第22話 千里(2)

 千里せんりの要望にしたがい、俺達はある場所を訪れた。

 その場所は俺がよく知る場所であり、千里が初めて訪れる場所だった。


 鍵を開け、扉を開く。


「どうぞ」

「あぁ」


 先に自分が入り、すぐさま千里をまねき入れる。


 普段から部屋を散らかす事はしていないので、特に準備する事なく、いつもそのまま人を上げている。物があまりない事もその理由の一つではあるのだが。


 恐る恐るといった感じで部屋に上がる千里を尻目に、俺は飲み物の準備をする。


「麦茶でいいか? 今飲んできたばかりだし」

「あ、うん。お構いなく」


 コーヒー、紅茶、ジュースという選択が一応はあったが、喫茶店に今し方行ってきたばかりなので、それらよりは麦茶の方がなんとなくいい気がした。


 コップを二人分用意して、それぞれに冷蔵庫から取り出した麦茶をそそぐ。


「ほら……。ってか、座れよ、早く」

「あー。うん。そうだな」


 コップの一つを千里に手渡し、俺はキッチン側の席に腰を下ろす。

 遅れて千里も、俺のはす向かいに腰を下ろした。


「……」

「……」


 なんだ、この空気は。

 お茶を飲み、お互いなんとなく誤魔化ごまかしてはいるが、明らかに部屋の空気は異常というか、おかしかった。


 今の今まで考えるまでもなく自然と口を付いて出ていた言葉が、今はいくら考えても出てこない。まるで初対面の二人が初めて二人きりになったかのような空気感が、今の俺達の間にはただよっていた。


 本当に、一体なんだってんだ、これは、


「あのさ」

「はい!?」


 俺の言葉に過剰反応する千里にジト目を向けながら、俺は言葉を続ける。


「ゲームでもやるか? どうせひまだし」

「ゲーム? あぁ……。そうだな。やるか、ゲーム」


 千里の返答を受け、俺はコップを片手に立ち上がり、プライベートルームの方に足を向けた。


 床に座り、リモコンでテレビを付けると、モードをゲームのものへと切り替える。

 そして続けてゲームの準備に取り掛かる。


 鈴羽すずははホラーゲームが好きなのでよく一緒にやったり、相手のプレイを眺めたりしているが、さすがに千里相手にそれはないだろうから、無難に家族でもやれる一般向けのゲームを選択しておくか。


