第38話 悩み
「……」
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
起き抜けの混乱する頭で考える。
真っ暗? なぜ? 夜? 夜中? 明け方? 明日は平日? 休日? どっちだ?
そこまで思考が行き着いたところで、ようやく思い出す。そういえば、体調が悪かったから昨日は早く寝たんだった。
枕元に置いてあるはずのスマホを手探りで見つけ、それを顔の前に持ってくる。
電源ボタンを押し、画面に電気を
二十時十分。まだ日付は変わっていなかった。
なんとなく感覚的に、昨日の出来事のように思ってしまったが、体調不良で大学を早引きしたのは実は今日の事で、私が睡眠を取った時間もそんなに長くはなく、ほんの四時間程だった。
変な時間に寝ると、色々な感覚が狂うから困る。
体をベッドの上に起こし、リモコンで電気を点ける。
突然の光に一瞬目が
あれ?
先程は寝ぼけていたせいか気付かなかったが、スマホの画面の一部が光っていた。
手にしたままのスマホを操作し、内容を確認する。
ラインが数件届いていた。内三件は四時限目の授業を一緒に受けていた友人のもので、後の一件はせんぱいからのものだった。
別に深い意味など全く持って皆無だが、なんとなくその四件のラインの中からせんぱいのものを一番初めに選択し開く。
一昨日の事もあるので、どんな事が書いてあるのか少し不安だったが、意を決して私はスマホの画面に目を落とした。
≪
拍子抜けするぐらい普通の文面が、そこにはあった。
いや、風邪のお見舞いラインで、私は何を期待していたんだろう。
自分勝手な妄想を反省し、続きに目を通す。
せんぱいからのメッセージは、長いためか二つに分かれていた。一つは先程の文、もう一つは――
「え?」
その文を目にした私は、思わずそう
そこに書かれていたのは予想外の内容であり、ある意味では私の妄想にも似た突拍子もない言葉だった。
二度三度文章に目を通し、私はようやく思考を働かす。
さて、どう返信したものやら。
文章の内容からして、なんらかの返信は必要だし、例えそうでなかったとしても、身内以外の人からのメッセージに対してはなんらかのアクションが必要だろう。
考え、悩み、結局私は無難な返事を送信した。
それに対する反応を少し待ってみたが、画面に動きはなく、そこでやっと私は気付く。
そういえばせんぱいは、今バイト中だった。だからいくら待っても、今すぐに反応が返ってくるわけがなかった。
ほっと息を吐き、凝視していた画面から顔を上げる。
私は何がしたいんだろう。
せんぱいを許せない? それもイエスだ。自分を傷付けた相手と、未だに仲良くしているせんぱいを私は許せない。
だったらどうしたい? 私は何を、どうしたいのか。
せんぱいを独り占めにしたいのか? それはきっと、ノーだ。千里さんに言ったように、私はせんぱいが他の女性と一緒にいてもそれを嫌だとは思わない。
もちろん、関係が変わればその範囲やレベルは同じように変わるかもしれない。けれど今のところ、そこに不満はない。
だからそれが答えではない。
なら私は、一体……。
ぐー。
「――っ」
お腹が鳴った。しかも盛大に。
室内に一人で誰も聞いていないとはいえ、さすがに少し恥ずかしかった。
そういえば家に帰ってきてすぐに寝たから、晩御飯をまだ食べていなかった。
……思考がまとまらないはずだ。
腹が減ってはなんとやら。まずは食事をして、それから考えよう。
スマホを手に、ベッドから立ち上がる。
今更ながら、一度寝たお陰で体調の方は大分良くなったようだ。ダルさは少し残ってはいるが、気になるという程ではない。これなら、明日は普通に大学に通えそうだ。
「はぁー……」
それは体調不良から出たものではなく、単純に精神的なストレスから出たものだった。
ストレス。
まさか、これからせんぱいと顔を合わせるという事に、私が少なからずストレスを感じる日が来ようとは、数日前の私には想像も付かない、驚くべき状況だった。
「そんなに
