第四章 神崎鈴羽は出掛けたい。
第19話 一昨日
月曜日は祝日なのに、普通に授業があった。
祝日なのに、なぜ授業を受けなければならないのか。……
「それは単位の問題だな」
構内を歩く道すがら、そんな事をふと独り言のように
「知ってる。祝日全部休みにしちゃうと、単位が足りなくなるんだろ? そんな事は知ってるんだよ。知ってるけど、それとこれは話が別というか。理解は出来るけど、納得は出来ないというか……」
その辺は学校によって異なるらしいが、少なくともウチの学校では月曜日が休みになる事はほぼないと言っていい。とはいえ、他の曜日はその限りではないので、近いところで言うと今週の金曜日などは普通に休みになる。
よく分からないが、そういうものだと理解するしかないのだろう。
「ところで、土曜日のデートはどうだったんだ?
「だから、デートじゃないって」
と、一応の訂正を入れつつ、土曜日に会った事をかい
映画館の前で待ち合わせした事。
「へー。例の子と映画館で
「別に、鉢合せしたからって、何か問題があるわけじゃないんだけどな」
「果たして本当にそうかな?」
「なんだよ、それは」
意味ありげに言いやがって。
「けど、いいのかい?」
「何が?」
「金曜日の映画。連チャンだろ?」
「あぁ」
その事か。
「いいよ別に。年にそう何度も行くとこじゃないし、つまらなかったらアレだけど、いい映画だったからさ、もう一度
「なるほど。その言い方だと、土曜日に観た映画は、今度観に行く予定の物と全く同じ物と、そういうわけだな」
「……」
そうか。そこに関しては、言わなければまだバレていなかったのか。失敗したな。
「まぁ、
「よくご存じで」
「一年も友人をやってれば、それぐらい分かって当然だろ?」
「うん。まぁ、そうだな」
俺もここ一年で千里の事は、それなりに分かってきているので、逆もまた
「それで、ケーキバイキングの方はどうだったんだ? 君、そんなに甘い物好きじゃないだろ」
「まぁ、別に嫌いってわけでもないし、普通に食べたよ。といっても、小さいのを十個くらいだけどな」
それでも、俺にしたらよく食べた方だ。もしバイキングでなければ、食べていいと言われても絶対にあんなには食べないだろう。
……バイキング、恐るべしだな。
「隆之って、意外と食べるんだよなー」
まるで何かを思い出すかのように、そう千里が空中を見つめて、呟くように言う。
「意外ってなんだよ。俺の食べる量なんて、成人男性なら普通かそれ以下だろ」
「だから、その普通が、隆之にとっては意外って話だよ。高校時代、運動部だったわけでもないんだろ?」
「失礼な。……帰宅部だよ、俺は」
別に体を動かす事が嫌いなわけではなかったが、部活に入るまでの情熱は持てず、放課後は遊びとバイトの両方に明け暮れていた。部活をしていた人間を
「そういうお前だって、細いのに結構食べるじゃないか」
「まぁ、こう見えて一応、小さい頃から運動はいくつかやってきたし、高校でも運動部に所属してたから、筋肉はそれなりに付いてるし、体つきには
ふざけた様子でそんな事をのたまう千里に俺は、至って冷静な口調で、
「……機会があればな」
とだけ返した。
「じゃあ、その機会を楽しみにしてるよ」
そう言って千里が、意味深な笑みをその顔に浮かべる。
「……冗談だよな」
「さぁ?」
千里から明確な答えは提示されなかった。なので俺は、自分に都合のいい方を答えとして採用する事にした。
まったく。千里の冗談は分かりにくくて、本当に困るな。あはは……。
「せーんぱい」
一人廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。
相手は見なくても分かる。やつだ。
立ち止まり振り返る。やはり、やつがいた。
「こんにちは、一昨日ぶりですね」
「……そうだな」
とりあえず一緒に並ぶと、次の授業がある教室を二人で目指す。
「せんぱいはなんの映画観たんですか?」
「あれだよ、あれ。今話題の、アニメ映画」
「あー。見た目は子供、頭脳は大人っていう……」
「いや、それじゃないから」
「そうですか。ちなみに、私達はそれを観て来てました。めぐみんがあの作品の大ファンなんですよ。私はそんなでもないんですけど、行ってみたら結構楽しめました」
「
そりゃ、良かった。
「俺達は――」
そう言って俺は、一昨日観てきた作品のタイトルを
「あー。あの作品ですか? どうでした?」
「うん。まぁ、普通に面白かったよ。俺は泣きはしなかったけど、周りの人はまぁまぁ泣いてたかな」
少なくとも、隣に座っていた天ちゃんは、普通に泣いていた。
「へー。私も誰か誘って観に行こうかな」
「
「うーん。めぐみんは、ああいう作品好きじゃないっぽいんですよねー。私は基本好き嫌いないんで、なんでも付き合えますけど、めぐみんはどうかなー?」
「……」
千里との予定がなければ、別に一緒に行ってやってもいいのだが、さすがに三回目はな……。
「とりあえず、興味ありそうな子に声掛けてみます。ああいうのには興味ないけど、流行りものは好きって子も中にはいますし」
つまりは、天ちゃんみたいな子だな。
「というわけで、せんぱいはせんぱいで、ゴールデンウィーク中に私をどこかに連れてってくださいよ」
「どこかって、どこだよ?」
「え? いいんですか?」
「別にまだいいとは言ってないだろ。場所を先に言え。場所を」
本来ならそんな義理はないのだが、ゴールデンウィークに天ちゃんと千里と出掛けておいて、鈴羽とだけ出掛けないのはなんだが不公平というか、まるで鈴羽の事をないがしろにしているようで、俺としては非常に締まりが悪い。
なので、一日くらいなら、鈴羽の行きたい所に喜んで付き合ってやろうと思う。ただし、場所によっては、当然拒否する可能性もなくはない。
まぁ、余程現実的でない所や、俺が行きづらいと感じる所でなければ、二つ返事でオッケーしようと思ってはいるのだが……。
「じゃあ、私あそこ行きたいです。ウイアエ」
ウイアエというのは、この付近では一番大きな遊園地の略称だ。正式名称はウインド・ア・ウェイ。海に面した立地に建っている関係上、そこそこ強い潮風が園内にも時より吹き、それが園の名前の由来になっている。
それにしても――
「遊園地? 俺とお前が?」
「やっぱ、ダメですかね」
「いや別に、ダメじゃないけど……」
俺にとって遊園地は、男女が一緒に行く場所としてはハードルが、映画館などに比べて
とはいえ、さっき
「ま、いっか」
「いいんですか? 本当に?」
俺の返答に、なぜか驚きの声を挙げる鈴羽。
「なんで、言い出しっぺのお前が驚くんだよ」
「だって今、微妙にダメそうな雰囲気だったじゃないですか」
「色々と考えた結果、そういう結論に至ったんだよ。あ、でも、金曜日と日曜日はもう前
金曜日は千里と映画に行く約束をしているし、日曜日は昼からバイトが入っている。遊園地という場所の関係上、その二つの予定との両立は少し無謀だろう。
「全然問題ないです、何曜日でも私は。むしろ予定があっても無理矢理
「いや、それはさすがに気にするけど……」
まぁ、それぐらい行きたいという、鈴羽の
「じゃあ、楽しみにしてますね、土曜日」
「おぅ。集合場所は――」
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