第34話 爆弾
「じゃあ、撮りますよ」
「え? ポーズは?」
「そんなの適当でいいんですよ。ピースでもしててください」
「え? 何? 怒ってんの?」
「怒ってません」
「やっぱ、怒ってんじゃん」
「だから、怒ってませんって」
などというやり取りの末、なんとかかんとか撮影を終える。
緊張のあまり少しつっけんどんな態度を取ってしまったが、まぁその後、その事をせんぱいが特に気にする様子もなかったしよしとしよう。
「はい」
出てきたプリの一枚をせんぱいに渡す。
「ありがとう――って、これを渡されて俺は一体どうすれば……」
「飾るなり貼るなり、好きにしたらいいんじゃないですか?」
「貼るって、どこにだよ?」
「スマホとか?」
「うーん……」
それはないと思っているのか、せんぱいが首を傾け難しい顔をする。
「もう。そんなの家帰ってから考えてください。帰りますよ」
「はいはい」
当初の目的を果たした私は、せんぱいと連れ立ってゲーセンを後にする。
「あ、データも後で送りますね」
「データ?」
「さっき撮った画像、スマホにも転送出来るんですよ。知らないんですか?」
「いや、話には聞いた事あるようなないような?」
「プリ撮った事ないんですか?」
「今までそういう機会なかったからな」
「へー」
小さいな、私。……いや、身長の話ではなく、人としてという話だ。まぁ確かに、身長も小さいが。
「では、また明日」
「おう」
ゲーセンを出たところで、せんぱいと別れる。
せんぱいのアパートと駅のある方向は真逆。なので必然、歩き出す方向も逆になる。
「♪」
駅を目指す私の足取りは、まるでスキップでもするかのように軽やかだった。
そんな私の両手にはスマホが握られている。
この中にはせんぱいと撮ったプリの画像が。しかも、せんぱいが初めて撮ったプリの画像が。
それぐらいの事で浮かれる自分に呆れる反面、仕方がない事だとも同時に思う。だって、私にとってせんぱいは――
踊る心を必死に抑えながら、私は電車に乗って最寄り駅まで移動する。
気を抜くと、顔がにやけてしまいそうになる。
傍から見たら一人でにやける人間なんて、不審者の極みだろう。そんな人間に対する周りの反応は、白い目で見るか、あえて見て見ぬふりをするかのどちらかだ。他人に見られるならまだしも、そんなところを知り合いにでも見られたら……。
「
最寄り駅を出て少ししたところで、横から声を掛けられる。
聞き覚えのある声だ。しかし、あまり聞きなじみのない声でもある。つまり、然程面識のない知人からの呼び掛け……。
声のした方に視線を向ける。そこには可愛らしい、女性の私から見ても可憐で清楚な女の子が立っていた。高校時代に嫌になるほど噂を聞いた天使のような女の子。その名は――
「天使さん」
苗字に天使を冠する、まさに天使級に可愛い高校時代の後輩が、私の事を見ていた。
「偶然ですね。こんな時間にこんなところで会うなんて」
「ちょっと、その、大学の友達と授業後に遊びに行ってて。天使さんは?」
なんとなく、遊びに行った相手がせんぱいである事は隠してしまった。告白の事がなくても、おそらく私は同じ行動を取っただろう。
天使さんがせんぱいに好意を寄せている事は、高校時代から知っていた。天使さんは特に男子と一定の距離を取るタイプだったので、好意の有無はバレバレだった。
彼女の名誉のために補足すると、距離を取ると言っても素っ気なかったり嫌な態度を取ったりするわけではない。むしろ、愛想はいい方だ。ただそれがガードの高い女子のそれである事は、女子なら私のような馬鹿でも気付く。
だからこそ、天使さんのせんぱいに対する態度は、それなりに目立っていた。まぁ、その好意を向けられていた当の本人であるせんぱいの方は、そうは思っていなかったようだが……。にぶちんめ。
「私も授業終わりに友達と駅前をぶらりとしてて、今から帰るところです」
「こんな時間怒られない?」
大学生の私は連絡さえ入れれば余程遅い時間でない限り許してもらえるが、高校生の天使さんは晩御飯時に家にいないと怒られそうだ。
