マジカル☆るなてぃっく〜出会い〜

湯野正

ふたりは魔法少女

「ムーンライト・ディストラクション!」

 魔力によって擬似生成した鏡とレンズにより何倍にも増幅された月の光が黒い人型の何かを焼き尽くした。

 直視すれば失明しそうなほどの光が去った後には何もない。アスファルトで舗装された道路を少し広めの間隔で設置された電灯と自動販売機の光が頼りなく照らすだけのいつもの景色が広がっていた。

「ふぅ、今日もなんとかなったなぁ…」

 そんな路地に一人の少女がふわりと舞い降りた。

 重力を感じさせない着地をした少女はひどく特徴的な格好をしていた。

 これでもかと付けられた青系色のフリルとリボンに、反比例するような頼りない布面積。むき出しの脇へそ太もも。

 手には先端が月の満ち欠け全てを模したような形をしている30cmほどの杖。

 一言で言うなら、魔法少女だった。

 実際彼女は、魔法少女だった。

 戦いを終えた彼女が息を整えていると彼女の杖であり相棒のモンちゃんが喋り出した。

『ふ〜、今日も良かったねぇ。強いて言えば露出がまだ足りないけど』

「これ以上脱いだら裸だよ!?」

 彼女は相棒のことを信頼していたが、このえっちな所はいつまでも慣れなかった。

 魔法少女にとって杖は相棒である。

 杖と契約し少女は魔法少女になる。

 杖の声はその杖と契約した魔法少女にしか聞こえず、魔法少女は契約した杖なしでは大したことのない魔法しか使えない。

 魔法少女と杖は一心同体の相棒なのだ。

 そうして相棒といつもの掛け合いをしていると、ぱき、とまるで枝を踏み折ったような乾いた音がした。

「ムンちゃん!?」

『魔力反応はないよ、ただの人間のはず』

 相棒の声はさっきとは打って変わって冷静だ。

 それもそのはず。もし音の元が魔法少女であれば、戦いになるかもしれないからだ。

 魔法少女は人知れず人間の負の感情が変化した怪物、ヤミヤミーと戦って世界の平和を守っている。

 そしてその報酬として、魔法少女は願いを叶えることができる。杖も契約した魔法少女が願いを叶えると、杖としての格が上がる。具体的にいうと長くなる。

 ただし、それは一組だけ。一年で最も多くのヤミヤミーを倒したコンビだけだ。

 魔法少女にとって魔法少女は明確な敵ではないが、無条件で信頼できる味方では決してない。

 ムンちゃんを握る手に力が入る。

 ただの人間であれば問題ない。魔法でちょっと記憶を消すだけだ。魔法界の規則で魔法少女の存在は一般人にバレてはいけないことになっているのだ。破るとブタに変えられてしまう。

