第32話 格好
いつもと違う格好をしているというだけで、なぜだかひどく緊張する。
自分には似合わないと自覚しているからだろうか。
今日の私は、ピンクのノースリーブの
日頃ミニスカートを
それが分かっていてその手の服をいつも着るのは、似合うという理由もあるが、周りからそういう風に見られている事が自分自身でよく分かっているからだ。
幼くて元気な女の子。それが神崎鈴羽の見た目から受ける印象だ。
だけど、今日私は、あえてその印象に合わない服を着てきた。そこには良くも悪くもギャップが生まれる。もちろん、いい方に転んで欲しいが果たして――
とりあえず、めぐみんの反応は悪くなかった。
私の格好を見て、めぐみんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに
まぁ、めぐみんの場合、私の心情を知った上での反応だったため、サンプルとしては適切ではないかもしれないが、それでも
危ない。二人きりだったら、抱き着いて泣いていたかもしれない。それぐらい私は、今日のこの格好に対しどういう反応をされるか、不安だったのだ。
そして、とうとうその時がやってくる。
火曜日のせんぱいの個人的な時間割は三時限目からなので、今日私はせんぱいとお昼に顔を合わせていない。なので、一緒に授業を受ける四時限目が、私達が今日初めて顔を合わせるタイミング、なのだ。
死角からそろりと近付く。気配を消して、決して気取られないように。
ターゲットを射程距離に捉えた。
私は心の中で一つ深呼吸をすると、意を決して背後からその背中に声を掛けた。
「せんぱい」
可愛い後輩をイメージして、穏やかにそれでいて弾むような声でせんぱいの事を呼ぶ。
「おぅ。鈴羽か。誰かと思った……」
驚き振り返るせんぱいの言葉が、私の姿を見て止まる。
視線が私に、私の格好に突き刺さった。
逃げたい。ダメだ。二つの思いが反発し合って、私の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
数秒がまるで数分にも数時間にも感じられた。
そして、ようやくせんぱいの口が開く。
「どうしたその格好?」
「変ですか?」
「変じゃないけど、いつもと違うなって」
せんぱいの言動からは戸惑いが感じられた。
無理もない。いつも知っている後輩が、いつもとは全然違う格好で立っているのだから。
やらかした? もう少し無難な服から、徐々に攻めていった方が良かっただろうか? でも、もう後には戻れない。腹を
「どう、ですか?」
聞いた。聞いてしまった。本当はせんぱいの口から自然に発して欲しかったけど、とてもじゃないがもう待てなかった。
さて、せんぱいの反応は――
「いいんじゃないか」
言葉はぶっきらぼうだった。だが、私から
「え? なんです? よく聞こえませんでした」
気恥ずかしさもあって、私はいつもの調子でせんぱいに絡む。
「
「目を見て、もう一度言ってくださいよ」
「うっさい。行くぞ」
そう言って一人歩き出すせんぱい。
「ちょっと待ってくださいよ」
その後に私も慌てて続く。
「照れてるんですか?」
隣に並び、せんぱいの顔を横から覗き込む。
「そんなわけあるか。見慣れない物を見て、動揺しただけだ」
「それを照れてるって言うんじゃ……?」
「……それより――」
あ、
「どうしたんだよ、その格好は。二ヶ月遅れの大学デビューか?」
まぁ、確かに、唐突過ぎてそう思われても仕方ないか。
「いや、これには深い訳があったりなかったり?」
「どっちだよ」
ダメだ。何かそれっぽい理由を言わなきゃ、この場はとても収まりそうにない。理由、理由、それっぽい理由……。
「実は罰ゲームで……」
「罰ゲーム?」
私の発した
やはり、この理由は無理があったか。しかし、他に思い浮かばなかったのだから仕方ない。それに、一度言葉にしてしまった以上、これで乗り切るしかない。
「めぐみんと
「なんだそれ」
うん。自分でも言っていて思った。なんだそれって。
「まぁ、なんでもいいけどさ。変な事賭けの対象にしてなきゃ、友達同士の悪ふざけで済むだろうし」
私とめぐみんならそういう事も有り得ると思ったのか、せんぱいはどうやら私の話に納得したらしい。
ありがとう、めぐみん。勝手に名前使わせてもらったし、今度ジュースでも
「それにしても、その服わざわざ買ったのか?」
「いえ、元々タンスの肥やしになってたのを、昨夜引っ張り出しまして」
複数の服をベッドの上に並べあれでもないこれでもないとやっていた結果、訳が分からなくなり、最終的には直感で選んだ。こういう時、最後に頼れるのはやはり感覚。決して考えるのを諦めたわけではない。最善の手が直感だったというだけで。
「日頃着ないけど買ったんだ?」
「どこかで着る機会があるかなって思って」
「例えば?」
「デートとか?」
「なるほど。勝負服ってやつか」
「いえ、あの、まぁ、そうですね、はい」
改めてそう言葉にされると、なんだか気恥しいものがある。
「ふっ」
ふいにせんぱいが口元を押さえ笑う。
「なんですか」
どうせ私の事を笑ったのだろうと、少しむっとしながら私は尋ねる。
「いや、お前も女の子だったんなって思ってさ」
「当たり前ですよ。今頃気付いたんですか?」
さすがにそれは心外だ。女性として意識されてはないと思っていたが、まさか女の子とすら思われていなかったとは。
「悪い悪い。お詫びに今度なんか奢ってやるから」
「じゃあ、今日の授業後、どこか遊びに行きません?」
せんぱいからの申し出に、私はこれ幸いとばかりに、そう切り出す。
「いいぞ。またカラオケか?」
「うーん。それもいいですけど。今日は――」
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