「怒られますね。というか、今もお叱りのラインが」
そう言って天使さんが、ラインの通知が表示されたスマホを私に見せてくる。
「途中まで一緒に帰りません?」
「……いいよ」
若干の思考の後、天使さんからの申し出に私はそう返事をする。
というか、断るという選択肢は初めから存在しなかった。天使さんとは別に
天使さんと肩を並べ、住宅街のある方に歩き出す。
「いいですよね、神崎先輩は。香野先輩と同じ学校に通えて」
「あはは……」
いきなりぶっこんでくるな、この子。私の気持ちは知っているだろうに。まぁ、私と天使さんの共通の話題が、それぐらいしかないというのもあるが。
「私の第一志望、
「!」
明孝大とは私達の通う大学の名前だ。私達。つまり、私とせんぱいの通う大学……。
「天使さんなら、きっと受かるよ」
内心の動揺を悟られないように、私はそんな事を口にしていた。
とはいえ、発した言葉は、でまかせなどではなく本心だった。私と天使さんでは頭の造りが違う。私が受かったのだ。彼女が落ちるとは到底思えない。
「ありがとうございます」
お礼を言い、
「神崎先輩、私、香野先輩に告白しました」
そして、いきなり爆弾を投下してくる。
「……」
この子の考えている事は、本当に分からない。それを私に告げてどうして欲しいんだろう?
「もしかして、知ってました?」
「え? あ、その……」
そこでようやく私は、反応を間違えた事に気付く。
確かに、もし私が何も知らない状態なら、天使さんの話を聞いた時にもう少し分かりやすいリアクションをしていた事だろう。しかし私は、その事を知っていたから、驚かず彼女の真意を伺う方に思考を割いてしまった。
多分、他の人が相手なら、私はもっと上手い反応が出来たはずだ。天使さんへの警戒が、今回は
「実は見ちゃって、公園でのやり取り」
「そうだったんですか……。まぁ、別に隠れてやってたわけでもないですし、そういう事もありますよね」
私の白状に対し、天使さんは然程気にしていない素振りをみせる。
確かに、天使さんの言うように、あんな所で告白していれば知り合いに見られる可能性は決してゼロではない。ただそれを簡単に受け入れられるかどうかはまた別の話で、ここまであっさり受け入れられる人間はそう多くないだろう。
「でも、安心してください。答えはまだ貰ってませんから」
「そう……」
正直に言おう。私はこの子が苦手だ。何を考えているか分からないし、天使さんと話しているとこちらの全てを見透かされているような気さえしてくる。そういう感覚は千里さんと話していても感じるが、その二つの感覚は似て非なるもの。後者にはどこか温かみのようなものを感じるが、前者には……。
「ところで――」
そう口にした途端、急に天使さんの雰囲気が変わる。
「大学の香野先輩ってどんな感じなんですか?」
その様はまるで、ショーケースに飾られたお目当ての商品を見る子供のようで、先程まで纏っていた神秘的な雰囲気は今の彼女からは
ホントもう、可愛いな。
さっきまでは落ち着いた雰囲気で大人びており、可愛いというより綺麗といった感じだったのに、一瞬でその印象をがらりと変えてくるのだから本当にズルい。私が男子なら、間違いなく秒で
「神崎先輩?」
突然黙り込んだ私を見て、天使さんが小首を傾げる。
そんな仕草もいちいち可愛いから困る。
……って、そうじゃなくて、天使さんが聞いてきたのは、大学でのせんぱいの様子、だった、はず。
「大学でのせんぱいは相変わらず女友達が多くて」
「あぁ、やっぱり」
「しかも最近では、私の友達とまで仲良くなってて」
「確かに、それはちょっと複雑ですね」
こうして私は、天使さんとせんぱいについて語り合った。
その結果、なんだか少しだけ、今までより天使さんと仲良くなれた気がした。……少しだけ、だけど。
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