 ムンちゃんは魔力反応はないといった。

 魔法少女ではない可能性の方が高い。

 でももし、魔力を完全に隠せるほどの実力をもった魔法少女で、そして魔法少女同士で戦うことをよしとする人だったら。

『観念したみたいだね』

 ムンちゃんの言う通りどうやら向こうは気づかれたことに気づいたようで、しかし逃げることはなくこちらに向かってきた。

 そして––。

「もしかして、あなたも魔法少女?」

 少し恥ずかしげに微笑んだ。


 現れた魔法少女はスマートフォンを持つ右手を上げていた。

 下ろしている左手にも杖は握られていない。

 どこかに隠せるような布面積は魔法少女にはない。

 私は少しホッとして彼女の問いに答えた。

「は、はい」

『杖がないからって気を抜いちゃダメだよ。今も僕には魔力が感知できてない。杖なしで魔力を隠蔽しきってるなら、相当だよ』

 ムンちゃんのいう通りであった。

 緩みかけた感情を引き締める。

 しかし彼女はこちらが考えていることなどお見通しのようだった。

「ごめんなさい、突然声かけちゃって」

「い、いえ」

「でも私、心のどこかで求めてたって気づいちゃったのよ。仲間が欲しいって、語り合いたいって」

 そう打ち明けた彼女は不安そうに左手を差し出し、私はハッとした。

 そして、彼女に向かって歩き出した。

『おいおい信用しちゃったの!?』

「大丈夫だよムンちゃん」

 私も、そうなのだ。

 私も本当は仲間が欲しかった。

 魔法少女の友達が。

 彼女がどれだけの勇気を持って話しかけてきたのか、わからない。

 しかしそれに比べて、差し出された手を取るだけの私に必要な勇気なんてちっぽけなことはわかる。

「私も、私もです」

 私はできる限りの笑顔を浮かべてそう言った。


「私も、私もです」

 少女は同性であるはずの女が見惚れてしまうような笑顔でそう言った。

 彼女の答えに心底ホッとした女は、特徴的な格好をしていた。

 これでもかと付けられた赤系色のフリルとリボンに、反比例するような頼りない布面積。むき出しの脇へそ太もも。

 片手にはスマートフォン。

 一言で言うなら、露出狂だった。

 実際彼女は、露出狂だった。

 魔法少女がえっちなことをされるゲームのコスプレをして夜な夜な街を練り歩く変質者だった。

 この夜もいつものように趣味に興じていた彼女は、しかし退屈していた。

 刺激が足りなくなってきたのだ。

 初めてコスプレして夜の街に出た日、家の周りを一周するだけで興奮してたまらなかった。

 だが今ではもう作業のようだ。

 女は理解していた。

 今、自分が行なっているのは露出ではない、ただの深夜徘徊だと。

 露出とは、人に見られて初めて成り立つと。

 しかし露出狂ではあるが男の人に乱暴されたいわけでは決してない女は、人目につきそうな場所に行く勇気はなかった。

 社会生活もあるので特定されることも恐ろしく、SNSなどに画像や動画をあげることもできなかった。

 こうなったら裸になるしかないかと危険な思考に至り始めた時、偶然彼女を見つけたのだ。

 そして、真理を得た。

 同性の、同好の士に見られればいいのだ、と。

 目の前にいる少女のような。


「そうよね!やっぱりそうよね!」

 彼女は私が手を取ると安心した所為かとてもハイテンションになった。

 もしかしたら、今までにも同じように話しかけて、拒否されたり戦いになったことがあるのかもしれない。

 そう憶測してしまうほどの浮かれ具合だった。

「やっぱり、誰かが一緒にいないとね!動画配信とかも考えたことあるけど…」

「ダメですよそんなことしちゃ!?」

 どうやら彼女は魔法少女の掟を破ろうとするほど理解者に飢えていたようだった。

「やっぱりそうよね、特定されちゃったら怖いし…」

「そういう問題ですか!?ブタにされちゃいますよ!?」

「ブタ…そうよね、メスブタになりたいわけじゃないからね」

「ですよね!もう私がいますから変なことしないでくださいね!」

「あはは、変なことしないでって、私たちもうこんな格好してるのに」

「確かにそうですけど…」

 ちょっと納得できない、魔法少女の格好と掟を破ってブタになるのを同じ変なことのくくりにされるのは。

 どうやら彼女は本当に限界ぎりぎりのようだ。


 彼女は随分と私を心配してくれているようだった。初めて会ったというのにいい子だ。

 彼女くらいの危機感を、私も持った方がいいのかもしれない。

「そういえば、杖はどうしたんですか?」

 彼女は少しムッとしていたが、ハッとして訪ねてきた。

 どうやら彼女は––正確には何歳かはわからないが––その歳でこのコスプレの元ネタを知っているらしい。

 確かに、自分はあの杖を自作して作っている。しかし問題があったのだ。

「あれね、長すぎて軽犯罪法違反になっちゃうから置いてきたわ」

「軽犯罪法は気にするんですか!?」

 彼女は驚いたようだった。

 確かに、露出狂してんのに今更何言ってんだという感じはしないでもないが、なんというか自分にとっては違う一線なのだ。

 それに理由はまだある。

「それに長すぎてね、家から出すのも一苦労で」

「それは、長いですね…」

 どうやら今度はいい意味で驚いてくれたようだ。1/1サイズで作ったとは思わなかったのだろう。

 少し嬉しくてニヤニヤしていると、彼女はおずおずと聞いてきた。

「やっぱり、それくらい長い杖って、その、すごいんでしょうか?」

 すごい?

