第29話 大道寺先輩
「あー……」
翌、火曜。教室に入るなり私は、手頃な席に着き、そのまま突っ伏した。
まさか、あの
今のところ、大導寺先輩とのラインでのやり取りは、よろしく的な感じの
というか、どんなやり取りをすればいいのかが分からない。あの人、日頃何してるんだろう? 華道とか茶道とか習ってそう。後はピアノとか? とにかく、なんだかとっても
「すーずは。何してんの?」
声と共に肩を叩かれそちらを振り返る。
するとそこには、少しきょとん顔のめぐみんがいた。
「おはよう……」
「おはよう。てか、暗いね。まだなんかウジウジ考えてるの? いい加減、張っ倒すよ」
「……」
めくみんは時々過激だ。
マジで張っ倒される前に私は、姿勢を正す。
「いや、違くてさ」
「何? もしかして、
そう言いながら、めぐみんが私の隣に腰を下ろす。
「昨日大学の帰りに本屋に行ってさ」
「うんうん。それで?」
「そこに偶然、大導寺先輩がいたわけよ」
「え? マジで?」
「マジで」
さすがのめくみんも、私の言葉に普通に驚いた様子だった。
「まぁ、イメージ通りといえばイメージ通りか。見るからに本読みそうだもんね、あの人。……で?」
視線と言葉で、くみやんが私に先を
「その後、なんやかんやあって、大導寺先輩とわたくしラインを交換しました」
「はっ?」
え? 私今、キレられてんの?
――と思うくらい、めぐみんの今の「は?」は本当に怖かった。
「なんで? どういう経緯で?」
「なんか、私の事せんぱいから聞いてたみたいで、向こうから普通に話し掛けてきて、流れで私が大導寺先輩に本を紹介して、結果ライン交換、みたいな?」
「いやいやいや、何そのとんでも展開。というか、大導寺先輩に本を紹介するって何? 何がどうしたらそういう話になるの?」
「そんなの私が聞きたいくらいだよ」
やはりせんぱいの知り合いというのが、大導寺先輩の中で大きかったのだろうか。そう考えると、大導寺先輩からそれだけ信頼されているせんぱいって一体……。
「大導寺先輩か……。いいな。私もお近づきになりたいな」
「えーっと、機会があったら、紹介しようか?」
「うーん。そういうのはいいかな。なんかそれって、友達を利用してるみたいじゃない? それに、大導寺先輩は
「めぐみん……」
そうだ。結構ふざけている印象が強くて忘れがちだが、実のところめぐみんはこういう子なのだ。真面目で友達思いな、私の親友。
「ん? 今、なんか
「気のせい、気のせい」
そして、たまに勘が鋭い。
「あ、でも、とりあえず、なんか進展があったら教えてね」
「進展って……」
恋人じゃないんだから。
まぁ、下手したら、女の子の中にもそういう風な目で大導寺先輩を見ている人もいるかもしれないが。
そこでふとある事が気になって、私は
「……もしかして、めぐみんってそっち系の人?」
いや、一応の確認というやつであって、私自身本当にそう思っているわけではないが、万が一という事もある。それに、もしめぐみんがそっち系の人だったとして私達の関係は変わらないし、私の見る目も変わらない――はずだ。
「そっち系って?」
めぐみんが、心底意味が分からないといった感じにそう私に尋ねてくる。
「そりゃ、ねぇ……?」
この場合のそっちとは、つまりアレの事で、アレとはいわゆるそれの事である。
「なんてね。ウソウソ。ヤダなー。私がそっち系? そんなわけないじゃん」
「だよねー」
何、変な心配してるんだろう、私。
「でも、私が男だったら、鈴羽の事は放っておかないかな」
「え? それってどういう……」
「どういうって、そのままの意味だけど?」
そのまま、そのままね……。
よく分からないけど、自信を持てって事かな。多分だけど。
四時限目は、せんぱいと同じ授業を受ける。
七人掛けの横に長い机の左端に、私とせんぱいは並んで座っていた。
ちなみにめぐみんも、この授業を選択しており教室内にはいるのだが、気を利かせてこちらに無反応を決め込んでくれている。正直、その方がありがたいし、助かる。
