淡雪
「本当にきれいな白だ・・・こんな風な白い色が作り出せればいいのに。本当に白は餌の中に入れてなかったのかい? 」
歩きながら、ユーシンはずっと淡雪を見ていた。彼女は、つまりメス犬だったわけだが、まるで女王のように一行の先頭を歩いていた。だが女性にありがちなのか
気まぐれで、不意に姿を消したと思ったら、また現れてということの繰り返しだった。
「入れてないって言ってるじゃないか、ユーシン。そんなに信じられないか?」
「だって、キザン、リュウリのお父さんの白だったら・・・」
「自分の方が才能があるんじゃなかったのか? 」
「誰がそんなことを言うんだ、キザン! 他の国まで名前の知れ渡った創色師に」
クスクスと他の者は笑ったが、あの日のことはあまりにもおかしくて、古参者だけの内緒話にしようと言ってはいた。
「どうして淡雪があそこまで穢れのない白になっているかはわからない」
「でもコジョウ、少し汚れてはきているよね、さすがに」
「リュウリ、聞こえるぞ、女王様に」
淡雪は自分が話題の中心になっていれば機嫌が良いが、別の話になった途端、吠えたり、場所を変えたり、いなくなったりするようだと皆察しがつていた。
「全く、人間の赤ん坊みたい」
「キザン・・・そうなのかも・・・そうさせてあげましょう、本当に辛くて孤独な日々だったのだから」ラランの思いを知ってなのか、淡雪はずっと機嫌よく先頭を歩き続けている。
その姿を見ながら、リュウリは父の事を考えていた。
「君たちのお父さんは本当にすごい人だよ、「君なら独り立ちできる」みたいなことも言われたけれど、全然追い付いていないよ。赤の町には世界中から色を買い付けに来るけれど、君のお父さんの色は「動物には最適」と言われている。かなり弱ったものでさえ回復させることができると言うんだ。海外では国内の何倍もの値段で取引されている。いろいろ有名な創色師のものを見たけどみんな「俺が作った」って言う感じがするんだ。それはそれですごいんだけれど、君のお父さんのものはそれが全くない、澄み切っているというか、落ち着いているというのか。温かといのとも違う、冷たいとはもっと違う。「これで生きてくれ」という強い願いでもない。「それは命色師の行うことだから」とでも言っているような・・・何故だろう、それを君たちに聞いてみたいと思っていたんだ」
その時のユーシンの言葉に、コジョウとキザンはハッとしていたが、リュウリは何度か考えた父の人生について、同じ創色師にどう話せばよいのかと思った。
父の色は確かにいろいろな命を救ったのかもしれない。だが皮肉なことに二度も妻に先立たれ、自分の人生をもしかしたら幾度も「呪った」のかもしれない。
でもそれでも父は仕事を続けた、生きるために、自分のために。
後悔も、苦しみも、悲しみも、きっと他の創色師にはないものがたくさんあったはずだった。だがその中でも「品質が落ちた」ということは聞かなかった。
自分の側にいた人は、本当に苦しい経験の中、「大切な何か」を見つけた人だったのだと気が付いた。そしてラランにこっそり
「ララン、ユーシンに僕たちのことを話そうと思うのだけど」
「ええ、そうした方がいいと思う、きっと」
話を聞いたユーシンも、「何か」を見つけたような気がした。
「散色師に会えて、その色をつくった創色師も初めてだろうね。頑張るよキザン。なあ淡雪、このにおいを覚えておいて、このにおいの石だ」
「わかるのか? 」
「多分ね、キザン」
とにかくこの一行の共通点は「命色のことが大好き」の一言に落ち着き、悪く言えば「命色バカ」なのだろうとラランは思った。リュウリにしてもコジョウにしても天才と言われてはいるが、何より命色に対しひたむきだった。ユーシンは
「本当に毎日が楽しい! 同じ創色師仲間でも時々嫌がられるんだけれど、それが全くないんだね! 本当にうれしい! 」
キザンとコジョウに出会った時のリュウリと全く同じだった。
ユーシンは赤の町の人からでさえ「没頭しすぎ」のように言われていたようだが、ここにいる全員がそうなので、何よりも心地よさげだった。ラランは二日酔い状態のユーサンの姿から今の変化を見ているので、内心誰かにすぐに話したいくらいの面白い出来事であった。
