第18話 好きな物

 奇跡きせき的になのか、向こうが気をかせてくれたのか、それから後は鈴羽すずはとは顔を合わせず、俺達は映画館を後にした。


「まだ時間も早いし、どこか寄ってく?」


 隣を歩くてんちゃんに俺は、そう声を掛ける。


「そうですね。あ、駅の近くにケーキバイキングのお店があるんです。そこ行きません?」

「いいけど、感化されたね」


 今し方てきた映画に、主人公達がケーキバイキングに行くシーンがあった。天ちゃんはそれを頭に思い浮かべ、今の提案をしてきたのだろう。


「あ、バレました?」


 そう言って天ちゃんが、小さく舌を出す。


「まぁ、同じ物を観てきたわけだしね」

「だって、あんなの見せられたら、行きたくなるじゃないですか」

「じゃあ、焼肉も行く?」

「……それはまた今度と言う事で」


 行くんだ……。まぁ、いいけど別に。


 というわけで、次の行き先はケーキバイキングのお店に決まった。

 どちらにせよ、元々駅の方に向かって歩いていたので、 行く方向は別に変わらないが。


 そのお店は駅から歩いて数分の所にあった。


 店の名前は『ル・ミエル』。看板に流れ出るハチミツが書かれているところから察するに、ハチミツもしくはそれに関係した名前なのだろう。


 店の外観はいわゆる洋風で、黄色い三角屋根に白い外壁とこちらも若干ハチミツしょくの強い造りとなっている。


 引き戸を開け、室内に足を踏み入れる。


 休日の日中という事もあり、店内はそれなりに盛況だった。四人から五人掛けのテーブルに着く客の大半は女の子で、店内にいる男は俺を含めても三人程、そしてその男達にはれなく女の子が一人セットで付いていた。いわゆるカップルというやつだろう、多分。


「いらっしゃいませ、お二人様でよろしかったでしょうか?」


 店内の光景に圧倒されている内に、女性の店員が来て、俺達を出迎えてくれた。


「はい。二人で大丈夫です」


 店員の質問に、天ちゃんが笑顔で答える。


「では、席の方までご案内します。どうぞこちらへ」


 店員と天ちゃんの後に続き、俺も店の奥へと足を進める。


 案内されたのは部屋の中央付近にある、四脚の椅子いすがそれぞれ独立した、最大で四人が座れる席だった。


 俺達が椅子に座ると、店員が何やら小さな機械で伝票らしき紙を発行し、テーブルの上に置かれた透明な筒にそれをす。


「それではこれから九十分間、ごゆっくりお楽しみください」


 そう言い残すと、店員は一礼をし、俺達の元を去っていった。


「とりあえず、何か取りに行きましょうか」

「え? あ、うん。そうだね」


 未だ店内の様子に圧倒されっぱなしの俺は、ただただ天ちゃんの指示に従う事しか出来なかった。


香野こうの先輩、何にします?」

「そうだな……」


 などと会話を交わしながら、俺達は適当にそれぞれの皿にスイーツを盛り付けていく。


 皿をテーブルに置いた後、今度は飲み物を選び、席に戻る。

 ちなみに、俺はブラックコーヒーを、天ちゃんはミルクティーをそれぞれ選択した。


 早速、フォークでケーキを小さく切り、それを口に運ぶ。


 うん。当然の事だが、甘い。そして美味おいしい。


 ふと天ちゃんに目をやると、彼女の方は皿には手を付けず、なぜか俺の顔をぼんやりと見ていた。


「え? 何?」

「いや、ホント美味しそうに食べるなと思って」

「……」


 なんだか急に恥ずかしい気分になって、俺の顔が一気に赤くなる。


「ごめん」

「なんで謝るんです?」

「いや、なんとなく……」

「変なの」


 そう言いながら天ちゃんが、自分の皿のケーキをフォークで切り、それを口に運ぶ。


「うーん。美味しい」

「……」


 天ちゃんも人の事は言えないと思うのだが、それを指摘するとこの後の展開がお互いにとって、少々気不味まずいものになりねないので、すんでのところで、出掛かった言葉をなんとかみ込む。


「ところで香野先輩は、甘い物はお好きですか?」

「今それを聞くのか」


 俺は天ちゃんの今更な質問に、苦笑を浮かべ、答える。


「別に、好きでも嫌いでもないよ。どちらかと言うと好きな方だけど、だからと言って自分からお店に行ったりはしないかな」


 食べても精々コンビニのお菓子くらいで、尚つそれも たまに食べる程度だ。


「じゃあ、香野先輩は何が好きなんですか?」

「何が好き。うーん。……カレーとか?」

「へー。……無難、ですね」

「というか、そこまで好きな物がないっていうのが、本当のところかな」


 カレーも、他に思い浮かぶ物がないのでそう言っているだけで、すごく好きかと聞かれたら首をかたむけざるを得ない。


「カレーか……。ルーを使ったやつは作った事あるけど、今度本格的な物にも挑戦してみようかな?」

「天ちゃん、ルーを使わないカレー作れるの? 凄いね」

「いや、そういうわけじゃ……。でも、上手く出来るようになったら、香野先輩にもごちそうしますね」

「ホント? 楽しみにしてるよ」


 天ちゃんの手料理の腕前は、つかさと奴の家で遊んだ時に何度か食べさせてもらっているので、よく知っている。プロ並みとまではいかないが、家庭の料理を作るのであれば、彼女の腕前は十分過ぎるものがあった。


「はい。じゃあ、その時が来たら、兄にそれとなく言って、家に連れてこさせますね」


 笑顔でそう言う天ちゃん。


 しかし、今の台詞せりふを聞く限り、やはり兄の扱いは相変わらずのようだ。

 ドンマイ、司。

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