 どういうことだろうか。

 えっちな意味だろうか。

 えっちな意味だろう。

 やはりあれくらいの年頃はそういうのが気になるものなのだろう。私もそうだったし。

 しかし残念なことに私はあの杖を使用したことはない。

 流石に長すぎるし太すぎる。

「うーん…ごめんなさい、使ったことなくて」

「使ったことがない!?」

 やけに驚くな?

「仲、わるいんですか?」

 中が悪い、拡張とかの話だろうか?

 そういうレベルの大きさではないと思うのだが。

「中とかのレベルじゃないわよ、あの杖は流石に受け止めきれないわ」

「そうなんですか…」

 彼女は悲しそうに顔をうつむかせ杖を強く握っていた。

 何故だか申し訳ない気分になってきた。

 思春期、すごいな。

 私が昔の自分を思い出していると、彼女は意を決したように顔を上げた。

「すみません、何も知らない子供がって思うかもしれないですけど…受け入れてあげてください、私はこんな杖ですけど全部受け入れました!」

「全部!?」

 ギョッとして彼女の杖をよく見た。

 いや、無理でしょ。無理無理。

「全部です!」

「30cmくらいあるけど!?」

「長さは関係ないですよ!?」

「長さは関係ない!?」

 いやいや胃まで達しそうじゃない!?

「関係ないです!」

「え、でもその先端のところとかすごい形してるわよ!?」

「なんの関係もないですよね!?」

「なんの関係もないの!?手をパーにしたくらいの大きさで突起があっても!?」

「そんなに気にする形ですか!?」

「ズタズタになるわよ!?」

「なりませんよ!?」

 この子この見た目でなんて上級者なの…。

 私は自分が恥ずかしくなった。

 思春期の子に教えてあ・げ・る的な気分になっていたが、相手の方が凄まじく上の存在だったのだ。


「あなた、すごいわね」

 彼女はとても感心したようだった。

 どうやら杖との人間?関係に悩んでいたようだからそんなことを言ってくれるが、私自身は大したことはないのだ。

 少し沈んだ気分になる。

 どう考えてもすごい長さの杖が相棒で、そのくせに杖なしで魔法少女としてやっていけるほどの魔法の技量がある彼女の方がすごいのに。

 私は、強くない。

 強くならなければ願いが叶えられない。

 今のままではいつまでたっても年間一位は取れないだろう。

「…私、自信なくて」

 気づけば声になっていた。

 しまったと思うが、同時にまたとないチャンスだとも思った。

 こんな魔法少女に出会える機会はもうないかもしれない。

 私は勇気を振り絞った。

「どうしたら、どうしたらもっと強くなれるでしょうか?」

「強く?」

 彼女は一瞬首を傾げたあと、深く考え始めたようだった。

 すごく長い杖と契約できるような人だ、最初から強くてどうやって強くなるかなんて考えたこともないのだろう。

 しばらくして、彼女は絞り出すように、しかしはっきりと言った。

「裸に、なるとか」

「裸にぃ!?」

『やっぱり!!この人信用できるよ!!』

 今まで警戒して黙っていたムンちゃんが突然騒ぎ出した。

 びっくりしてムンちゃんを見る。

『大事なところをさらけ出して!必要ないところを隠すんだ!』

「えぇ!?いくらなんでも––」

「そうよ、その杖を受け入れたんでしょう?そんなあなたならできるわ!私もやるわ!」

 何故か彼女も叫び出し、脱ぎ出した。

 混乱する私を、彼女が見つめた。

 目が座っていた。

 嫌な予感がして、すぐに現実となった。

「あなたも脱ぐのよ!ほら!ほら!」

『いいぞ!やれ!スカートだ!』

「ちょ!?待って!?えぇ!?いやぁぁぁぁ!!!!!?!?」

『もう少し!もう少しだ!やったぁ!』


 深夜に少女の叫び声が響いた。

 ここは人の住む街。

 当然のように警察がやってきて、二人は慌てて逃げ出した。


 そして––。


「私の願いは!!全ての魔法少女が争わなくていい世界にすること!!」

 全裸の魔法少女は高らかに宣言した。

 彼女は全裸になり、成長した。

 魔法界に潜んでいた闇を暴き、魔法少女システムの真実を明かした。

 そして今、魔法少女の歴史が変わったのだ。

 伝説となった全裸の魔法少女は、ひとりの魔法少女を思い出していた。

 あの夜、自分を変えてくれた魔法少女のことを。

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