創色師 ユーシン
「それこそモウ家のネットワークでいないのか? 創色師が」
「モウ家のネットワークの人間を使いたくはない、何のための旅だ、自立の旅だぞ」
二人はいつも喧嘩腰であったが、お互い味方がいるようだった。
「なあ、そう思うだろう、淡雪」とキザンは犬を見て、コジョウはリックを見る。
「フフ、どっちも味方しないって言っているみたい」
「それはない、ラランちゃ、いやララン、そう言えばリュウリ、お前のおやじさんの弟子とかいないのか? 」
「今やっと弟子をとってやっているところだよ、あ! 」
「ああ! 」
と兄弟が同じ声をあげたので、キザン達は驚いて
「何かあったのか? 」
「赤の町の・・・」
「そう、赤の町の・・・」
「ユーシンだったっけ、ララン」
「そう、確かそうだった、もう何年も前の事だったから忘れかけていたわ」
二人にしてはつらい思い出だった。母の体調は良くなっては、また悪化しての繰り返しで、そんな中、遠い赤の町からわざわざ「弟子にしてほしい」とやってきた青年がいた。今の自分ぐらいだろうか、父はしばらくその若い男と話をして、丁重に断りを言った中、自分たちを呼んだ。
「これは息子のリュウリ、命色師の卵だ。この子は娘のララン、この子も聴色師の卵、彼は赤の町のユーシンさんだ、いつか会うことがあるかもしれない、その時はよろしく頼むよ」何人かの志願者の中、そう言ったのは彼にだけだった。
「ということは、見込みがあるってことなんじゃないのか? 」
「ごめん、すっかり忘れていた」
「仕方がないさ、そんな時なんだ、じゃあ、赤の町に行ってみるか? ここからはそう遠くないから」
「そうしてみよう、彼が父に持ってきたのは「赤」ではなかったから」
「なるほど、それだけ自分には自信があるということかな」
「でも・・・はっきりとは覚えていないのだけれど・・・そんな強気な人ではなかったような」
「うん・・・顔は・・・正直そんなに覚えていないんだ」
「まあ、名前だけで十分だろう」
一行は赤の町に入った。
「コジョウとラランちゃ・・は別行動の方がいい、有名だから」
「そうだな、強烈に売り込まれるのは苦手だからな、任していいか、キザン、リュウリ? 」
「もともとは俺のための創色師、ああ、リュウリはそのフードは隠しておいた方がいいな、彼らにとってお前たちの町は最大のライバルだから」
「わかったよ、じゃあいこう」
昼過ぎに着き、宿で一休みしてからそれぞれの行動に出た。コジョウはどうしようか悩んでいたのだが、しばらくしてラランの部屋をノックした。
「ララン、外に出ようと思うのだけれど、一緒に行くかい? 」
「ありがとう、でも・・・迷惑じゃないの? 」
「どうせ食事も外で取らなければならないから、一緒の方が都合もいい。もし、疲れていないのだったらだけど」
「ありがとう、じゃあ一緒に」
そうして外に出た。
ラランはまるで森と同じように、町から何かを感じ取っているようだった。目で見ることができれば、洋品店の服や何かで楽しむこともできるだろうが、そう自分が出来なくても、ラランは穏やかな感じで一緒に歩いた。
「救い人と格好のいいお兄さん、この果物は二人へのサービスよ」
と物をくれる人もいた。だがコジョウは自分の家で、ラランがサイサイと
「遊びではない何か」をしていることに気が付いていた。それを知りたいという気持ちもあり、またサイサイからも
「ラランからは一応苦情らしきものはなかったから安心したわ、でもたまには町でも歩きなさい、ラランだって女の子なんだから」
と言われたので、馬鹿正直に行動している。
「ここは、この町は・・・本当に赤いのですね、でも赤だけではないような気がする、どこか灰色の線があるような」
「それはイメージなのかい、ララン? 」
「ええ、そんな感じです、リックに乗せてもらうようになって、気が付いたんです。その地方地方の色があるということに」
「地方色ね、風習と言うことじゃなくて? 」
「ええ、一色の所もあればそうでないところもある。ここは赤一色になりそうなものなのですが」
「実は最上の赤の色を作るのだったら、灰色の石がいいと言われているんだよ、その点は秘密だろうけれど」
「そうなんですか、だから灰色が強い線なんですね」
「じゃあもしかしたら、サイサイと話していたのは」
「ええ、私の感じた色を、実際の地図に塗ってみたんです。サイサイさんは「何かの形が出来そう」とはおっしゃっていました」
「それなら、私に言ってもらったら良かったのに」
「コジョウは・・・忙しいです・・・このことは後ででもできることでしょうから。何の役に立つのか分かりませんが」
「いや、そう言うことは大事だろう、でもそんなことをしていると、ラランの方が疲れないかい? 」
「実際に聴色をしているわけではありませんから、こちらの方が気が楽です。前から何となくそうではないかと思っていたのですけれど、リュウリと二人だと・・・」
「君をあまり外には出したくないだろうからね」
「気を回し過ぎかも」
「いや、女の子だ、当然だよ。そうだ、どこか行きたいところがある? その、買いそろえなければならないものとか・・・」
「ありがとうございます、今はサイサイさんが揃えてくれたもので十分です」
「サイサイがね・・・姉というより兄だから」
「そんなことはありませんよ、尊敬しています、とても」
夕暮れの町、至る所で美味しそうな匂いがして、二人は幸せな気分だった。
一方、キザンとリュウリは酒場にいた。
「キザンなんて一見飲めそうだけど」
「みんなからそう言われる、お前は全く駄目だろう? 」
「酒をお美味しいと思えない、どうして存在するのかもわからない」
「ハハハ、大きな声で言うなよ、叩き出されるぞ」
「ああ、わかっている、でもここの料理は美味しそうだ」
「兄としてコジョウとラランちゃんは心配じゃないのか? 」
「全然」
「ほー」
酒場には一人また一人と男たちが入って来ていた。キザンが大量に食べるので、長い時間いてもおかしくはなかった。
「やっぱり、俺たちの赤が最高だぜ、いかな神の怒りを受けなかった町でもかないはしないって!」
「畜生、赤の買い取り額が下がったらしいな、冗談じゃないぜ! 」
ユーシンという名前はわかっているのだから、直接訪ねて行っても問題はなかった。だが彼がどういう人間であるか、また旅ができ、仲間として自分たちの中に入って来れるかどうかということが問題だった。他人からの情報もあった方が良いのだ。
「俺も強い、コジョウも強い、ラランちゃんも芯が強い、お前も頑固な所もある、リュウリ。そんな中でやっていくのは」
「大変だろうね・・・」
「なあリュウリ、俺たちは酔わなくても本心を言うことができる、だがそうじゃない人間もいるってことさ」
「なるほど、そうみたいだね」
酒場は一層にぎやかになって、色々な所から名を呼ぶ声もするが、なかなか
「ユーシン」という言葉は聞こえなかった。
「無駄だったかな」美味しい食事をほおばりながらキザンは言ったが、リュウリは店の隅に一人でちびちびと飲んで、食べている若い男が目に入った。
「あれは・・・」確かに何人かそうしている人間はいたが、記憶に引っかかるような感じがしたのは彼だけだった。
「リュウリ、どうした? 」
「彼かも・・・」そう小さな声でつぶやいた時に誰かが
「おい! ユーシン! そう思うだろう! 」と酒場中に聞こえるような声で言った。そうすると、何故か一斉にけらけらとみんな笑いだし、手を叩くものもいた。
「来いよ、ユーシン、あの町に行っても裏切り者とは思っちゃいないよ、飲めよ!! 」
「いや・・・僕は・・・」
そう答えるユーシンを、誰かが無理やり引っ張って店の中央に座らせた。
「これで水に流そうや、ユーシン! 」
大きなコップになみなみと酒が注がれて、それをびくびくとしたユーシンが両手で持った。
「ひどい」
とリュウリが立とうとするのをキザンは無理やり座らせて、
「此処の流儀を見て見よう」と様子をうかがった。
「さあ、ユーシン! 」
「ユーシン! ユーシン! ユーシン! 」というコールに逆らう訳にはいかず、彼は一気に飲み干した。一気に顔は赤くなり、どっさりとイスに座った。
間髪入れず、二杯目が注がれたと同時、今度は自らさっとコップを握って飲み干し、今度は大きな声で叫ぶように言った。
「何が神の怒りを受けぬ町だ! 人が遠くまで足を運んだのに、一度目は仕方がない、俺だって人の心ぐらいわかる、奥方が病気で弟子を引き取れないのは。だが今度は息子も娘も命色師として家を出たからって訪ねて行ったんだ、今度は何ていわれたと思う? 「どうして来たんだ? 君はこの前の段階で十分力があるからと話したと思うんだが・・・」だぞ! だったら「君は天才じゃないか! きっと才能は私以上だからここには来なくていい」ぐらいのことを言ったら良いだろう? わざわざあんな奥地まで、ウオーフォーの遠吠えまで聞いて怖い思いもしたのに! こんなのってありか? 」
笑い声と喝さいが起こった。
「でもしばらくいてわかった、あの街の欠点はこれからは致命的になるぞ! 」
「本当かユーシン」
「そうさ! 俺たちの作る色はどこの色とも混ぜることができる、特に赤はやっぱりいい、ピンク、紫、最高のものができる。黒の中に混ぜても最高に光る」
「黒の中に? 」
「ああ! そうだ! 俺たちの赤はやっぱり無敵だ、だが俺たちの技術が上がって色量が増えれば増えるほど、価値は下がってしまう。だが見つけたんだ、この町の赤と抜群に相性の良い白も、青も見つけてきた! ここで配合して出せばいいんだ、そうすれば赤の値段も落ち着く。赤は赤で必ずいるから。俺たちの腕はもう最高に上がっているが、同じことだけをやっていてはダメなんだ。山から赤が取れるということは、他の色もちゃんと探した方がいい、赤がこれだけ上質ならば、他の色もそうかもしれない、留まっていてはだめだぞ、俺たちはさらに先に進むんだ! やがてこの町が世界の創色師の中心となるように! 」
「おー!!! 」
店は一気に盛り上がり、どこかで歌も聞こえ始めた。
「お前にはちょっと腹立たしいか、リュウリ? 」
「いや、そうでもない、面白い人だね」
「俺も面白いと思う、暇なときに酒を飲ませて・・・」
「おもちゃにするつもりかい、キザン」でもリュウリにはわかったことがあった。それは酒場の人間の言葉そのままだった。
「ユーシン!!! お前のために酒はある!!! 」
次の日の昼にユーシンの工房を訪れた。工房といっても自宅の入り口の部分で、彼の父は石切り場の職人だった。しかし入ってすぐに、とてもやさしい気持ちになれた。
棚に美しく並べられた色の見本、そして多すぎると思うほどの小さなすり鉢も、色ごとにきちんと並んでいた。それが白や黒、赤、青、といった基本的な色の所にたくさんあって、棚の幅もとても広かった。
「これって、リュウリのおやじさんがやってたのと同じってことか? 」
「ああ、そうだろうね。若いのにすごい技術だ」
鉱物にももちろん差がある。例えば白にしても同じ産地だからと言って、まったく同じものにはならない。それを「均一化」するために何か別の色をほんの少し混ぜたり、しばらく青色を作るために使ったすり鉢でわざと白を作ったりするのだ。
リュウリの父はよくこう言っていた。
「私の色、であることが大事なんだと思うんだ。この白を私の白と決めたのなら、それと同じものを作り続けなければ、使う命色師も困ってしまうだろう? 」
父の色は「使い易い」とリュウリは思う。いつも同じ配合で作れば全く同じ色ができる、品質が悪いものではそうはいかない。
命色師たちは飽きることなく、若い創色師の工房を見学していたが
「すいません、旅の後、深酒してしまったようで・・・まだ起きてこないんです。ああ、あの街から来られたんですか・・・お父様が・・・すいませんね、起こしてきます」
恐縮した母親に「また明日でも」と言ったのだが、彼女としてはとてもうれしい出来事なので、ユーシンは無理やり起こされ店にやってきた。
「すいません・・・状況がよく呑み込めなくて・・・」昨日の酒が入る前のユーシンだった。
「明日来た方がよくないか、リュウリ? 」
「え! リュウリ! あなたが息子さん? あなたの噂はずっと聞いています、命色したものも見てきました。大変すばらしい命色師で・・・」彼の様子から見るに、説得する役はリュウリが最適の様だった。
「すいません、できればあなたの腕を見込んで、私たちの旅の一行に加わっていただけないでしょうか? あなたがここに来られるまで、色を見せてもらいました。とても丁寧です、妹のラランも「あなたの色はすべてのものに使えるだろう、心がこもっているから」といっています」
「ああ、ラランさんですね、若いのに聴色師として本当に素晴らしい力をお持ちだ。命色されたものからは、「また生きていける」という喜びを感じます。
こちらからどうぞお願いします、同行させて下さい、あなたたちの要求にこたえることが最高の創色師への道です。僕は極めたいんです、この道を」
ほんの少し酒が残っているようだったが、話はすんなりまとまった。
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