第33話 遭遇

 待ち合わせ場所である駅前に私が着くと、そこにはすでに千里せんりさんの姿があった。


「す、すみません。お待たせしました」


 駅の出入り口から小走りで千里さんの前まで移動した私は、開口一番そう彼女に謝罪の言葉を口にする。


「いや、ただ私が早く来過ぎただけだから、気にしないでくれ」


 そう言って千里さんが、優しく微笑ほほえむ。


 千里さんの言うように、まだ約束の時間までは大分時間がある。電車の到着時間から察するに、今は約束の時間の二十分前といったところだろう。千里さんを待たせてはいけないと思って一本早い電車に乗ってきたのだが、その思惑は見事に外れてしまった。


「そんな事より、今日は付き合ってくれてありがとう」

「いえ、私も話を聞いて行きたいと思ったので、気にしないでください」


 正直、初め千里さんからラインでケーキバイキングに一緒に行きたいと誘われた時は、意外で少し驚いてしまったが、誘ってもらった事自体は素直にうれしかったし、私自身今日の二人でのお出掛けはワクワクで、またとても楽しみでもあった。


「じゃあ、行きましょうか」

「あぁ、今日はよろしく頼む」

「はい。任せてください。今日は完璧に千里さんをナビゲートしてみせます」


 私が自信満々にそう言うと、千里さんが急に吹き出して笑い出した。


「あれ? 私、また変な事言いました?」


 変な事を言う事に定評のある私だけに、その可能性は非常に高いように思われる。


「いや、すまない。鈴羽すずは隆之たかゆきみたいな事を言うから、思わずツボに入ってしまった」

「――っ」


 確かに言われてみれば、今の台詞せりふは少しせんぱいっぽかったかもしれない。最近、一緒にいる時間が長いせいで、少しずつくせや口調が移ってきてしまっているのかもしれない。少し恥ずかしい。


「い、行きましょう」


 必要以上に手足を振って私は、その場から一刻も早く立ち去るべく足早に歩き出す。


「そうだな。行こう」


 そう言って後に続く千里さんだったが、まだ気持ちが完全には収まってないのか、笑いを必死にみ殺しているのが、背中越しでも手に取るように分かった。


「ところで鈴羽は、この手のお店に行った経験はあるのかな?」


 ようやく笑いが収まったらしく、千里さんが背後からそう私に聞いてくる。


「片手で数えれる程の数なら」


 答えながら私は、振り返り、歩く速度を落として千里さんの隣に並ぶ。


 バイトをしていない身分の私にとってケーキバイキングは、それなりにハードルが高く、そう簡単に行ける所ではなかった。


「それでも、少なくとも何度かは行っているのだろう? 初体験の私よりかは、慣れているわけだ」

「そうなりますか?」

「そうなるだろう。……多分」


 まぁ確かに、私には経験があって千里さんには経験がないのだから、そういう意味では私の方がその手のお店に慣れているという彼女の主張は、あながち間違いではないのかもしれない。


「それにしても、どうしてケーキバイキングなんですか?」


 過去に行った経験があるなら、思い付きでその場所に行くという事もあるかもしれないが、それが行った事のない場所となれば、一般的に考えてその可能性は低いように思える。


「た……映画で主人公達が行っているのを見てね。それで急に興味を持ったんだ」

「た?」

「たから始まるタイトルの作品をに行ったんだ」

「へー。なんて名前の作品ですか? 私も観に行きたいです」

「すまない。うそだ。そんな名前の作品は、私も観に行っていない」

「え? 嘘なんですか?」


 でも、なんでそんな嘘を……?


