儀式と別れ

 命色師として働くには、老師の様に一定の期間働いたものから認められるか、東のモウ家の当主に面会して実技、最低限の知識のテストを受けるかどちらかだった。後者は短い時間で済むが、決して簡単なものではない。特に今の当主は厳しいと聞いていた。


「でも、いつかは会ってみたいな」


リュウリは知らされていなかった。自分のこともラランのことも、名家の人間またその周りの人たちに、現時点での能力を含め、二人で旅に出ることも情報の一つとして入ってきていることを。老師は強く口止めされていたわけではないが、何も知らせず、このまま旅に出した方が良いと判断した。彼の仕事は

「命色師となる儀式を自分が行うこと」

もうそれだけでよいと決めていた。


 

 急に道が上り坂になると、森の木々で全く見えなくなっていた聖域の岩山が不意に現れた。遠くから見た時は、まるで形が変わることのない煙のように、ぼんやりとしたものだったが、今ここで見えるものは、この中だけで物凄い速さで砂嵐か竜巻かが起こっているような、そしてそれがさらに空の高い所へ伸びて行っているようなものだった。いつもならばラランに詳しく見たものを表現するのだが、何故かそれができなかった。ここは聖域、麓の町の人間は季節の収穫物をこの前に捧げるだけで、それがこの森の動物たちの食料になったとしても、それはそれなのだ、なのにここは


「少し、邪悪な感じがする」

ラランが言った。


「ここで儀式を行うのは止めるかね」


「いいえ、いいのです。むしろ覚悟ができます、いいよねララン」


「はい、お願いします」


そう言ってリュウリは命色を行う右手の手首の袖を少しまくって、ラランは左手の薬指を老師の前に差し出した。

「ララン、結婚の時の紅をさす指じゃないか、良いのかい? 」

薬指はこの世界でも特別なものとされている。

「ハイ、かまいません」その言葉を聞き。老師は一本の細く削った木を取り出し、その先を聖域の山のその数分間入れた。


「命色師として生きる印を施す、これから先、道を誤ることなく、聖域を汚すことなく生きることを誓うか」


「はい」

「はい」


「それでは」


と老師は、先が燃えて墨のようになった赤ではなく、白くなった棒の先で、すっとリュウリの手の甲の下の手首をすっとをなぞった。

「う! 」小さな痛みが走ってリュウリは声をあげたが、その時には棒はラランの指にあった。「あ! 」ラランもとても小さな声をあげたが、そのころには徐々にではあるがリュウリの痛みもなくなりかけていた。


「もっと痛いものかと思っていました」「私も」

「わしも」と三人で笑った。そして老師はすぐさまその棒を命色して元の木の色に戻した。


「この棒は持って帰るよ、町に」と老師が言ったので

「はい、そうしてください、マグマ(鳥の一種)の巣材にちょうど良いかもしれません」

「そうだ、そうだ、ララン。旅をするのにマグマは欠かせない、大切にしなければならない鳥だから、増やす努力をしなきゃならん。道中気を付けて、リュウリ大変だろうががんばれ」

「はい、今までありがとうございました。さあ、ラランいこう、急がなければ次の町に行くまでに日が暮れてしまう」

「ええ、それではお元気で」

「行っておいで」


若い二人は今来た道のさらに先へと進んだ。老師は一人、道を戻った。

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