「? 何してるんだ、千里? 早くこっち来いよ」

「え? あ、うん。今行く」


 コップを手に、千里もこちらに遅れてやってくる。


「はい。これコントローラー。で――」


 コントローラーの一つを手渡し、 俺の隣に座った千里に操作方法を簡単に教える。

 応用編はおいおい教えるとして、まずは最低限覚えなければいけないスタートの仕方や車体の制御方法を重点的に告げていく。


「分かったか?」

「あぁ、なんとなく……」


 反応や雰囲気を見るに、どうやら千里はこの手のゲームにあまり馴染なじみがなさそうだ。

 その事を考慮しながら、ゲームを進めていくとしよう。


 俺がセットしたゲームは、国民の半数以上は知っているだろう某レーシングゲームだった。途中でアイテムを取ったり、床に仕掛けがあったりする例のアレだ。

 最初なのでNPCのレベルは下げ、普通にVSモードで戦う。もちろん、俺もそれなりに手加減するつもりだ。


 カウントダウンの後、合図と共にNPCが一斉にスタートを切る。俺と千里がその後に続く。


「この箱にはぶつかってもいいんだよな?」

「あぁ。その中にアイテムが入ってるから、当たれるなら当たった方がいいかな」


 千里の操作するキャラがブロックに当たり、アイテムをゲットする。


「それは使うと近くのやつに当たるやつだな。当たるとそいつの邪魔が出来る」

「なるほど」


 言いながら千里がアイテムを放つ。 それは俺の横を通り過ぎ、少し前を走っていたNPCキャラに当たる。当然そのキャラの速度は落ち、俺達がそこを抜いていく。


「こういう事か」

「まぁ、そんな感じだな」


 その後も千里は様々な操作をそつなくこなし、最終的に四位という好成績で初めてのレースを終えた。


「初めてにしては上手うまかったじゃないか」

隆之たかゆきの教え方が良かったんだろう」


 確かにレース中、俺が指示を出して千里を助けた部分も多くあったが、それはそれとして、千里の操作が上手かったのもまた事実だ。


「とりあえず、同じ設定でやってみるか」

「そうだな。操作にも少し慣れてきたし、次は少なくともコンピューターには勝てると思う」

「おっ、言ったな。じゃあ、次NPC全員に勝てたら、いい物やるよ」

「いい物? なんだ? それは」

「それは勝ってからのお楽しみって事で。よし、やるぞ」

「ふむ」


 俺の言葉を受けた千里が、若干鼻息荒くコントローラーを構える。


 ――そして第二戦が始まった。




 結果から言うと第二戦は、俺と千里のワンツーフィニッシュで幕を閉じた。


 この手のゲームをするイメージがなかったため、少し千里をあなどっていたが、ふたを開けてみたら全然そんな事はなかった。むしろ上手いぐらいだ。


「よし。勝ったぞ」

「うわ、マジか」


 まさか二戦目でもう、イージーとはいえNPC全員に勝つとは思っておらず、そんな言葉が思わず俺の口かられる。


「ふふん。どうだ。私の腕前は」

「いや、まだこれ、イージーだから」


 勝ちほこりドヤ顔で胸を張る千里に、俺は冷静に現実を突き付けた。


「うっ」


 俺の指摘に千里が、痛いところを突かれたと言わんばかりに、うめき声を上げる。


「うそうそ。冗談。二回目のプレイでこれだけやれれば、十分すごいって」


 そう言いながら俺は立ち上がり、部屋の隅にある押し入れに向かう。

 引き戸を開け、中の収納ボックスの一つから、ある物を取り出し、再び千里の隣に腰を下ろす。


「ほら」


 そしてそれを千里に渡す。


「なんだ、これは」

「さっき言ったろ? いい物」

「あぁ……」


 うなずき、視線を自分の手元に目を落とす千里。


「なるほど。確かにいい物だな、これは」


 そう言って苦笑混じりに千里が、俺が手渡したストラップを指でかかげてみせる。

 言うまでもなく、もちろん皮肉である。


 俺が千里に渡したそれは、どっかで何かの拍子ひょうしもらった非売品のストラップだった。そこそこリアルな白いウサギのキャラクターが、立ち上がりこちらを見ている、そんな素敵なストラップである。


「まぁ、折角の君からのプレゼントだ。ありがたく頂いておこう」


 こう見えて千里は可愛かわいいもの好きなので、言葉とは裏腹に若干口元がゆるんでいるのだが、そこはあえて指摘せずスルーさせてもらう。


 それからNPCのレベルをノーマルにして、千里と三回レースを行った。

 さすがの千里もノーマルのNPCには三回程度では歯が立たず、全員を抜く事は最後まで叶わなかった。


「この辺でゲームはお開きにするか」


 頃合いを見て、そう千里に声を掛ける。


「むっ。そうだな。何事もやり過ぎは毒だしな」


 と言葉では物分かりのいい事を言いつつも、千里の表情はどこか悔しげで、それが本心でない事は火を見るより明らかだった。


「また来てやればいいよ」

「え?」

「したいんだろ? リベンジ」

「……まぁ、そうだな」


 図星を突かれて恥ずかしかったのか、ほおを染め視線をらす千里。

 別に気にしなくていいのに、そんな事。


 その後は千里におすすめの漫画まんがを見せたりまったり話したりして、適当に時間を過ごした。


「もうこんな時間か……」


 ふと部屋の掛け時計に目をやると、時刻は六時をとうに過ぎていた。


「じゃあ、私はそろそろ」

「あぁ」


 立ち上がり玄関まで行く千里。それに俺も続く。


「駅まで送るよ」


 玄関に着いたところで、俺はそう千里に声を掛ける。


「悪いな」

「いいよ。そんなに遠くないし」


 靴をき、二人で外に出る。

 扉に鍵を掛け、階段のある方へと歩き出す。


「千里の家は晩御飯何時なんだっけ?」

「大体、八時頃だな。父が仕事から帰って来るのが遅いから、ウチはそれに合わせてるんだ」

「そっか。俺の家は、大体七時頃だったな。親父もそれくらいの時間にはいつも家にいたし」


 俺の所も千里の家同様、家族そろってご飯を食べる、そんな家庭だ。


「隆之の父親は何をやってる人なんだ?」

「ウチは普通のサラリーマンだよ。可もなく不可もなく平々凡々な家庭環境さ、ウチは」


 それに対してネガティブな感情を持った事はもちろんないが、他の家をうらやましいと思った事は確かにあった。例えば警察官の父親とか、例えばテレビマンの父親とか……。


 まぁ、今となってはそんな気持ちもいつの間にか失せ、父親の仕事がどうのこうのとは一切思わなくなってはいるのだが。


 階段を降り、階下に。そこから敷地を出て、駅へと向かう。


「晩御飯も家政婦さんが作るのか?」

「あぁ、家事全般は彼女がほとんどしてくれてるからな」

「そっか……」


 大道寺だいどうじ家ではそれが普通なのだろう。だから、その事で俺が何か思うのはおかど違いであり、筋違いなのだろう。


「ま、私は物心ついた頃にはすでにそういう生活を送っていたから特に不満は感じないが、自分が家庭を持った時に同じ事をしたいかと言うと、そこはやはり考えてしまうかな。だから、その点は安心してくれて構わないよ」

「何がだよ」

「さぁ、何がだろうね」


 そう言って、意味ありげな視線を俺に送る千里。


「……」


 それに対して俺は、なぜか落ち着かない気持ちになり、思わず視線を逸らすのだった。

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