第23話 デート?

 翌、土曜日。鈴羽すずはからあらかじめ電車に乗る時間と車両を聞いていた俺は、車内で彼女と合流、そのまま一緒にウィンド・ア・ウェイを目指した。


 電車に揺られる事、四十分。ようやく目的地に一番近い駅に電車が到着した。

 立ち上がり、出入り口に向かう。


 車内には俺達と同じ考えの人間が多くいたらしく、この駅で一気に人が電車から降りた。

 その流れに乗って、俺達も車外へ出る。


 ホームを過ぎ、改札を通ると、もうすでにそれは随分大きく、俺達の視界に映るようになっていた。


 ウィンド・ア・ウェイ。

 その名の通り、潮風の香る海沿いに建てられた遊園地は、この辺に住むカップルなら一度は訪れると言われるほど有名なデートスポットだった。


 入口近くのチケット売り場でチケットを二枚買い、一枚を鈴羽に渡す。

 入場の列に並び、二人でその時を待つ。


 一つ二つと列が進み、程なくして俺達の番が来た。

 受付のお姉さんにチケットを切ってもらい、園内に足を踏み入れる。


「うわぁー」


 中に入った途端、背後からそんな声が聞こえた。


 振り返り、声の主に目をやる。

 そこには子供のように目を輝かす、一人の少女がいた。


「せんぱい、遊園地ですよ。遊園地」

「そうだな」


 テンション高くそうはしゃぐ鈴羽に俺は、そう苦笑交じりに返す。


「行きましょ、せんぱい」


 俺の手を取り、どこかに向かって走り出そうとする鈴羽。


「おい」


 それを俺は、逆に引っ張り引き留める。


「どこへ行くんだよ。どこへ」

「え? えーっと……、さぁー」

「たく」


 やっぱり、考えなしか。


「とりあえず、近い所から回っていこうぜ。あっちにライド系のアトラクションがあるから、まずはそこから……って、なんだよ」


 途中で視線に気付き、前方から鈴羽に戻すと、にやつき顔の鈴羽がそこにあった。


「いや、なんていうか、せんぱい、結構前もって色々と考えてきてくれたんだなって、思って」

「……うっさい、行くぞ」


 理由はともかく、前以て下準備をしてきた事は事実なので、特に反論する事なく俺は、当初の予定通り、ゲートから一番近いアトラクションであるライド系アトラクション、ホライゾンへと一人足を進める。


「わ。待ってくださいよ、せんぱい」


 驚きと戸惑いが入り混じったような声を上げ、鈴羽が、少し遅れて俺の後に付く。


「ところでせんぱい、これってデートですかね?」

「知るか」


 というか、この状況でそんな事を聞くな、バカモノ。


「もしかして照れてます?」

「照れてない」

「ふーん」

「……なんだよ」


 そのふくみのある声と顔は。


「いえ、せんぱいでも、こういう時はテンぱるんだなって」

「いや別に、テンぱってないし」


 むしろ、いつもより落ち着いているというか、冷静過ぎて自分でも怖いくらいというか……。


「そうですか。じゃあ、そういう事にしておきますね」

「……」


 なんだろう。この鈴羽の無駄な落ち着きは。


 いつもの鈴羽ならこういう時、これ幸いとばかりに俺をからかってくるはずなのに、こうもあっさり引き下がるなんて、怪しい。怪し過ぎる。何かの罠か、あるいはすでに何かをした後で、それの罪滅ぼしとか……。


「せんぱい、何を考えてるのか知らないですけど、ここは遊園地ですよ。そんな難しい顔なんてしないで、スマイル、スマイル」


 そう言って鈴羽が、俺に向かってにぃっと笑ってみせる。


「そうか。そうだよな」


 遊園地は雰囲気を含めて、その全てを楽しむ所だ。それなのに俺は――


「悪い、鈴羽。俺、なんかいつもの感じが抜けてなかったっていうか、悪い風にいつも通りだったっていうか……。そうか。そうだよな。ここは遊園地で、俺達はそこに来てるんだから、もっとそれを楽しまなきゃダメだよな」