「観に行った映画の主人公達が、ケーキバイキングに行ったのは本当だが、興味を持った理由は隆之から話を聞いたからなんだ」

「せんぱいから?」


 せんぱいとケーキバイキングが、私の中でどうしても繋がらない。という事は……。


「誰かに誘われて行ったって事ですか?」

「みたいだ」


 なぜか申し訳なさそうな表情で、そううなずく千里さん。


「いや別に、せんぱいが誰と出掛けようと、私には関係ないんでいいんですけど……」


 逆になぜそこまで千里さんが、私に気をつかうのかが分からない。


「そうか。なら、いいんだ」

「……」


 話の流れも手伝って、私はずっと気になっていた事をこのタイミングで、千里さんにたずねる事にした。


「あの、千里さんは、せんぱいの事をどう思ってるんですか?」

「唐突だな」

「すみません。でも、こういう時じゃないと、改まっては聞けないと思って」


 少しでも関連性のある話をしている時に切り出さないと、なかなかこういう話はゼロからでは話しづらい。


「……分からないというのが、私の正直な気持ちかな。好きではあると思う。だけど、それがライクなのかラブなのか、そこを私は未だ測りかねている」


 千里さんのその言葉に、嘘や誤魔化ごまかしは一切見受けられなかった。少なくとも私は、そう感じた。


「そういう鈴羽はどうなんだ? 君は隆之の事をどう思ってる?」

「私は……」




 扉を開けて中に入る。


 店内は土曜日という事でにぎわっており、待ち時間が発生していた。


 私は予約の名簿に自分の名前と人数を書き、千里さんと一緒に店の出入り口付近で自分達の番を待つ事にした。


「結構繁盛はんじょうしているんだな」

「時間が時間ですしね」


 お店によっては、平日の朝からずっと満席という所もあるらしいが、このお店はさすがにそこまで大人気ではなく、土日のこの時間でも一時間もしない内に番が回ってくる。


「やはり客層は、女性ばかりなんだな」


 店内を見渡し、千里さんがふいにそんな事をつぶやくように言う。


「そうですね。カップルの姿はたまに見掛けますけど、男性だけっていうのはあまり見ないですね」


 全くいないという事はないんだろうけど、少なくとも私はまだそういう光景に出くわした事はなかった。


「千里さんは日頃甘い物はよく食べるんですか?」

「うーん。食べなくはないけど、そんなにたくさんは食べないかな。どちらかと言うと、ご飯系の方が得意だ」


 そう言う千里さんはなぜか得意気で、その様子はどこか可愛らしかった。


「ちなみに、ご飯系の食べ物なら何が好きなんですか?」

「そうだな……。ご飯系なら、焼き肉とか唐揚げとか、後はカレーライスとか、かな」

「なんか、男の子みたいなラインナップですね」

「よく言われるよ」


 私の率直な感想に、千里さんが苦笑を浮かべる。


「そういう鈴羽は何が好きなんだ? ご飯系だったら」

「私ですか? そうだな……。ハンバーグ、コロッケ、あとオムライス、ですかね」

「なるほど。そういう答えを言えばいいのか」

「いや、正解とかないんで」


 まるで答えを得たと言わんばかりに、うんうんと頷く千里さんに、私はすかさず冷静にツッコミ――もとい、訂正を入れる。


「そうか? び過ぎず、適度に女の子らしい、いい答えだと私は思ったのだが」

「止めてください。普通に恥ずかしいんで」


 その後も、二人で会話を交わして時間をつぶす。


 程なくして、私達の番が回ってきた。

 ちょうど入れ替わり時だったのか、思ったよりも早く回ってきた印象だ。


 いた席に通され、お店のシステムを軽く説明される。

 そして伝票を発行しそれを筒状の入れ物に差すと、店員のお姉さんはお決まりの挨拶あいさつと一礼の後、私達のテーブルを去っていった。


「じゃあ、行きましょうか」


 立ち上がり、千里さんにそう声を掛ける。


「あぁ」


 私の言葉にうなずき、おずおずと立ち上がる千里さん。

 そんな彼女を引き連れ、私はケーキの元に足を進める。


 テーブルの上にはたくさんの種類のケーキが、それこそ食べきれないほど置いてあった。その様子は圧巻で、少し感動すら覚える。


「これだけあると、目移りしてしまうな」

「とはいえ、あまり長い事立ち止まっていると他の人の邪魔になるので、目移りしながらも手早く選びましょう」

「なるほど……」


 千里さんにレクチャー(?)をしつつ、私は自分のお皿にケーキを一つずつ選び乗せていく。それにならってか、千里さんも若干迷いながらも手早くケーキを自身のお皿に乗せていく。


 そして数分後、私達のテーブルの上に色とりどりのケーキが並ぶ。

 私はとにかく種類を、千里さんはどちらかと言うと似たような組み合わせを、お皿の上に乗せていた。


 やはり、こういうところにも性格が出るようだ。


「いただきます」

「……いただきます」


 手を合わせ、私、千里さんの順にそう言って、それぞれケーキに自分のフォークを伸ばす。


 まずはチーズケーキを。……うん。美味おいしい。チーズの濃厚さとクリーミーな味わいが口の中いっぱいに広がって、幸せが口内からあふれだしてくる。


「ん?」


 視線を感じ、顔を上げる。

 するとそこには、その顔に微笑ほほえみを浮かべてこちらを見る、千里さんの姿があった。


「な、なんですか?」


 見つめられていた事に気付き、急に恥ずかしくなった私は、動揺を感じたままそう千里さんに尋ねる。


「いや、本当に美味しそうに食べるなと思って」

「――っ」


 優しい笑みと共に放たれた千里さんのその台詞せりふに、私の体は一気に、火がいたように熱くなった。特に無性に顔が熱かった。


「わ、私、飲み物取ってきますね」


 そう言って私は、勢いよく席を立つ。


「あ、それなら、私も――」

「いえ、私が二人分持ってきますので。千里さんは何がいいですか?」


 一緒に行こうとする千里さんの言葉を、瞬時に私は自分の言葉でさえぎる。

 クールダウンのために席を離れるのに、千里さんが付いてきてしまってはあまり意味がない。


「……じゃあ、冷たいお茶で」


 そんな私の様子に少し面食らいながらも、最終的に千里さんは、そう自分の希望の飲み物を口にした。


「冷たいお茶ですね。分かりました。マッハで持ってきます」

「いや、そこは普通の速度で構わないんだが……」


 千里さんの苦笑に見送られ、私は一人、席を離れる。


 先程ケーキが大量に置いてあったテーブルの脇に飲み物のエリアがあり、そこにはジュース、コーヒー、紅茶、スープなどのたくさんの種類の飲み物が置いてあった。


 近くにあったコップを手に取り、まずは冷たいお茶をそれに入れる。そしてもう一つのコップにはアイスコーヒーを注ぐ。そこにミルクを少し入れ、二つのコップを手に、自分の席へと戻る。


「あら?」


 その途中、私は嫌な声を聞いた気がした。


 多分、気のせいだろう。

 そう思い、空耳をスルーしようとした次の瞬間、その声は無視出来ない決定的な言葉を口にした。


「あなた確か、隆之の」


 そこまで言われてしまっては、振り返えらざるを得なかった。


 立ち止まり声のした方を向くと、案の定、そこにその人物はいた。


小鳥遊たかなし先輩」


 彼女の名前は小鳥遊ことり。黒髪ロングがよく似合う清楚系の美少女にして、私の高校時代の一つ上の先輩であり、せんぱいの元カノだった。

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