「そういえば、昨日大導寺先輩と本屋で会ったんですよ」
席に着くなり私は、そうせんぱいに話を切り出す。
「
「なんか本紹介して、その後ラインを聞かれました」
「ふーん。で、教えたのか?」
「はい。断る理由もなかったので」
「そうか」
「どうかしました?」
「いや、あいつが自分から人と関わるなんて珍しいなって思って。ほら、あいつ、どちらかと言うと、人から注目される方の人間じゃん。だからかなのか、あまり積極的に人と関わろうとしないんだよ。友達も片手で数える程しかいないっていう話だし」
「そうなんですね。でも、あれじゃないですか? せんぱいが日頃私の話を大導寺先輩にしてたから、それで気になった、みたいな?」
確かあの時も、最初にそんなような事を言っていたような……。
「なるほど。そういう話なら、分からなくもないか」
私の話に納得したのか、せんぱいが自分の口を右手で
それはそれとして――
「ところでせんぱいは、日頃大導寺先輩になんて私の事を話してるんですか?」
そこは話されている側の人間としては、大いに気になるところだった。
「なんてって言われても……。普通に最近あった話をしてるだけだよ。お前が特に理由もなく夜遅くに長電話してきた話とか、お金がなくて困ってる話とか」
「なんて話してるんですか! 大導寺先輩の中の私のイメージ最悪じゃないですか」
そんなんでよく、昨日は話し掛けてきてくれたな。
「いやだって、
まぁ確かに、相手と関係ない人間の話なら、そんなに気を
「それに、別に悪口は言ってないぞ……多分」
「その言い方、絶対言ってますね、私の悪口」
とはいえ、せんぱいの事だから、本人に聞かれて困るレベルの悪口はきっと言っていないだろう。根っからのいい人だからな、せんぱいは。
「せんぱいはいつも、大導寺先輩とどんな話してるんですか?」
「どんな……? そうだな。昨日あった話とか、最近受けた授業の話とか、後は……。うん。とりあえず、日常会話ばかりだな、あいつとは」
「テレビとか漫画との話はしないんですか?」
「いやだって、あいつそういうのあまり見ないから」
「へー。そうなんですね……」
テレビも漫画も見ない、けど小説は読む、か。
なんとなくだが、少しずつ大導寺先輩の行動パターンが
「大導寺先輩って、住まいはどの辺りなんですか?」
情報収集も兼ねて、私はここぞとばかりに今までなんとなく聞くのを
「場所は俺も行った事ないから具体的には知らないけど、
「え? 万花ってあの、万花ですか?」
万花といえば、この辺りでは高級住宅街として知られている、一般人からして見れば一度は住んでみたい、憧れの街だ。実際にあの街に住んでいる人の中には、社長や弁護士、医療関係者も多数いるとか。
「じゃあ、やっぱり大導寺先輩の家って……」
「金持ちがどうかは知らないが、お手伝いさんはいるらしい」
「お手伝いさん……」
あまりにも
少なくとも、私の周りにはお手伝いさんを
「だからと言って、あんまそういう事意識して接するなよ。千里は千里だし、お前はお前なんだからさ」
「分かってますよ、それくらい」
とはいえ、理解と行動が必ずしも一致するとは限らない。特に私の場合、頭では分かっていても、
「まぁ、なんにせよ、仲良くやってくれ。ある意味じゃ似たもの同士だし、意外と話が合うかもな、お前と千里」
「似たもの同士って、私と大道寺先輩のどこが似てるって言うんですか」
似てないどころか。別物だろう、私と大道寺先輩では。
「ん? 内緒。けど、悪い意味じゃないから、そこだけは安心しな」
「いや、自分の事を内緒にされて、安心も何もあったもんじゃないんですけど……」
とはいうもの、せんぱいがこういう言い方をするという事は、少なくともせんぱいの中では本当に悪い意味ではないのだろう。
ま、あまりあれこれ考えても仕方ないし、行き当たりばったり、こうなったらなるようになれ、だ。
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