第20話 年下

「眠い」


 翌日早く起きなくてもいいという油断から、昨日は少し夜更かしをしてしまった。


 今日俺が取っている授業は、今から受けるものを含めて後二時限。……なんとか頑張がんばろう。


「寝不足ですか?」


 隣に腰を降ろしながら、鈴羽すずはがそう声を掛けてくる。


「あぁ。昨日少しな」

「ゲームですか?」

「いや、ネットノベルを読み始めたら、思ったより深入りしちゃって……」

「せんぱいがネットノベル?」


 俺の言葉を聞き鈴羽が、なぜかいぶかしげな視線をこちらに向ける。


「なんだよ、その反応は」

「だって、今まで私がすすめても全然乗ってこなかったのに、今更どういう風の吹き回し、と思って」

「それに関しては気が変わったとしか……」

「女ですね」

「なんでそうなる」


 てんちゃんにしろ鈴羽にしろ、女性はすきあらばすぐ話をそっちの方に持っていきたがるから、本当に困る。


「それで今は、どんなのを読んでるんです?」

「恋愛もの」

「へー。まぁ、無難でいいんじゃないですか。ファンタジー系は人によって合う合わないがはっきり出ますから」


 そういえば、天ちゃんもそんなような事を言っていたな。


「内容は? どんな感じのやつです?」

「どんなって……。男性の高校教師と、女子高生の恋愛的なやつ」

「……へー」

「どういう反応だ、それは」

「いや別に、いいんですけど、いきなり変化球から入ったなと思って」

「なんだよ、変化球って」


 まぁ、言いたい事は分からないでもないが。


「そういうお前は、どういうのを読んでるんだよ」

「私ですか? 私は、女子高生が後輩の男子高校生と付き合ってるやつとか、幼馴染おさななじみの高校生同士のやつとか、ですかね」


 なるほど。鈴羽からしてみれば、その手のやつが直球というか、王道なわけか。


「で、どうです? ネットノベルは」

「まぁ、読んでみたら、意外とハマったかな」

「ほら、結局、せんぱいはなんでも食わず嫌いなんですって。やる前から自分には合わないって決め付けてたら、何も出来なくなりますよ」

「はいはい。おっしゃる通りですよ」


 今回の件に関しては、鈴羽の言う通りなのでもはや反論する気も起きなかった。


「ところで、せんぱい的にはその作品のどこがいいと思って、その、読み進めてるんですか?」

「どこ? うーん。一番は雰囲気かな? キャラ同士のやりとりとか、よく分からないけど文章の書き方が俺に合ってるんだと思う」


 読んでいてすんなり頭に入ってくるというか、引っ掛かりがない感じが非常に好印象だ。


「そうですか。文章の書き方が」

「ああいうのってやっぱり、その人が今まで読んできた作家さんのくせとかこだわりが、ある程度は反映されるのかな?」

「うーん。そりゃ、ある程度はそうでしょうね。でも、一人の作者が影響を受ける作家さんは決して一人じゃないし、そこから取捨選択をするのはその作者自身ですから、行くとこまで行ったらそれはその作者のオリジナルって言っていいんじゃないですか?」

「なるほど」


 まぁ、その行くとこがどこなのかは、当人ではなく読者や周りが決めるんだろうけど、本当に大変そうだよな、創作活動って。


「ちなみに、せんぱいが読んでる作品のタイトルって……?」

「ん? あぁ、『遠くて近い恋』ってやつ」

「あー。やっぱり」

「知ってるのか?」

「えぇ、まぁ……」


 そうか。千里せんりも友達から教えてもらったって言っていたし、この年代には結構有名な作品なんだな、アレって。


「鈴羽も読んでるのか? あの作品」

「え? そうですね。読んでますよ。それこそ、始まった当初から」

「へー」


 そうなんだ。


「よく続いてますよ、あの作品も 」

「誰目線の発言だよ」


 鈴羽のあまりに上からな発言に、俺は思わず苦笑を浮かべる。


「え? あ、そうですね。あはは。やだなー。長く同じ作品を見てると、まるで自分が育てたみたいな感覚になっちゃって、つい偉そうな事を言っちゃうんですね」

「まぁ、その感覚は分からんでもないが」


 俺もあまり知られていない頃から読んでいた漫画が有名になり出すと、うれしいような寂しいような複雑な気持ちになる事がある。鈴羽の気持ちもそれと似たようなものなのだろう。


「それにしても驚きました。まさかせんぱいが年下好きなんて」

「待て。なぜそうなる」

「え? だって、年下好きだから読んでるんですよね? その作品」

「んなわけあるか」


 似たような作品ばかり読んでいてそう言われるならまだ分かるが、たった一作品だけでそんな事を言われるのはさすがに心外だし、意味が分からない。


「冗談です」

「たろうな」


 じゃなきゃ俺は、鈴羽の感性を疑わざるを得ない。


「でも、年下も好きですよね?」

「年上とか年下とかで、好き嫌いを判断した事はない」

「うわぁ。八方美人な答え」

「うるさい」


 なんと言われようと、それが事実だから仕方ない。


「じゃあ、私でもいいんですか?」

「は?」


 急に何を言っているんだ、こいつは。

 鈴羽でもいい? 何が? いや、話の流れからして、そういう事だろう。だけど、いきなり何を。というか、こいつもしかして俺の事……。


「冗談です」

「……だろうな」


 冗談。そうだよな。冗談じゃなきゃ、逆になんだって言うんだ、ホントに。いやー、焦ったー。別に深い意味はないけど、軽くあせったな、まったく。


「せんぱい」

「ん?」

「何焦ってるんですか?」


 そう言って、からかうようににやりとこちらを見て笑う鈴羽。


「……」

「痛っ」


 俺はその頭を、無言で軽くチョップするのだった。

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