも勝手に人が九重さんを囲み彼の行く道を塞いでくれるので追いかけられることはなく、無事に一日を終え一目散に帰ろうとすると


「桜間くん、待って」


 教室のドアの前に九重さんが立ち塞がる。やはり簡単に逃がしてはくれないみたいだ。


「私、桜間くんに何かした? オタクになった瞬間もうオキラってこと?」

「いや……ていうかそれ本気で言ってんの? 何で俺!? 知り合いでもないのに!」

「私は一方的にだけど知ってたよ」

「だから何で!? 怖いんですけど!」

「私のオタクだってみんな一方的に私のこと知ってオタクになったんだし、オタクってそんなもんじゃない!?」

「それは九重さんがアイドルだったからだろ! 一緒にすな! 知ってたとしてもどうして俺のオタクになるって発想が生まれんだ!?」

「私が桜間くんに没頭したいし、してるからだよ」

「何人ものオタクがいたアイドル九重夏姫がただの地味な一般人のオタクになるなんておかしい」

「おかしくないよ。それに私もうアイドルじゃないし」

「そんなあっさりやめられるのか? 大体アイドルやめた後俺みたいな奴のオタクやるなんて九重さんのオタクが知ったら泣くぞ」

「大丈夫! 私ずっと十七の春にアイドルやめて普通の女の子になるからのめり込むなよ☆って言ってたから!」

「クソアイドルか! 夢見させろよ!」

「素直なのが私のとりえ!」


 会話がヒートアップしてきた。

 思ったより手強いぞ軟禁の九重。

 いつの間にかギャラリーが湧いてる気がする……ああ、もう最悪だ。


「とにかく嫌なんだ! 俺刺されるかもしれないし! からかってるだけだろ。そうであれ!」

「私そんな中途半端な気持ちで桜間くんのTОやってないから! ――それに桜間くんの許可がなくたって、オタクになるのは自由なんだよ」

「開き直ってんじゃねーよ!」

「いくら私を避けようがオキラ認定しようが、私は桜間くんを追っかけ続けるから!」

「それもうトップオタクってよりトップおっかけだし……」

「どちらにせよTOだね!」


 ダメだ。勝てる気がしない。

 全く話の通じない九重さんに困り果てていると、そこへ俺にとって先生なんて非じゃないくらい最大の救世主が現れる。


「倫ちゃん――何してるの?」

「えくぼ! 助けてくれ!」

「え?」


 俺はえくぼの小さな背中に隠れて九重さんをえくぼに押し付けよう作戦に出た。


「どうも! 桜間くんのTOになる九重夏姫っていいます!」

「……はあ。よくわからないけど、凛の幼馴染の窪江琴です」


 さすがえくぼ。TОの意味を聞かずとも理解している。


「とりあえずみんな見てるし、今日は倫ちゃん早く家に帰らなきゃいけないみたいだから解放してもらっていいかな?」

「え! 桜間くんそうだったの? ごめん、私迷惑かけちゃった?」


 今更気づいたのか。なんなら現在進行形ですよ。


「私の伝えたいことは伝えられたから大丈夫だよ!」

「そう。大丈夫みたいだからさっさと帰ろうか倫ちゃん」


 俺は黙って頷くと、えくぼに隠れたままという素晴らしくダサい姿で歩き出した。


「桜間くんっ! また明日!」


 背後で九重さんが嬉しそうに手を振ってる姿が振り返らずとも声だけでわかる。

 既に明日が憂鬱だ。




「助かったー! サンキュえくぼ!」

「待ってても全然来ないからどうしたのかと思ったらあんな光景――内心めちゃくちゃ驚いたよ」


 帰り道、九重さんと何があったのかを案の定えくぼに問い詰められ、俺は経緯をありのまま話した。

 黙って聞いていたえくぼは全部聞き終わると

「ふーん……そっか……」

と何やら一人で考え込み、それから口数が少なくなって会話がそれ以上弾まないまま家に着いてしまった。


 テレビをつけるとまたニュース番組は九重さん引退会見を流していたので、俺は昨日とは違いすぐさまテレビを消し、今日全然会いに行けてなかった愛しの丁嵐さんを求めてアプリを起動する。


『よっ。なんか元気ないわね。疲れてんの? こっち来れば。少しだけ……甘えさせてあげる』

「どうしてわかるんだ丁嵐さん! ああもう大好き!」


 昨日課金したから気持ちが通じるようになったのかな、なんて馬鹿げたことを本気で思いながら、俺は一日の疲れを癒すためスマホを潰れそうなくらい抱き締めた。



****


 九重さんの暴走で浴びたくもない注目を今日も浴びる羽目になるのかと警戒しながら学校へ行くと、今日の九重さんはびっくりするくらい大人しかった。

 必要最低限以外話しかけてこないし、本人が話題の人すぎていつ見ても相変わらず誰かに捕まってるし。

 昨日強めに言ったのが効いたのかな?

 平穏な一日を過ごし、俺は「これだよこれ」と久しぶりの幸せを噛み締めていた。


「はい、これ」


 帰りのHR前に、前の席の九重さんから真っ白な紙を渡される。

 プリントが回ってきたのかと思ったけど、周り見たら誰も紙持ってないし――何だこれ?

