第26話 ブランコ

 ショッピングセンターから天使家まで、自転車なら十五分程度で到着する。


 俺達はのんびりした速度で他愛たあいもない会話をしながら、その道中を過ごした。

 途中から天ちゃんの口数が徐々に少なくなっていったような気がするが、勉強疲れによるものだろうと勝手に解釈した。


 後少しで天使家に着くというところで、天ちゃんがふいにこんな事を言ってきた。


「……ちょっとそこの公園に寄って行きませんか?」

「公園? いいよ」


 でも、なんでだろう? 途中で休憩取る程の距離じゃないし、ここからなら天使家まで後少しだ。どちらにしろ、公園に寄る理由にはなり得ない。


 自転車を園内に停め、どこかに向かって歩く天ちゃんの後を追う。


 天ちゃんがベンチの前で立ち止まる。

 俺もそれに倣って、少し距離を開けた所で立ち止まった。


 小さな公園なためか園内に人気はなく、その静かさはまるでこの付近に結界でも張ったかのようだった。


「香野先輩、いつもありがとうございます」


 こちらに背中を向けたまま、天ちゃんがそんな事を言う。


「何? 急に?」


 さすがに鈍感な俺でも気付く。

 この空気は通常のそれではない。何か、何かがおかしい。


「知ってます? 私、男の人とこうして出掛けるのって、香野先輩だけなんですよ」


 お尻のところで手を組んで、天ちゃんくるりと周り、こちらに笑顔を向ける。その笑顔はどこか異質で、まるで無理矢理作った表情のように俺には見えた。


 全然シチュエーションは違うのに、むしろ真逆なのに、俺はこの状況でことりと別れた時の事を思い出していた。

 ここに至るまでの心の準備、決意、葛藤、そういうものがなんとなく似ていたからかもしれない。


「香野隆之さん、好きです。この胸の高鳴りがもう抑えきれないくらい大好きです」


 目を見開く。


 様々な感情が入り混じった天ちゃんのその表情に、俺は言葉を失った。

 決してポジティブなだけでなく、それでいてネガティブなだけでない、いくつもの感情が混在した天ちゃんの表情に俺は、何を答えていいか分からなかった。


 それに、おそらくこれは――


「答えはいりません。どちらにしても、気持ちの整理が付かないでしょうから」

「だったら、なんでこのタイミングで?」

「気持ちは伝えておきたかったんです。本格的に受験勉強に突入する前に」

「……」


 こういう時、どんな言葉を掛けるのが正解なのだろう。

 答えはいらないと言われた以上、俺の気持ちをはっきりする事は当然出来ない。だからと言って、告白されたのに何もコメントしないのも違う気がする。となると――


「ありがとう、天ちゃん。好きって言ってもらって素直に嬉しいよ」


 この辺りがいい塩梅あんばいの落しどころ、だろうか。


「はい。Jkに告白されるなんて早々ない事ですから、ちゃんとみしめて帰ってくださいね」


 そう言うと、天ちゃんはにぃっと歯を見せて笑った。


 まぁ、高校卒業した人間が女子高校生に告白されるなんてケース、普通ないからな。しかも、飛び切り可愛い女子高生に。状況によっては、事案として報告される可能性さえある。大学生なら辛うじて大丈夫か。大丈夫だよな。大丈夫だよね?


「折角、公園に来たんだから、一緒にブランコ乗りません?」

「え? マジで?」

「マジで」


 ブランコなんて高校を卒業して以来、一度も乗っていない。なんとなく俺の中で、高校生は許されるけど、大学生はグレーな雰囲気があるのだ。


「ダメ、ですか?」

「うっ」


 意図的な上目遣いを用い、俺を篭絡ろうらくしようとする天ちゃんの姑息こそくさに俺は、持ち前の自尊心を持って抗う。


 ……いや、別に抗う必要もないか。

 よくよく考えてみたら、人気もないし、ブランコくらい乗ってもいい気がしてきた。それに、高校生か大学生かなんて、はたから見たら分からないだろう。

 だから、決して天ちゃんの策略にやられたわけではない。大体、女子高生の上目遣いくらいで、この俺がやられるわけないじゃないか。


 結論、久々に乗ったブランコは割と楽しかった。


 二人で座った状態でブランコを軽く漕ぐ。ユラユラ揺れているだけでも結構楽しい。


「あの、あんな事言っておいてなんですが、これからも普通に接してもらえると嬉しいです」


 その心配は当然といえば当然だろう。答えは言っていないとはいえ、告白をしたんだ。二人の間になんらかの壁や溝が生まれてもおかしくない。


「分かんないけど、大丈夫じゃないかな。俺、元カノとも普通に会話するし」

「それとこれとは話が別……。というか、元カノって実際どんな感じなんですか?」

「俺達の場合、そもそもがドライな関係だったから、そこまで抵抗はないかな」


 とはいえ、そう思っているのは実は俺だけで、向こうはひそかに気まずい思いをしている可能性も――ないな。ことりはそんなたまではないし、言動からもそのような感じは受けない。


「ちなみに、復縁の可能性は?」

「ないない。あっちも俺なんて願い下げだろうし」

「そうですか」


 一見興味なさそうな口調ながら、その実、興味津々なのは雰囲気やブランコの動きから丸わかりだった。

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