「なあ、淡雪ばかりを褒めているとリックが気を悪くするぞ」
「そうだね、リック、ごめんね、いつも荷物を持ってもらって。君は絶対に白化してはだめだよ。その美しい栗毛は命色するのが極めて困難なのだから。いつもコジョウが念入りだから、毛並みがもう比類ないものになっている」
「お前・・・褒めるの上手いな・・・もしかしたらお前の師匠ってそうやって育てた? 」
「うーん、あんまりとやかくは言わない人だったね、年配だったから弟子になってから、すぐに亡くなってしまって。それからは手探り状態だったよ」
「へえ・・・女もその手で口説いたりして・・・」
「女性には言わない、言えなくなる・・・・・」
大きな不安はあるけれど、日々は楽しく過ぎていった。
ユーシンが来てから一番変わったのは淡雪だった。
「ユーシン置いていくぞ! 」
「待ってキザン、この石珍しい、凄いぞ淡雪! お前は天才だ! よく見つけた 」
「ユーシン、リックにはこれ以上載せられないぞ! 」
「わかっているよ、コジョウ、今夜には半分以下にするから」
吠えてもどこか楽し気で、仕事をして褒められることがとてもうれしいようだった。みんなは淡雪がもし仲間に加わったら、「ラランにべったり」になるだろうと思っていたがそれは真逆だった。しかし、何故か野宿するときはラランの側で眠った。眠るときだけラランは淡雪を撫でて、それでお互い満足だった。
ユーシンの研究熱心さは、リュウリの父を超えているところもあり、旅をしているから猶更そうなのかもしれなかった。
「此処の山は怪しいとは思っていたんだ、きっといい緑が取れるよ、キザン」
「お前、もう酒はいらないみたいだな? 」
「酒? そんなに飲まないけど」くすくすとみんなが笑ったが
「どうも僕は饒舌になるみたいで・・・・・」と本人もわかっているようだった。
そうしてこの山のふもとの町に行く途中、前と同じような、あの嫌な雰囲気を感じた。淡雪は急に走り出し、大きな道から森に入る小道で待っていた。
「また同じか・・・」
あの時のように森に入ると、木一本分の白化したところが見られた。
近くの湧き水を汲んできて、キザン一人が命色したが、前のように家具や何かがあるわけではなく、よく見ると、土を掘った後があった。今度は一行は急いで町に行き、そこの通信所に聞くと、やはり何故か作物が局地的に不作だという。同じように土地を命色し、あの時限爆弾のような土くれを回収、そして聞いた妙な男の影。
この一連のことで、ユーシンの子供のような姿は一変してしまった。
「僕は足手まといなんじゃないでしょうか・・・」
だがそれに対して、数か月前の自分の経験をリュウリが話すと、ユーシンも
「そうですね、僕もできうる限りのことはしたいです」とリュウリと一緒に鍛え始めた。重い石もなるべくリックに頼らずに持つようになり、一行には「覚悟」ができると同時に「その男を捕まえる」ことが最優先であると結論づけた。警察も動き、だんだんと包囲網のように彼の動きが狭まってきていた。
「どうする、この地区に足を踏み入れるか? 」
コジョウはみんなの意見を聞くかのようにそう言った。
「行くつもりだよ、そこには大きな警察署もある、味方も多い方が心強い」
「そうか、リュウリ、ユーシンも? 」
「格闘の面では一番成長が見られないか? 前が前だったから、自信はないけれど。でもその周辺には色石の山がない、何かあったら十分な色量もいるはずだ。僕を置いていくことはできないだろう? 」
「ありがとう、ラランは警察署から出ないようにしてくれ」
「わかりました」
戦いが始まることを、もう覚悟しなければならなかった。
「この聖域の山です、最近妙な人間の目撃例が後を絶たない。ですから一般の人間は絶対に近づかないようにと通達しています。数か月前から、調査員を派遣しているのです。リュウリさん、ラランさんが経験されたような
