才能の芽生え
「驚いたな、あの時は。リュウリが命色をしたいというからやらせてみたら、本当に花に色が付いた。そのあとラランが「その花はその色が好きじゃないみたい」と言いおったな。ラランにも、聴色師の才能があるとは思わなかった」
十年以上前の懐かしい思い出だった。自分にとってそれは久々の失敗だった。とてもよく似た花で、葉っぱの形がほんの少し丸みを帯びているかどうかで、赤かピンクかというものだった。だがピンクのものは本当に珍しく、自分も咲いているものを見たのは今までで二度しかなかった。だから自分は、真横に赤い花が咲いていたので簡単にリュウリに赤を渡して命色させてしまった。そのあとは自分がすぐに白を足して命色したが、慣れた頃にやってくる手痛い失敗だった。だがそれはそれとして、二つの大きな才能の開花を見ることができた。
創色師の子供が、優れた命色師になることはままあることではあった。だが二人とも、しかも一人は年々その数が減っていると言われている聴色師である。
聴色師とはその生き物の声を聴き、命色する色を決めることができる人間である。目が見えないのにと思われるかもしれないが、そうではない。逆にそれが見えないからこそ、惑わされることなく「そのものの声を聴くこと」ができるのだ。自分の失敗がいい例のようにラランはそれができる。命色師が白化したものの横に色をかざし
「もう少し、色を濃く」とか「青みを多く」などと言う。自分の若い頃に見た聴色師は
「花の花弁付近は白そして徐々に紫になり、花びらの縁は黒に近い青で」と言った。それはもう、何百年も前に絶滅してしまったと言われる「青百合」という花だった。聞いたことはあるが正確な絵さえ残っていない。だがそれをその通り命色師が命色すると、みんなが驚くような、見たことのない美しい花になった。そしてその花は、株分けされ今でも見ることができる。
この世にいる、何万何十万という動植物の種類全部を一人で覚えることなどできはしない。それを完全に補ってくれるもの、それが聴色師なのだ。
「聴色師の減少は、世の中の乱れを意味する」
それは命色師の世界で語り継がれてきた強い言い伝えであった。そのためラランのことは、遠く離れた所にある命色の名家、彼らが東の国の命色の世界を統べる者なのだが、そのモウ家の当主からも詳細を教えてほしいと自分に直々に手紙が来た。そしてその返事としてリュウリのことも書いた。
リュウリのことを、自分は誇らしくもあり、もうよい年なのに妬ましく感じることもあった。とにかく吸収が早い。自分が苦労して習得したことでさえ、数日とかからずにできてしまう。命色の機会が極端に少ないことから、それを感心するほどに深く考えるため、思考力も、観察眼も持つようになった。その上創色師としても父仕込みの良い腕を持っている。この近隣の動植物の生態も、自分が教えた以上になっているかもしれない。
それでも命色の機会に恵まれないというのはかわいそうだと思ったころだった。母親が急に体調を崩した、それと同時に、今までこの町では考えられないような白化が、森で、家の屋根(藁でも、瓦でも起きる)で、起こるようになってしまった。そんな時、町の小さな病院で過ごす彼らの母はこう自分に言った。
「どうか、二人に命色をさせてやってください。ラランには生きる希望となっています。リュウリにはとても良い機会です。あの子は本当に良い子です。私の実の子供ではないけれど、本当にかわいく思っています。優れた命色の才があり、それをゆっくり伸びてゆくのを見たい、専念してもらいたいと思っていました。実は私の弟は同じように命色の才がありましたが、幼くして病気で亡くなってしまいました。リュウリには生きてほしいのです。今は気分的にも落ち着かないかもしれません、そのことで、もしかしたら失敗するかもしれませんが、それを私のためにやめたりしてほしくはないのです」
その願いを自分は聞き入れた。この町のことはリュウリとラランに任せ、もっと大変なことになっている近隣の町に出かけていかなければならなかった。二年、そんな海の嵐のような日々が続き、半年前、白化が収まるのを見届けたように母は帰らぬ人となった。その日も二人は小さな花を命色した。
あどけない、苦労など知らぬような顔を二人はしているが、そうではないのだ。
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