第28話 バーガー
「せんぱい」
「おぉ……」
一人構内を歩いていたところ、声と共に背後から背中を叩かれ、少し驚きよろめく。
不意を突かれた事もそうだが、背後から掛けられた声があまりにも大人しく、その事に動揺してしまった。
「鈴羽か」
振り返ると、案の定、そこには鈴羽が立っていた。
「お疲れ様です。せんぱい、今日はご飯外でもいいですか? 寝坊してお弁当作ってくる
「それはいいけど……」
「?」
どうやら、自分の様子がいつもと違う自覚はないらしく、俺の反応に、鈴羽が小首を傾げる。
まぁ、いいか。指摘するような事じゃないし、そういう日もあるだろう。
「どこ行く?」
「ハクアもいいですけど、たまには変わったとこ行きたいです」
「変わったとこね……」
とりあえず、外に出る事は確定なので、校舎外に向けて歩きを再開する。
「回転寿司とか?」
「昼間から回転寿司ですか? 別にいいですけど」
うむ。回転寿司はお気に
「居酒屋、はもっとないか。焼き鳥、餃子、うどん、ラーメン……。あ、ハンバーガー屋なんてどうだ?」
「ハンバーガー屋って、マックとかロッテリアとかですか?」
「いや、違くて。そういういわゆるチェーン店じゃなくて、『グレートバーガー』って店が駅の向こう側にあるんだよ」
「へー。せんぱいは行った事あるんですか? そのお店」
「あぁ、司達と数回な。ボリューミーだけど、味は確かだぞ」
「じゃあ、そこにしますか」
「おう」
構外に出る前に、目的地が決まって良かった。じゃないと、門の所で足止めをくらうところだった。
エスカレーターに乗り、一階を目指す。
「最近、千里とよく話すのか?」
「そう、ですね。構内でも向こうから声を掛けてくれますし、お互い読書が趣味なのでその手の話をしたり、まだ外では会った事はないですけど……。なんでです?」
「いや、千里の口から時たま鈴羽の話題が出るから、仲良くやってるのかなって」
「話題ってどういう?」
「あいつなりに結構気に入ってるみたいだぞ、お前の事。なんやかんや言っても、嬉しいんだろ、あいつにとっては初めて出来た後輩だからな」
「初めて出来た後輩?」
俺の言葉の意味が理解出来なかったようで、鈴羽が首を傾げる。
「千里は人付き合い苦手なところあるからな。仲がいい人間がそもそも少ないんだよ」
「意外……でもないか。千里さんってなんて言うか、大抵の人には明確な壁を作って話をしてる感じですよね。誰しもある程度壁は作りますけど、それが千里さんの場合はちゃんと感じられるというかなんというか……」
「まぁ、そんな感じだから、特に同級生以外には仲がいい人間がホントいないんだ」
もちろん、俺の知らない所にはいるのかもしれないが、少なくとも大学関係者にはそういう相手はいなさそうだ。
「だから、お前と仲良く出来て嬉しいんだろ、あいつも」
「だったら私も嬉しいです。千里さんとは仲良くしたいので」
「おう。してくれ。どっちにとっても、いい話し相手になるだろうし」
一見性格の違う二人だが根っこの部分は同じなので、俺が心配しなくても勝手に仲良くするとは思うが、それはそれとして共通の知人同士という事もありその関係はやはり気になる。仲が悪いよりいいに越した事はないし、それ以上なら尚嬉しい。
エスカレーターを降り、出入り口に向かう。
「千里さんとせんぱいの関係もよく分からないですよね」
「どういう事だ?」
「だって、仲良さそうなのにそんなに一緒にいるわけじゃないし、お昼もあまり一緒に食べないでしょ?」
「そりゃ、あいつにも友達はいるし、そっちと食べるからだろ」
男は男同士・女は女同士ではないが、どうしても同性同士でつるむ確率が高くなってしまう。
……自分で言っていて今この状況に矛盾を感じているが、まぁ、あくまでも一般論なので全てに当てはまるわけじゃないって事で。
「前にも言いましたけど、せんぱい男友達いるんですか?」
「いるわ。失礼な」
「あれでしょ。可愛い妹と仲良くなるための口実に使ってるとか、そんな感じですよね」
「俺はどれだけイカれた奴なんだ」
大体、司と仲良くしてなくても、天ちゃんとは別ルートで仲良く出来る……。おっと。この言い方にも語弊があるか。いやー、言葉って難しいな。
「まぁ、お前達とよく絡むから、遠慮されてるってのは正直あるけどな」
司とゆーくんはともかく卓也はああ見えて硬派なので、あまり女子とお喋り出来ない勢の人間なのだ。この間はフードコートで天ちゃんをナンパしていたが、あれもおそらくはゆーくんとの会話の流れで引くに引けなくなってやらかしたのだろう。
「お前の方こそいいのか、俺とばっか絡んでて」
女の友情は男のそれより複雑とよく聞くけど。
