第25話 帰宅
「このガタイのいいのが
「うっす」
俺の紹介に、卓也が天ちゃんに頭を下げる。
先程までの事があるからだろう、その表情・仕草はどこか居心地の悪さを感じさせるものだった。
「で、こっちの男の娘が――」
「男の娘言うな」
「……可愛い子が
「よろしくねー」
俺の紹介を受け、ゆーくんが天ちゃんに手を振る。
こちらは
「彼女は
「天使って……」
「あー」
天ちゃんの苗字を聞き、卓也とゆーくんがそれぞれ声を上げる。
説明せずとも、苗字だけでピンと来たらしい。
「司の妹」
「マジか……」
卓也の場合、司の妹という事実にプラスして、友達の妹をナンパしたという事実が上乗せされ、その衝撃はひとしおだろう。
「へー。司に妹がいるとは聞いてたけど、こんな可愛い子とは」
一方、ゆーくんは違う意味で衝撃を受けていた。ゆーくんは美意識が高く、可愛い子にも敏感だ。なので、天ちゃんはそんな彼の
「てか、なんで司の妹と隆之が? もしかして、二人付き合ってる?」
ゆーくんのその邪推はもっともと言えばもっともだ。俺が同じ立場でも同様の考えに至った事だろう。とはいえ――
「付き合ってはない。バイト先の先輩と後輩の関係で、今日は勉強を教えるために来たんだ」
「ふーん。なるほど……」
何やら意味深の笑みを浮かべるゆーくん。その視線が俺ではなく、俺の隣を見ていたようにも思えたが気のせいだろうか。
「じゃあ、僕達はもう行くね。勉強のお邪魔しても悪いし。ほら、行くよ」
「ごめんな。隆之、お前には今度会った時に話がある」
前半は天ちゃんに優しく、後半は俺に
「ごめんね。怖い思いさせて」
「いえ、香野先輩のせいではありませんから。それに、むしろ香野先輩には助けて頂いたので……。どうもありがとうございました」
そう言うと、天ちゃんが俺に向かって頭を割としっかりめに下げる。
「いや、知り合いだったし、そんな感謝されるような事は……」
そこまでされると、逆に申し訳なくなってくる。なんか、身内が迷惑掛けて助けに入ったらお礼を言われたような、そんな気持ちだ。
「でも、例え知り合いじゃなくても、きっと助けてくれましたよね?」
「……まぁ」
おそらく、対応の仕方は大分異なるだろうけど、助けに入る事それ自体に変わりはない。
「だから、ありがとうでいいんです。こういう時のお礼は、素直に受け取っておくものですよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです」
言って、天ちゃんはなぜか勝ち誇るように笑った。
「とりあえず、戻ろうか」
「あ、はい」
天ちゃんと連れ立って、俺は元いた席に戻る。
席に戻ると、天ちゃんがテーブルの上にお盆を置く。
そういえば天ちゃんは、これを買いに行ったんだった。その後、色々あり過ぎてすっかり忘れていた。
「何買ってきたの?」
「たこ焼きです。香野先輩も食べます?」
「
二
熱っ。けど――
「うん。美味しい」
「ホントですか? 良かった」
そう言いながら、天ちゃんもたこ焼きに箸を伸ばす。
「うん。美味しい」
そして、
「これ食べたら、次は英語やろうか」
「ふぁい」
すでに二個目を行っていた天ちゃんが、口をいっぱいにしながらそう返事をする。
意外とわんぱくだな。
「もうこんな時間か」
ふと掛け時計に目をやると、時刻はいつの間にか十七時を回っていた。
つまり、勉強を始めて約三時間もの時間が経過した事になる。もちろん、
「そろそろ上がろうか」
周りの光景も来た時とは違い、空席の方が目立つようになっていた。
「そう、ですね。ありがとうございました。香野先輩に教えてもらったお陰で、少し気持ちが楽になりました」
「少し?」
「いえ、大分、大分楽になりました」
「冗談冗談。多少でも天ちゃんの助けになれたのなら、休日にわざわざ出張ってきた
慌てて自身の言葉を訂正する天ちゃんに、俺は笑いながらそう軽口を叩く。
まぁ、というか、天ちゃんみたいな可愛い子とこうして過ごせている時点で、休日に出向いた対価としてはむしろ貰い過ぎなくらいで、逆にこっちが何かを支払わないと割に合わないんじゃないだろうか。
「今度改めて何かお礼しますね」
「別にいいのに」
「私の気持ちの問題なので、ご迷惑でなければ受け取って頂けると有り難いなって」
「まぁ、そこまで言うなら」
この手の事は必要以上に断るとかえって失礼なので、本当に迷惑でない限りは、受け取る側が程よいタイミングで折れておくのが正しい対応だろう。
「はい。大したものは渡せないので、あまり期待せずに待っててもらえると嬉しいです」
「うん。期待せずに待ってるよ」
嘘だ。天ちゃんからのお礼。これが期待せずにいられようか。いや、別に、いい物が貰えると思っているわけではない。天ちゃんからのお礼というところに価値があるのだ。なんなら、その辺の石ころでも構わない。……まぁ、石ころは保管に困るので出来れば遠慮したいが、それぐらいどんな物でも嬉しいという事だ。
天ちゃんが勉強用具を鞄にしまうのを見届けてから、俺はお盆を手に立ち上がった。
お盆はフードコート共通の物なので、そこら辺にある手洗い場の上に置いておけばいい。上に乗っていたゴミは、手洗い場の下がゴミ捨て場になっているためそこに捨てた。
「行こうか」
「はい」
身軽になった俺は、天ちゃんと共にフードコートを後にする。
「天ちゃんは今日、ここに何で来たの?」
「自転車です。香野先輩は?」
「俺も自転車」
という事は、とりあえず二人共、駐輪場に向かう感じか。
「家まで送ってこうか?」
「はい。
「……」
返事が若干食い気味で少し戸惑う。
まぁ、元々送っていくつもりだったので、別にいいのだが……。
季節的にまだこの時間だと陽は高く、女の子を一人で帰すと危ないという感じでもないのだが、天ちゃんの場合、なぜか送って行った方がいいかなという方向に思考が行き着く。おそらく、鈴羽や千里が相手ではこういう思考には至らないだろう。やはりそこは、天ちゃんだからという他なかった。
エスカレーターに乗って、まずは一階を目指す。
「司は今日家?」
「多分……。少なくとも、私が出る時までは家にいました」
「可哀相に、遊ぶに誘われなかったのか」
卓也とゆーくんがここにいたという事は、二人共特に用事がなく暇をしていたのだろう。なのに、司は……。いや、これ以上はよそう。想像で友人を貶めるのは良くない。もしかしたら、誘われたけど断っただけかもしれないし。
「なんか、課題がどうとかって言ってましたよ」
「あー」
ちゃんと家にいるべき理由があったのか。すまない、司。勝手に俺の頭の中で、可哀相な奴に認定しかけて。
「香野先輩も、たまには兄の事構ってあげてくださいね」
「おぅ……」
妹の口からこんな
エスカレーターを降り、そのまま出入り口に向かう。
駐輪場は出入り口のすぐ側にあった。
自分の自転車の所まで行くと、それを押して天ちゃんの元に近付く。
「行こうか」
「はい」
先程と同じようなやり取りをし、俺達は天ちゃんの家に向かって自転車を
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