 ぺらりと裏返すと、紙の真ん中に見たことある字で『HR終了後すぐ、三階一番端の空き教室で待ってます』と書かれている。


 ――やはり仕掛けてきたか、こいつ。


 何を企んでるんだ? あん? と背中にガンを飛ばすが、背筋の伸びた背中はピクリとも動かず綺麗な姿勢を保ったままだ。


「先生! すいません。ちょっと急用で、先に出ても大丈夫ですか?」


 HRが始まった途端九重さんは手を挙げて先生にそう告げる。


「ああ。どうせあと五分くらいで終わるし全然いいぞ。気をつけて帰れよー」

「ありがとうございます! お先に失礼します! みんなもまた明日!」


 鞄を持って、先生へのお礼もクラスメイトへの挨拶も忘れずにキラキラを振りまきながら九重さんは先に教室を後にした。

 でも俺は知っている。あいつは急用と嘘をついて今三階空き教室に向かっていることを。

 これは俺を確実におびき寄せる奴の作戦なのだ。一緒に行こうと誘っても俺が拒否するのをわかっているし、周りに見られるのを俺が嫌がることも考慮して――って待て。めっちゃ優しいじゃんめっちゃ気遣ってくるじゃん。ってそうじゃない!

 とにかく、待ってるとわかっている相手を無視できるほど俺がドライな人間じゃないことを、最初教室でアホみたいに十六時まで待っていたことによってあいつに知られてしまっていたのだ。


 ――やられた。


 何もないと油断させて最後にくるパターンね。

 気は乗らないけど、無視はできない。無視したら仕返しされるかもしれないし。

 俺はHRが終わるとえくぼに『俺がなかなか来なかったら三階端の空き教室にいます』と万が一のことを考えて居場所をメッセージで送信してから、九重さんに指定された場所へ嫌々向かった。


「待ってたよ桜間くん!」


 今日一日会話しないで終わると思っていたのに。


「今度は何。手短にな」

「わかった! じゃあ本題なんだけど、桜間くんTО会っていうのを作ることにしたんだけどいい!?」

「あーはいはいTО会ね把握。じゃ帰るわ――っていいわけないだろうが!」


 TО会!? TОになるだけじゃ飽き足らず会の発足!?

 わからない。元アイドルの思考が俺にはちっとも読めない。


「桜間くんを知り応援する会だよ! 会長は私で、会員は私! 主な活動内容は桜間くんのオタ活!」

「いやそれ君しかいないから。会にする意味ないから」

「特別メンバーとして桜間くんも入ってほしくて」

「自分で自分を応援する会に!? 寂しすぎない!?」

「だから特別枠だってば! 桜間くんの魅力をもっと知るためには本人の協力が必要不可欠でしょ?」

「協力したくねーよ! 迷惑!」

「――だって、普段の学校生活だとあんまり話す時間ないし、ゆっくり桜間くんのオタ活もできなくて……私後悔したくない。だから簡単には引けない。桜間くんも誰かを好きで応援したいって気持ちはわかるよね!?」

「うっ、それは――」


 痛いくらいわかる。

 九重さんのまっすぐすぎる好意がグサリと胸に突き刺さった。

 自分がオタクだからか。あまり同じオタクを責めることができない。熱量を持ってれば持ってるほどに。


「でも、俺と九重さんじゃ立場が違うっていうか――」

「私、桜間くんが嫌がることは絶対しないって約束する! だから……お願いします」

「!」


 九重さんが頭を下げるというまさかの事態になり俺は焦った。

 元といってもつい三日前までは人気アイドルだった人にこんなことさせるなんて、誰かに見られたら刺されるどころじゃ済まない。

 ――九重さんも、どうして俺なんかにここまでするんだろうか。


「ハァ……」


 俺は大きくため息を吐いてから口を開いた。


「オタクになるのは本人の自由――だから顔上げて? 九重さん」

「……桜間くん」

「好きにしたらいいんじゃね?」

「って、ことは」


 どうせ続かないだろうし。

 それにもしかしたら、九重さんと一緒にいればどこで俺を知って、オタクになりたいなんて血迷ったこと思ったのかがわかるかもしれない。正直それはめちゃくちゃ気になる。


「ただし! 俺が迷惑だと思った瞬間にやめてもらうからな!」

「――了解です! ありがとう桜間くんっ!」

「わっ! ……ちょちょ、ちょっと離れろ!」


 よっぽど嬉しかったのか、九重さんに思い切り抱き着かれて俺は一瞬時が止まったけどすぐ我に返り九重さんを押しのけた。


「ごめん。嬉しくってつい……」

「こんなに積極的なオタクだなんて聞いてないぞ!?」


 女の人(※三次元の)に抱き着かれたのは初めてだ。

 心臓がまだバクバクしている。

 無駄にいい――ココナッツみたいな甘い香りがした。あ、ココナツだから? しょーもねぇ!


「でも本当に嬉しい! 私部活動とかにも憧れあったから!」


 それなら普通に部活入れよ。

 あまりにも眩しい笑顔を前に、俺はその言葉を飲み込んだ。


「…………倫ちゃん」


 そんな俺と九重さんを空き教室の入り口でえくぼが見ていたことに――俺は全然気づいていなかった。


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