「聖域の山の道の歩きやすさ」も感じられます。何かをここでしているのは確かです、真偽のほどはわかりませんが、一人の子供が「マントを着た人間が白化した山に入っていった」と言っています。子供は冒険のつもりで聖域の山にこっそり行ったのでしょう、でもその子のおびえようから、多分本当ではないかと思います」
「警察も特殊マントを作ってはいるのでしょう? 」
「ええ、コジョウさん、鳥の羽を溶かして繊維にしたものです。昔の悪党が鳥の羽が丈夫ということがわかって、財宝などを隠して、取り出すときに使ったようですから。でも耐久時間があります、そう何時間も持ちませんよ」
「淡雪の人間版がいるってことかな・・・」
「キザンさん、その可能性が高いのでは考えています、そう考えるとすべてに説明がつくのです。彼を追っていった警察官が聖域の山の前で見失っています。数名いたのにもかかわらずです。ですがこの人間が武器等々を持っていたという証言が全くないのです。透明な剣を持っていても良いようなものですが、その点は・・・」
「わからないな、油断させるためかもしれないし」
「キザンさん、読みが深いですね。警察の命色師になりませんか? 今言うことではないかもしれませんが」
「ハハハ、まだ候補はいっぱいいるけどね」
「そのようですが・・・」全員が鍛えた体になっているのにここの警察署長は驚いていた。
「若いとは、やはり美徳なのですかね」
「そう思います、たとえ二歳でも」コジョウは答えた。
警察からの話が終わり、コジョウたちは署内の食堂で食事をしていた。ラランは女性警官から誘われて、別の所に行っていた。
「こんにちは、いや今晩はかしらララン、私はリーリーよ。サイサイとは友達なの」
「初めまして! これがウオーフォーですか? 」
馬小屋のようなウオーフォー用の大きな小屋に来ていた。個体別の大きな部屋があるが、完全に仕切られて、扉の部分はおりのようになっていた。
「そうよ、ああ、やっぱり聴色師にはどの動物も同じね、大人しい、ララン小屋の中に入っても大丈夫そうよ」
「ありがとうございます! 」
この警察署にはウオーフォー乗りが十数人いると聞いて、ぜひ会いたいとラランが申し出たのだ。
「ああ、大きい・・・鷲も大きかったけれど・・・」肉食獣にも関わらず、ラランは自然に抱き着いた。
「フフフ、何のためらいもないわね、だから彼らも襲わない、襲いたくないのかもしれない。聞いてる? サイサイったら私を病原菌扱いよ」
「ハイ、ウオーフォーの匂いが付くからって」
「自分の化粧の匂いの方がひどいと思うけど、ウオーフォーだったら絶対に許してくれない」
「そうなんですね、でもリーリーさんはとても綺麗だって、お化粧が必要がないくらい」
「サイサイが言ったの? 」
「ええ」
「初めて聞いた! 手紙でも書いてこないわ」
「フフフ、そうなんですね」
楽しい雰囲気に現れたのはここの警察署長だった。
「やあ、ラランさん、ここに来ていたんですか」
「ハイ、どうしてもウオーフォーに会いたくて」
「署長は一番のウオーフォー乗りだったのよ、私も最初に教わったの」
「そうなんですか」
「今でも毎日一回はウオーフォーの所に来るの、三回の時もある」
「いいだろう? 心が休まるんだ、ここが一番だ」
「ワオーーーーーン」
「ワオーーーーン」
急にウオーフォーが遠吠えを始めた。それは何故か急にラランの心臓を止めるような、体温が下がるような遠吠えだった。
「珍しいわね、びっくりした? ララン」
「いえ・・・あ! 」
そうラランが言ったとたん何かの羽音がして、その小さなものが署長の手に乗った。
警官二人は何もしゃべることなく、その後カサカサと紙の音がした。ラランはそれが「月夜鳥」であろうと想像はついていた。とても小さく夜行性で、警察鳥として
「夜の通信」に使われていることが多いことを。
そうして手紙を見た署長がリーリーに内密に話すこともなく、弱弱しく口に出した。
「サンガが・・・・・敵に捕まった・・・・」
「サンガが!!! 」
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