「大丈夫ですよ。その辺は上手くやってますから」
「上手くね……」
他の友達は知らないが、豊島さん辺りはこの状況を楽しんでいそうなので、そういう意味では心配はいらないのかもしれなかった。
グレートバーガーは、大学から歩いて十五分程の場所にあった。
二階部分が住居スペースとなった、似たようなお店が三つ並んでおり、グレートバーガーはその中央に店舗を構えていた。
木の板をいくつも張り付けたようなデザインの外観は、本場アメリカを意識しているのか、ぱっと見、粗野な印象も受ける。しかし、だからと言って入りづらい感じではなく、目を引くという意味では街中のいいアクセントになっていた。
扉を開け、中に入る。
「いらっしゃいませ」
女性の声に導かれるように、店内を進む。
店内は壁と天井は白、床は黒と灰色のタイル調とシンプルなデザインながら、椅子や机、カウンターなどは外観同様に木を意識した造りとなっており、全体として統一感を持たせる事に成功していた。
座席は五人掛けのカウンターに四人掛けのテーブルが五脚で、今はその内のカウンター三席とテーブル三脚が埋まっている。
「お好きな席にどうぞ」
店内にいる店員は、カウンターの中にいる店長らしき男性と、先程から声を上げている若い女性の二人だけ。必然、片付けや配膳はカウンターの外にいる彼女が行う事になり、人が増えてくると大変そうだ。
「奥行くか」
「え? あ、はい」
物珍しそうに辺りをきょろきょろ見渡す鈴羽を連れ、俺は奥のテーブル席に向かう。
俺が壁側に座り、鈴羽が通路側に座る。テーブルを挟んで向かい合う形だ。
すぐに店員によって、それぞれの前にお冷とお絞りが置かれる。
「ご注文お決まりでしたら、そちらのボタンでお呼びください」
バーガーは全部で十五種類あるものの、内五種類は値段が高く、どうしても残りの十種に俺の目は引き寄せられる。
この店で俺は、来る度に毎回違うメニューを注文していた。常に行けるような店では毎回同じ物を頼みがちな俺だったが、あまり行く機会のない店ではこういう事をよくする。その辺りの心理は自分自身よく分からないが、深く考えるような事ではないため、そういうものと割り切る事にしている。
顔を上げると、鈴羽がまだメニューと
この手の店には必ずと言っていい程、アボカドが使われたメニューがあるけど、実際のところ、美味しいのだろうか。女性には人気らしいが、進んで頼もうとは俺は思わない。
「決まったか?」
頃合いを見て、鈴羽にそう声を掛ける。
「はい。大丈夫です」
ボタンを押す。程なくして店員がやってきた。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「俺はベーコンチーズバーガーを」
「えっと、私はアボカドチーズバーガーを」
いた。注文するやついた。
「ベーコンチーズバーガーとアボカドチーズバーガーですね。少々お待ちください」
店員が完全に席を離れたタイミングで、俺はようやく口を開く。
「アボカドって美味いのか?」
「味というか食感ですかね。割といけますよ」
「ホントか?」
「来たら一口食べてみます?」
「う、うん」
何事も体験してみなければ分からない。食わず嫌いはよくないし、味見くらいしておくか。
「そういえば、お前が
「読み終わりました?」
「いや、まだ」
食い気味に聞いてきた鈴羽に、俺は苦笑を返す。
「日頃本読まない人間の読書力なめるなよ」
「なんで偉そうなんですか……」
俺の言葉に、今度は鈴羽が苦笑をその顔に浮かべる。
「二話まで読んだけど、結構面白いな、あの本」
「十日で二話ですか。ホント遅いですね」
「ほっとっけ」
これでも俺にしては早い方なのだ。というか、小説を読み切った事がそもそも数える程しかないので、ゆっくりとはいえ読み進めている事自体が俺にとってはレアケース、おおげさな言い方をすれば奇跡に近い。
おそらくだが、俺は自分に合った本を見つける才能がないのだろう。だから、途中で読むのを断念してしまう。しかし今回は、俺の事をよく知る鈴羽が選んでくれたため、牛歩のような速度ながらなんとか本を読む事を続けられている。
「全部読み切ったら、改めて感想聞かせてくださいね」
「おう。任せとけ」
「夏休みまでに終わるかな?」
「お前、さすがにそれは言い過ぎだろ」
夏休みまでまだ七週間以上ある。今のペースで行けば、六週間も掛からずあの本を読み切れるはず……。うん。言い過ぎって事もないか。少し気を抜いたら、普通にそれぐらい掛かりそうだ。ちょっとずつでもいいから、毎日
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます