第18話 思わぬ再会

 めぐみんの言うお店は、確かに私の家からそれほど離れていない場所にあったが、私の行動圏内けんないからは見事に外れた所にあった。

 いわゆる住宅街の中程。近隣の家々に埋もれるようにして、その店はぽつんと存在していた。


 白い壁と三角の屋根。二階部分は住居スペースなのだろう、完全に普通の家のそれだった。一階は自動扉と大きめの窓が正面の壁全体を支配しており、中の様子がよく見える。


 うん。間違いなくケーキ屋さんだ。


 なんの躊躇ためらいもなくめぐみんが自動扉をくぐり、帆乃佳ほのかと私もその後に続く。


「いらっしゃいませ」


 ショーウィンドウの向こう側にいた女性店員が、私達の方を見てそう挨拶あいさつをする。


 ポニーテール姿の綺麗きれいな女性だった。年は私達より少し上といったところか。まさに我々世代が憧れる大人の女性がそこにいた。


 恰好かっこうは、白いシャツに黒いパンツルック、エプロンは下だけのものを付けており、その姿は彼女のスタイルの良さも手伝い、とても恰好良くまた少しエロティックだった。


 いや、現実逃避はよそう。

 まぎれもなく、目の前にいるこの人は小鳥遊たかなし先輩、その人だった。


「あら、神崎かんざきさん。久しぶり。今日はお客さんとして来てくれたのかしら」

「というか、友達に連れられて」

「あぁ、なるほど」

「知り合い?」


 それまで私達のやり取りを見守っていためぐみんが、さぐるような口調でそう口を挟む。


「高校時代の先輩」「ライバル?」


 どうやら、私と小鳥遊先輩の認識には齟齬そごがあるようだ。


「あー……」

「?」


 めぐみんは私達の言葉で状況をほぼ完全に理解したようだが、事情を知らない帆乃佳は一人蚊帳かやの外状態だった。


「バイトですか?」

「うーん。バイトはバイトだけど、ここ、私の実家なんだよね。だから、ある意味お手伝い? もちろん、お金はもらうけど」


 それは、なんというか、初耳だった。

 まぁ、そもそも小鳥遊先輩について私が知っている事なんてたかが知れているのだが。


「お持ち帰りですか? それとも、店内の飲食ですか?」

「店内の飲食で」


 三人を代表し、私が小鳥遊先輩の質問に答える。


「では、お好きな商品をどうぞ」


 お好きなと言われても、ショーケースに並ぶケーキの種類は多く、どうしても目移りをしてしまい、すぐには決められそうになかった。


「じゃあ、私はモンブランとこのチョコケーキを。飲み物はカフェオレで」


 こういう時、帆乃佳の決断は早い。

 迷いなく物事を決めていくその姿には、もはや尊敬の念すら覚える。


かしこまりました」


 小鳥遊先輩が帆乃佳の分の商品を準備している間に、私も思考を働かせる。


 ……よし。


 とりあえず全員分の注文が決まり、私達は商品の準備が出来るのを席に着いて待つ事にした。


 室内の構造は右側にショーウィンドウ、左側にイートインスペースといった別れ方をしており、そちらにはテーブルが八つ並んでいた。

 その内の一つ、店の奥側に私達は腰を下ろす。


 時間帯のせいなのか、店内に私達の他に客はおらず、勝手ながら少し心配になってしまう。


「お待たせしました」


 程なくして、小鳥遊先輩が三人分の商品をトレーに乗せて持ってきた。


 ちなみに私は、チーズケーキとガトーショコラを頼んだ。

 理由は特にない。目に付いたからなんて言う、単純な理由からだ。


「で、結局、鈴羽すずはとあの先輩はどういう関係なんだ?」


 小鳥遊先輩が定位置に戻ったのを見計らって、若干空気が読めない子である帆乃佳が、モンブランの山を切り当てくずしながら、そんな質問を私に投げ掛けてくる。


「だから、高校時代の先輩だって」

「でも、ライバルって」

恋敵こいがたきって意味よ」


 ショーウィンドウの方から何やら声が聞こえてきたが、多分気のせいだろう。もしくは幻聴。なんにせよ、私は聞かなかった事にする。


「恋敵ってあの恋敵?」


 しかし、帆乃佳の耳にはその幻聴がばっちり届いてしまったらしく、小鳥遊先輩の言葉の意味をケーキの咀嚼そしゃくと共に考える。


「はー。もういいんじゃない? 連れてきた私が言うのもなんだけど、会っちゃったものはしょうがないし、帆乃佳にも教えてあげれば」

「うーん……」


 というか、そもそもこの話はめぐみんにも詳しくはしていないはずなのだが、その辺は持ち前のかんの良さが働いているのだろう。


 ちらっと小鳥遊先輩の方を見る。


 小鳥遊先輩は自分からぶっこんできたくせに、我関せずといった面持ちで正面の自動扉の方に視線を向けていた。


 とはいえ、この距離だ。こちらの話も聞こえはするだろう。

 その事を承知の上で、私は口を開く。


「小鳥遊先輩は、私が仲良くしてる先輩の、その、元カノ、かな?」

「あー。へー。そうなんだ」


 さすがに帆乃佳も何やら気まずさを感じ取ったらしく、言いながら、わずかばかり目が泳ぐ。


「どうも、元カノでーす」


 場をなっごませようとしたのかふざけたのかは分からないが、小鳥遊先輩のその一言は盛大にすべっていた。それこそ、しゅんの過ぎた一発屋のように。


「まぁ、と言っても、別に何かあるわけじゃないし、普通に話す間柄だから、その辺は気にしないで」


 これが数週間前だったら、もしかしたらとてつもなく気まずい空気を私自身かもし出してしまっていたかもしれないが、この前の事があったため、今はそこまで小鳥遊先輩の事を意識はしていない。

 それこそ、小鳥遊先輩の言うようにライバルとは思っているかもしれないが、以前のように食って掛かってやろうという気持ちは微塵も私の中に今はなかった。


「今は仲良しなのよね」

「仲良しかどうかは置いといて、いがみ合ってはいませんね、別に」


 結局、私は私の中に勝手にキャラクターやストーリーを作ってそれを他人に押し付けていたのだろう。


 せんぱいと小鳥遊先輩が別れたいきさつにはまだ納得はしていないが、だからと言って一方的に小鳥遊先輩を敵視する気持ちはもうなくなった。

 いつか小鳥遊先輩の口から、その辺りの事を聞きたいとは思っているが、それも今すぐという話ではない。


 つまり、現在私達はフラットな関係、というわけだ。


「なーんだ。めぐみんがおどかすから、もっとぎくしゃくした関係なのかと思っちゃったじゃない。もう。めぐみん、止めてよね、そういうの」

「知らないわよ。私だって、具体的にどういう関係かまでは聞いてなかったんだから」


 というか、具体的にも何も、私はめぐみんに小鳥遊先輩の事は多分話していない。抽象的ちゅうしょうてきにそういうような人がいるとは、もしかしたら話したかもしれないが。


「ライバルって事は、今でもまだ元彼さんの事が好きなんですか?」


 この子は本当に空気を読まないなぁ。ま、それが帆乃佳のいいとこなんだけど。


「好きよ」


 即答だった。

 そのあまりにも迅速じんそく過ぎる返答に、私は思わずショーウィンドウの方に素早く首を振る。


 それを見て、小鳥遊先輩が可笑おかしそうに笑う。


 からかわれた、のか?


「でもね、私は鈴羽ちゃんも好きなの。真っぐでひた向きで、元気で明るく可愛かわいらしい、そんな女の子だから」

「分かります」


 突然隣から聞こえてきた同意の言葉に、再び私はその言葉の発信主であるめぐみんの方に素早く首を振る。


 なんだこの状況。私以外全員グルのドッキリか? もしくは夢とか? じゃなきゃ、この状況、あまりにもカオス過ぎる。


「それに、私達は結局、始める事すら出来なかったから」


 そう言った小鳥遊先輩の顔はどこか寂しげで、見ているこちらにまでその気持ちが伝わってきてしまった。


「小鳥遊先輩……」


 思わず口を開くも、次に発するべく言葉は出てこず、私は結局口をつむぐ事しか出来なかった。


「なーんてね」


 それまでの空気を打ち払うように、小鳥遊先輩が必要以上に明るい声でそんな事を言う。


「ごめんね、変な話して。ほら、ケーキ食べて。ウチのケーキはどれも美味しいんだから、きっとみんな気に入ると思うよ」

美味おいしいでーす」


 一人すでに食べ始めていた帆乃佳が、小鳥遊先輩の方を振り向き、手をげ、そう声高こわだかに宣言する。


「そう。ありがとう」


 帆乃佳のその様子に一切動揺する素振りも見せず、にこりと微笑ほほえむ小鳥遊先輩。

 それを合図に、私達もそれぞれのケーキにフォークを伸ばす。


「「美味しい」」


 意図せず被った声に、私とめぐみんは見つめ合い笑う。


 その後は先程までの会話を忘れ、他愛たわいもない話をして過ごした。

 大学の授業の話、ここにはいない友人の話、テレビの向こうの芸能人の話、等々……。


 なので、帰る頃には私達の気持ちも、とりあえずはすっかり元通り。笑顔で店内を後にしたのだった。

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