第33話 目的

 五時限目が終わると、せんぱいと合流し、私は大学を後にした。


 大学が歩く事十分。駅のすぐ近くにそのお店はあった。


 二階建ての白い店舗に赤い看板が掛かっている。看板には青い文字で『ロケットペンシル』と書かれていた。

 店名の由来は知らない。おそらく、オーナーが好きとかそんな理由だろう。


 自動扉をくぐり、中に入る。


 店内に入ると、四方八方から音が襲ってきた。

 こういう空間が苦手という人は多いけど、私はこの騒がしさが好きだ。大きな音はそれだけ楽しい物がいっぱいあるという証拠だし、静かな場所より騒がしい場所の方がなんというかワクワク感がある。


「にしても、ゲーセンって」


 店内に足を踏み入れるなり、せんぱいが苦笑をしながら、そう呟くように言う。


「なんでいいじゃないですか、ゲーセン」

「いや、別にいいんだけど、わざわざ決め打ちして来るようなとこじゃないっていうか、気が向いたら行くよう場所っていうか……」


 まぁ、せんぱいの言いたい事も分かる。


 日頃から通っている人間ならまだしも、私達のように年に何回かしかいかない人間にとっては、ゲーセンとはそういう認識の場所だ。現に私も、今までゲーセンに行こうと思って出掛けた事は今まで一度もなかった。なのになぜ今日に限って私は、ゲーセンに行こうなどと言い出したのか。それは……。


「もう。つべこべ言ってないで、折角来たんだから楽しみましょうよ」

「つべこべって……。まぁ、いいけど。で、何するんだ?」

「じゃあ――」


 言いながら、店内を見渡す。


「あれ」


 そう言って私が指差したのは、シューティングゲームだった。

 一人でもプレー可能だが、銃は二挺にちょうあり、二人での協力プレーも出来る仕様となっている。


「二人でやりません?」

「しょうがないな。付き合ってやるか」


 と言いつつ、ノリノリで筐体きょうたいへと向かうせんぱい。

 私は一つ息を吐くと、その後に続き、すぐさませんぱいの隣に並ぶ。


「ツンデレですか?」

「は?」


 思った事をそのまま口にしたら、何言ってんだこいつ的な視線を向けられてしまった。まぁ、無自覚だよね。うん。知っていた。せんぱいだしね。


 二人で筐体の前に立ち、お金を投入し、銃を手にする。


「準備はいいですか?」

「あぁ」


 せんぱいの返事を待ち、画面に向けて引き金を引く。


 ゲームが始まると、世界観の説明、操作説明の順に画面に文章が表示された。私もせんぱいもこのゲームは初めてではないので、引き金を引きどちらもスキップする。


 場面は荒れた街並みに変わる。

 製薬会社から漏れ出たウィルスにより人々のゾンビ化が進んだ世界。プレイヤーはそんな世界を、銃を使って生き抜く。とまぁ、ゲームの設定はよくあるもので、捻りも何もない、量産型だ。まぁ、メインはシューティングだし、その辺は誰も期待してないし適当でも問題ないのだろう。


 画面に『READY GO』という文字が表示され、ゲームが始まる。


 初めの方はゾンビの出現頻度も少なく、なんなく倒せる。しかし、徐々にその頻度は上がっていき、ゾンビ自体の強度も上がっていく。


「せんぱい、そっち」

「分かってる。お前こそ、自分の方なんとかしろ」


 ゲームが進むにつれ二人共白熱し、自然言葉にも熱がこもる。


「あ、やば」

「前は任せろ。とりあえず、右だけに集中しろ」


 せんぱいより私の方がこの手のゲームは下手くそなので、どうしてもピンチにおちいりやすい。それをせんぱいがなんとかカバーしてくれるが――


「あー」


 私が先に倒れ、


「くそ。やられた」


 せんぱいもそのすぐ後にゾンビの手に掛かる。


 画面には『GAME OVER』の文字が踊り、同時にコンティニューのためのカウントダウンが始まる。


「どうする? まだやるか?」

「うーん。これ以上続けてもどうせダメそうなんで、違うゲームやりますか」

「だな」


 銃を筐体に戻し、私達はその場を後にする。


「次は何やる?」

「じゃあ――」




 その後もレーシングゲームや格闘ゲームを楽しみ、私達はゲーセンを満喫した。


 久しぶりに来たが、やはり色々なゲームのある、ゲーセンは楽しい。


 対戦や協力するタイプのゲームがあるゾーンから離れ、私達はクレーンゲームやお菓子を落とすゲーム等のあるゾーンをまるでウィンドウショッピングでもするように適当にぶらつく。


