第29話 調子
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去ると、俺達は改めて自分達の前に並んだ料理に目をやる。
そのバーガーは見るからに大きかった。手で持って口に収めるのは、男の俺でもまず不可能だろう。というか、この手の物は、初めから口からはみ出る事を想定した造りなんだと思う。そうでなければ、この大きさはさすがにおかしい。
「大きい、ですね……」
俺にとってはお久しぶりだが、おそらく鈴羽にしてみれば初めましての相手、戸惑うなという方が無理な話だ。
お手本とばかりに、俺はバーガーを手に持ちそれに噛みつく。案の定、口には収まりきらなかっただが、こういうものと割り切って食べる他ないだろう。
味は普通に美味い。バーコンのカリカリ具合とハンバーグのジューシーさにチーズの濃厚さが相まって、暴力的な美味しさを
俺が食べる様子を見て、鈴羽が意を決したようにバーガーを手に持ちかぶりつく。女の子の小さな口では俺以上にバーガーを持て余し、少ししか口の中に入らなかったが、それでもなんとか口の中に入った分を
「うん。美味しい。食べづらいけど、美味しい」
「たまにはこういうのもいいだろ?」
「まぁ、そうですね。話のネタにもなるし」
「友達にでも話すのか?」
「え? あー。はい。そう。早速この後、めぐみんにでも話そうかなって」
二口三口と食べ進め、間に付け合わせのポテトを挟む。ポテトは太く、食べ応えがあった。味も塩味がよく利いており、とても美味しい。
「はへはふ?」
そう言って鈴羽が、俺の方に自分のバーガーを向けてくる。
「じゃあ、一口」
身を乗り出し、差し出されたバーガーにかぶりつく。
うん。なるほど。アボカドの食感と薄い甘みのようなものが、独特の味合いを生み出している。好きな人は好きな一品といったところか。……進んで頼もうとは思わないけど。
「まぁ、
「なんですか、それ」
俺の微妙に失礼な感想に、鈴羽が苦笑を浮かべる。
そして、バーガーを口に運ぶ。
「……」
しかし、その手が途中で止まる。
手元のバーガーを見つめ、鈴羽は何やら考えている様子だった。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
そう言うと、鈴羽はバーガーにかじりつく。
なんだろう? 食べ過ぎたか? いや、そんな事なら、直接言ってくるだろうし……。うーん。分からん。
「あ、こっちも食べるか?」
鈴羽の態度は気になるが、それよりもこちらだけ貰いっぱなしというのもバツが悪い。昔の偉い人もこう言っている。目には目を歯には歯を、バーガーにはバーガーを、と。
「いいんですか?」
「何遠慮してんだよ。俺も
「そう、ですね。では、遠慮なく」
俺がバーガーを差し出すと、鈴羽がそれにかぶりついた。
「どうだ? 美味いか?」
「はい。美味しいです。なんか肉&肉って感じで」
「まぁ、実際そうだからな」
ハンバーグとベーコン、まさに肉&肉だ。
にしても、この量。女の子にはさすがに多かったか。多分、鈴羽じゃなかったら、一緒に来ようとは思わなかっただろうな。天ちゃんは論外、千里も……。なんやかんや言って、鈴羽は俺の中で特別という事だろうか。いや、決して変な意味ではなく。
「せんぱいはこの後どうするんですか?」
「一旦家帰って出直すよ。レポートもないし、三時間近くぶらつくのもな」
こういう時、大学から近い所に住んで良かったと本当に思う。
「じゃあ、私も付いて行っていいですか?」
「別にいいけど」
どうせ暇だし、鈴羽の相手をして時間を潰すのも悪くない。
「やった」
本調子というわけではないが、大分元の調子に戻ったようだ。
それにしても、先程の背後から離し掛けてきた時のテンションは一体なんだったんだろう? どうも、体調不良というわけではなさそうだし……。
ま、情報がないのに、あれこれ考えても仕方ないか。
案外、お腹が
とはいえ、美味しい物は気分を上げる。
鈴羽が俺の連れてきたこの店のハンバーガーで、少しでも調子を戻してくれたのなら、それは俺にとっても喜ばしい事だ。
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