「はい、もっと楽しめましょう。だって、そうじゃなきゃ、ここに来た意味がないじゃないですか」


 あぁ、全く持ってその通りだ。その通り過ぎて腹が立つ。


 そんな当然の事を忘れていた誰かさんに。

 こんな状況下でも馬鹿みたいに平静を保とうとしていた誰かさんに。

 そして何より、いつの間にか繋がれていたこの手と手に全然気付いていなかった実は内心テンパりまくっていた誰かさんに。


「鈴羽、行くぞ」

「え?」


 今度は俺が鈴羽の手を引いて走り出す。


「ちょっと、せんぱい」


 少し慌てたような鈴羽の声がすぐ背後から聞こえてきた気もするが、無視してそのまま走り続ける。

 火照ほてったほおを鈴羽の視線から隠すために。




 俺はどうやら、遊園地を甘く見ていたようだ。

 まさか遊園地がこれほど体力を使う施設だったとは……。


「大丈夫ですか? せんぱい」


 ベンチに座り、ぐったりと項垂うなだれる俺の頭上に、鈴羽の心配そうな声が降ってくる。


「まぁ、なんとか」


 顔を上げ俺は、そう強がってみせる。


「なるほど。全然大丈夫じゃないと」


 しかし、その強がりはすぐに鈴羽によって、見破られてしまった。


「とりあえず休憩にしましょうか。私、何か飲み物買ってくるんで、せんぱいはそこで座って待っててください」

「……了解」


 自動販売機に向かって歩く鈴羽の背中を見送りながら俺は、心の中で「何やってんだか」と自虐じぎゃく的につぶやく。


 あの後、ホライゾンに乗った俺達は、そこから立て続けに三つのアトラクションに乗り、そしてそこで俺はついに力尽きた。

 久しぶりのジェットコースターがたたったのだろう。やはり無理はするものではないな。


「はい、せんぱい」

「さんきゅー」


 二分もしない内に戻ってきた鈴羽から俺は、礼を言ってペットボトルを受け取る。

 ふたを回し、ペットボトルを口に運ぶ。弱った体に、スポーツ飲料が心地よく染みた。


「次は軽めのにしますね」


 俺の隣に腰を下ろした鈴羽が、途中で手に入れたパンフレットを開きながら、そう俺に向けて言う。


「そうしてもらえると助かる」


 正直、今の俺は肉体的にも精神的にも、限界すれすれの状態だった。ジェットコースターは当分、というか今日はもう無理かもしれない。


「うーん。乗り物系はとりあえず避けるとして……。あ、これなんてどうです? プラネタリウム感覚で海の中がのぞける、シー・フローですって。これなら寝そべって映像を見るだけだから、今のせんぱいにぴったりじゃないですか」

「……そうだな」


 いつもなら口を突いて出る反論も、今回ばかりは鳴りをひそめる。こんな状況で何を言っても説得力がない上に、迷惑を掛けている自覚はちゃんと俺にもあるのだ。


「そこに行ったら昼食にしましょう。シー・フローに行った後なら、せんぱいも少しくらいは回復してるでしょうし」

「……そうだな」


 まぁ、あの手のアトラクションは待ち時間は短いし、内容自体も数十分で終わるだろうから、時間的には確かにちょうどいい。


「鈴羽はどこか行きたい所あるのか?」

「そうですね……。レムリアは行っときたいですね。後はクラーケンズ・ハウスとゴーストシップも気になります」


 ちなみにレムリアはミラーハウス、クラーケンズ・ハウスは迷路、ゴーストシップはお化け屋敷とそれぞれなっており、偶然かもしれないがそれらは全て自分の足で歩いて進むタイプのアトラクションだった。


「その中で次行くシー・フローに一番近いのは……クラーケンズ・ハウスか」


 鈴羽の持つパンフレットを横から覗き込み、俺はそう呟くように言う。


「なら、食事はここですかね」


 そう言って鈴羽が指差したのは、二つのアトラクションのほぼ中央に位置する、バイキング形式のレストランだった。


「うん。いいじゃないか。よし」


 勢いをつけ、ベンチから立ち上がる。


「もういいんですか?」

「あぁ」


 完全復活には程遠いものの、乗り物に乗るわけじゃなければ、なんとかなるだろう。


 ペットボトルにはまだ飲み物が残っていたため、そのまま手に持って移動する事にする。


 鈴羽がパンフレットをたたみ立ち上がったのを確認してから、次のアトラクションのある方に向かって歩き出す。


「そういえばこの遊園地、いくつか都市伝説というか噂があるみたいですよ」

「へー。どんな?」


 俺もここについては前以てインターネットで色々調べてみたのだが、その手の話にまでは辿たどり着かなかった。


「まぁ、いわゆる恋人達のジンクスってやつですね。例えば、レムリアのどこかにあるハート型のシミを見つけたらその二人は末永く幸せになるとか、コーラルリーフの展望台から人魚像を見たら二人の仲が深まるとか……」

「あー。そういう……」


 こう言ってはなんだが、そういう系統の話は大抵が似通っている上に根拠が希薄なものがほとんどだ。むしろ、別れる系の話の方が、根拠がしっかりとしていて納得出来るものが多い。知り合ったばかりのカップルが、遊園地に行ったりスワンボートに乗ったりすると別れる、みたいな。


「ちなみに、これから行くシー・フローにも一つ都市伝説があってですね」

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