「あ」


 その中の一つ、ぬいぐるみの入った筐体の前で私は足を止めた。

 景品の犬のぬいぐるみが、どことなくせんぱいに似ており気になったのだ。


「欲しいのか?」

「え? まぁ……」


 しかし私は、クレーンゲームが得意ではない。全く取れないというわけではないが、取れたらラッキーぐらいの腕前だ。


「うーん」

「よし」


 私が悩んでいると、せんぱいが五百円玉を取り出し、それをおもむろに筐体に投入した。


「せんぱい?」

「ダメ元だ。あまり期待するなよ」


 そう言って、せんぱいは矢印ボタンを操作する。

 操作に迷いがないところを見るに、すでにターゲットを決めているのかもしれない。


 一回目。ぬいぐるみのタグにクレーンが掛かり、ぬいぐるみが少し傾く。

 二回目。同じくタグにクレーンが掛かり、ぬいぐるみが持ち上がり、そして落ちる。

 三回目。今度はぬいぐるみの両側面をクレーンがつかみ、ぬいぐるみが前のめりに倒れる。

 四回目。前のめりに倒れたぬいぐるみの頭付近をクレーンが掴み、持ち上げる。そのまま少し取り出し口に近付いた後、くるりと一回転して落ちながら更に取り出し口に近付いた。


「ふー」


 そこで一旦、せんぱいは小休止を入れる。


 ここまではせんぱいにとって前準備だったのかもしれない。

 ここからが本番と言わんばかりに、せんぱいは指と指を合わせ、手のストレッチをする。


「よし」


 五回目。ぬいぐるみの両側面にクレーンが掛かり持ち上がる。ぬいぐるみは徐々に取り出し口に近付き、その手前で落下。取り出し口に繋がる筒に引っ掛かる。


「あー。惜しい」


 私の口から思わず、声が漏れた。


 せんぱいは五百円を入れたので、次がラストプレー。果たして……。


 六回目。筒の上に乗ったぬいぐるみのお尻をクレーンが押す。その結果、ぬいぐるみが揺れて――


「「あ」」」


 ガタンという音と共に、ぬいぐるみが取り出し口に落ちる。

 せんぱいがそれを取り出し、


「ほら」


 私に差し出す。


「ありがとうございます」


 ぬいぐるみを受け取り、私はそれを抱く。


 ぬいぐるみの体長は二十センチ程で、抱くのにちょうどいい大きさだった。


「それにしても、まさか五百円で取れるとは……」

「狙ってたんじゃないんですか?」

「まさか。少なくとも、もうワンコインは覚悟してたよ」


 とはいえ、千円で取れる想定が出来ている時点ですでにすごい。私なんて、クレーンゲームをやる時取れたらいいなとしか思っておらず、後はなかば運任せだ。


「大事にしますね」

「大きさ的にも千里にもらった猫と並べたら、いい感じかもな」

「え?」


 後から聞いた話だが、千里さんはあの猫のぬいぐるみは、私に似ていると思って購入したらしい。そして、この犬のぬいぐるみはせんぱいに似ている――と私自身は思っている。その二つを並べて私の部屋に飾る。それって……。


「――っ」


 自分の思い着いた考えに、急に恥ずかしくなり、私はぬいぐるみに顔をうずめる。


 あまり化粧をしないタイプで良かった。もししていたら、ぬいぐるみに化粧が付いてしまうところだった。


「さてと、そろそろ帰るか」


 そんな私の行動には特に触れず、せんぱいがふいにそんな事を言う。


 ゲーセンに来てもう一時間が経とうとしている。晩御飯の事を考えると、確かにそろそろ帰った方がいい時間だ。


「あの、最後にいいですか?」

「ん?」


 私の提案に、せんぱいが首を傾げる。


「私とプリを撮りませんか?」


 実のところ、これが今日の私の目的だった。

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