その様子を見た隣を歩くめぐみんが、そう私に
「そういうわけじゃないけど……」
「ちょっと気まずい?」
「まぁ、そんな感じ」
決してせんぱいと会いたくないわけではない。ただどんな顔をして会えばいいか、分からないだけだ。
「
先程までは他に友人がいた手前、あまり聞いてこなかっためぐみんが、ここぞとばかりに話を掘り下げてくる。
「喧嘩、とは違うと思う」
「じゃあ、押し倒されたとか?」
「それも違うかな」
正直なところ、まだ押し倒された方がマシだった。それならそれで対応のしようというか、方向性がはっきりする。しかし今回の場合、私自身、自分のスタンスを
「押し倒されるより困る事って何?」
「ある意味困るってだけで、別にそれ以上ってわけじゃ……」
どう説明したらいいものやら。
全てを正直に話してしまえば話は早いのかもしれないが、それもどうかと思うし……。
「だったら……三角関係だ」
「!」
まだ何も話していない状態で、突然核心を突かれ、私は思わず動揺を顔に出してしまう。
「当たり?」
「……遠からず近からずってとこかな」
「ふーん。その様子じゃ、香野先輩を取り合って
「キャットファイトって……」
現実でその言葉を口にする人を、私は初めて見たかもしれない。
「まぁ、なんでもいいけど、早く仲直りしちゃいなよ。そういうのって、日が経つに連れて必要以上にこじれてくものだからさ」
「何それ。実体験?」
「さぁ、どうでしょう?」
おどけた感じに、肩をすくめてみせるめぐみん。その様子からは、言葉の真偽は伝わってこなかった。
「というか、別に私はせんぱいと喧嘩したわけじゃないし……」
「なら、なんなの?」
「考え方の違い?」
「あー、一番厄介なやつだ」
「厄介……。確かに、厄介かもね」
別に、せんぱいが何か悪い事をしたわけではないので、文句を言うわけにもいかず、とはいえ、この気持ちを一人で消化する事はとてもじゃないが出来そうになくて……。
「ていうか、素直にぶつけてみたら? 思ってる事全部、香野先輩に」
「それは……」
さすがに気が引けるというか、身勝手が過ぎるんじゃないだろうか。
「いいじゃん、ダメならダメで。また違う方法考えてトライすればさ。それに、香野先輩ってそんな事で怒るような一人じゃないと、私は思うけどな」
「……」
確かに、せんぱいはそんな事ぐらいじゃ怒らないだろう。けど、怒らなければそれでいいという話でも、この場合はないような……。
「大丈夫。骨は拾ってあげるから」
「骨って……」
またオーバーな……。
「ま、もし失敗して変な感じになったら、裏でフォロー入れといてあげるから、気楽に爆死してきなさい」
そう言うとめぐみんは、
「爆死はヤダな……。けど、うん、やる気は少し出たかな。当たってはちゃけろじゃないけど、行動に出てみないと何も始まらないもんね」
「はちゃけてどうする……。でもまぁ、前向きになれたなら、それでいいわ。大体、鈴羽には向かないんだって、後先考えたり策を練ったりするやり方は。猪突猛進。出たとこ勝負ぐらいが鈴羽には合ってるよ、絶対」
なんかその言われようだと、考えが足りないと言われているようで非常に気になるけど、実際自分でもそう思うので、ここはあえて反論はせず、めぐみんの言葉を全面的に受け入れる。
確かに、くよくよ悩んでいい結果が出た事なんて一度もないし、結局いつも最後はその場の流れと勢いで私はこれまで色々な山場を乗り越えてきた。だったら今回も、いつも通りのやり方でこの難所を乗り切るまでだ。
「ありがとう、めぐみん。私、なんだか少し前向きになれた気がする」
「少しね……。ま、いいけど。とにかく、次の時間は香野先輩の隣で授業を受ける事。分かった?」
「うん……」
言われなくても
果たして私は、せんぱいと上手く話せるだろうか。というかーー
「ねぇ、めぐみん」
「ん?」
「私って、そもそもせんぱいと今までどんな話してたっけ?」
「……
「そんなー」
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