第14話 相談その2
「
朝、教室に向かうため、構内を歩いていると背後から声を掛けられた。
立ち止まり、振り返る。
すると、少し先にこちらに向かって歩いてくる見知った顔が。
「めぐみん」
「やほやほ、今日も相変わらず
「はいはい」
いつもの軽口を適当にかわし、私はめぐみんと肩を並べて校舎へと歩き始める。
「そういえば、昨日さー」
私達の朝は大抵、めぐみんが昨日見たテレビの話題を話し、私がそれを聞くという形になる事が多い。
私はめぐみんと違って、そこまでテレビを見ない。
全くというわけではないが、めぐみんのように平日に二時間も三時間もテレビを見るような事はしない。そんな時間があれば私は、本を読む。読みたい本は無数にあり、読み返したい本も無数にある。そして本は集中して真剣に読まなければならない。
だから私は、外で本を読む事をしない。
それが悪いというわけではなく、私はそれが出来ないという話だ。
「ねぇ、聞いてる?」
「え? あー、うん。めぐみんの好きな俳優さんの話でしょ?」
「そうだけど……。なんか鈴羽、最近また沈んでない?」
「そんな事ないよ。ちょっと寝不足ってだけで」
この頃、寝付きが悪く、夜中まで本を読んでおり、睡眠時間がいつもの半分程しか確保出来ていない。
寝付きが悪い原因は分かっている。執筆が
「
「え? なんでそこで、せんぱいの名前が出てくるの?」
「だって、鈴羽の悩み事の大半は香野先輩絡みでしょ? 違うの?」
「……」
まぁ、残念ながら、その通りなんだけど。
今回の件も、元はと言えばせんぱいのあの一言が発端だし、千里さんの言うように本質的な原因はせんぱいにあると言っても過言ではないだろう。だからと言って、せんぱいが悪いわけでは全くない。
いやそもそも、せんぱいが悪かった事が、果たして今まであっただろうか。
前回の件に関しても、私が勝手にあれこれ考えただけで、せんぱいはフリーな身の上でただ元カノとはいえ女友達と会っていただけだ。
しかも、その理由は私のプレゼントについての相談で、どちらの先輩にもなんの落ち度もなく、むしろ私はお礼を言わなければならない立場といってもいいくらいだろう。
なのに私は、一方的に怒ってせんぱいを困らせて、
ホント私って、ダメだなー。
「はー」
「ほら、
「うーん」
とはいえ、めぐみんには私が小説を書いている事は話していないし、今のところ話すつもりもない。そうなってくると、相談しようにも彼女に話せる事が何もなくなってしまう。
「めぐみんはさ、告白ってした事ある?」
「何? するの?」
「いや、そういう事じゃなくって」
こんな話を切り出しておいて、自分でも、そういう事じゃないも何もあったもんじゃない気もするが、実際に口に出して認めるのと認めないのとじゃ心の在りようが違うというか、気持ちの上で何かが違ってくるというか……。
「あるよ、告白した事」
「あるの!?」
自分から聞いておいてなんだが、めぐみんからそんな答えが、しかもすんなりと返ってくるとは思っておもらず、思わず大きな声を出してしまう。
「何、その反応。鈴羽が聞いてきたんでしょ」
「ごめん。つい」
口を押え私は、行動と表情で反省の意をめぐみんに示す。
それに対しめぐみんは、苦笑を
「一回だけだけどね」
と答えた。
「え? 誰?」
「誰って、鈴羽の知らない人だよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
私が言いたいのはそういう事ではない。
「三つ年上の家庭教師の先生。当時私は高三で、あっちは大学三年生」
「って事は、もしかしてウチの?」
「ううん。向こうが通ってるとこはもっと頭のいい学校で、私なんかじゃ目指す事すら出来なかった。まぁ、もっと早くから目指していれば、話は違ってたかもしれないけどね」
そう言ってめぐみんは、寂しそうに笑った。
「どんな感じに告白したの?」
「聞くねぇ」
「ごめん」
確かに私は、めぐみんに聞いてばかりだ。こちらの事はろくに何も話さないというのに。
「別に、いいけどさ……。告白はねぇ、話の流れっていうか、向こうに彼女がいないって言うから、『じゃあ、私なんかどうですか?』って。私はかなり本気だったんだけど、向こうはそうは思わなかったみたい。『ばーか』って、軽く流されちゃった」
「じゃあ、その人とは……」
「付き合ってはないかな。でも、たまに会ったりはしてるんだ。この前の土曜日も、軽くデートしたし」
「そうなんだ……」
まさかめぐみんに、そんな想い人がいたなんて。全然知らなかった。
「だから、鈴羽がもし告白するんだったら、ちゃんと告白した方がいいと思うよ。きっと後悔すると思うから」
「めぐみんはその、してるの? 後悔」
「……少しね。でも、同時にこれで良かったのかもとも思ってるの」
「なんで?」
めぐみんの言葉は、一見すると矛盾していた。一方でちゃんと告白した方がいいと言い、一方でそれでも自分はこれで良かったのだと言う。一体それは、どういう事なのだろう。
「だって、あの時もし断られてたら、多分私は、あの人の隣に今いられなかっただろうから」
「……」
それはおそらく、ある程度の関係を築きあげている男女なら、大半の人が抱えるジレンマだろう。告白をして良くも悪くも関係に変化を与えるのか、それともこのままの関係を今はまだ続けるのか。
「なんか、正反対の事言ってごめんね」
「ううん。私の方こそ、急に変な事聞いちゃって……」
「……」
「……」
どちらともなく、黙り込む二人。
なんだろう、この空気は。なんか、気まずい。
「
「「!」」
真後ろから急に聞こえてきた声に私とめぐみんは驚き、立ち止まると同時に振り返った。
「よぉ、お二人さん。朝っぱらから
「どっちも違うわよ。てか、音もなく背後に立つの止めてくれない? 普通に怖いから」
会って早々ふざけた事を言う友人に、めぐみんが割と本意気で文句を言う。
「悪い悪い。つい。出来心っていうか、
そう言って笑う
彼女の名は
明るくお調子者の
背は高く、並ぶと私の目の位置に彼女の肩がくるぐらい、私とは身長差がある。しっかりと聞いた事はないが、百七十は優に超えていると思う。
髪は短く、一見すると男の子に間違われそうな
いや、千里さんと誰かを比較するのはよそう。あまりにもそれは無謀だし、可哀相だ。
「ん? なんか鈴羽が、私に対して失礼な事を思ったような……」
「え? ヤダなー。そんな事あるわけないじゃん。言いがかりだよー」
帆乃佳の追及から逃れるため、私は「あはは」と笑ってこの場を
「そっか。そうだよな。ごめん。やっぱ、気のせいだったわ」
そう言って帆乃佳が、にかっと
私
「鈴羽、こんな
「誰が馬鹿か。誰が」
「別に、帆乃佳の事とは言ってないでしょ」
今日も今日とて仲良く喧嘩を始めた友人二人の後を追うようにして私も、いつの間にか目の前まで来ていた校舎に少し急いで向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます