会議
この国最大の都市は、海からふた山程超えた所にあって、大きな河も流れているため交通の便もすこぶる良い。昔から王都として栄えては、また衰退し、ということを繰り返してはきたが、戦乱の世が終わり、ここを首都として定められてからは二百年変わらぬままである。モウ家の屋敷はこれからさらに一山超えた所にあるが、大きな集会は首都で行われることになっていた。
モウ家の先代の当主(コジョウの祖父)はこの集会のあり方について根本から検討し直し、毎年出席するものは長たる自分と他重要な人間だけとし、一般の命色師達には数年に一度の出席を義務とするようにした。規則を和らげたのだ。しかし、そうして以来初めての「全員出席」の命が下っていた。
コジョウの父キリュウは「切れ者」として有名だった。若い頃はそう目立った存在ではなかったが「かわいい子には旅をさせ」の親心から他国で研鑽を積み、東の国に帰ってきたときには妻を伴い、父すらも驚く命色師へと変貌していた。もともと眼光は鋭いものがあり「目だけは只ものではない」という陰口は、むしろ予言のようにもてはやされることとなった。
自分が国内外でいろんな経験をする中、キリュウは何かうごめくものがあるとは感じていた。しかしそれが大きな動きではなかったため、しっぽすらつかめず、とにかく他国の命色師との連絡をさらに密にすることだけしかできなかった。
子供も生まれ、その二人が類まれな資質を持った人間であることでさえ、純粋な喜びに浸ることができなかった。それよりも、これから起きることの道具として、わが子を使わねばならないのではという懸念の方が先に立っていた。
そしてそれは現実味を帯びてきていた。
山を下りながら見える首都の姿に、リュウリは驚きよりも、自分が迷子になるのかもという、子供じみた不安が先だったのがおかしかった。だが、すぐにコジョウと合流して、
「片付けに手間取った」というキザンも追いついて、ほとんどが木でできた建物の町を歩いた。
「集会場に行こう、父もいるだろうから」
細工が至る所に施されていた美しい木の門をくぐり、大きな広い石畳の広場に出た。さらにその正面には大きな建物があった。瓦屋根の荘厳なものだった。
「昔の後宮だったらしいよ」
「後宮? 」
「リュウリ、知らないのか? 」
「王様の、お妃たちの居るところ? こんなに広いの? 」
「ばかげている」そうコジョウが言って進んだ。
「すいません、コジョウです、今着きました」その大きな部屋には一人だけしかいなかった。大きな演説台の上、考え込むように資料なのか、手紙なのかを見ていた。ゆっくり顔をあげて、三人を見てふっとほほ笑んだ。
「なかなか頼もし気な一行だな、私がキリュウ=モウ、コジョウの父だ。キザン君とは会ったことがあるが、リュウリ君とは初めてだね。ラランさんは家にいる。君たちはここに泊まるといい」
「後宮にですか」
「我々の宿泊施設だ。女性のお化けが出るそうだよ、楽しみだろう? 」
「冗談ですか、お父さん? 」
「さあ・・・私とは集会が終わって話をしよう、他の命色師に謝って、話した方がいい、これからのためにもな」
色々な意味で豊かな人だとリュウリは思えた。
「キザン! コジョウ! 」宿泊施設では楽しい再会が待っていた。
「キザンと名乗っとるんか、お前は全くもう・・・」
「悪かったよ、でも今はこうして散色師になれた、感謝しているよ」
「大変だったな、白化の池、俺も見たんだコジョウ、お前のやり方で何とかなった」
そんな中一人ぽつんといるリュウリに誰かが近づいていた。
「リュウリ」
「老師! みえてたんですか!」
「全員招集だよ、私だって端くれだ」
「君がリュウリか、そうか、この人が先生だったらあれだけ丁寧な命色もできそうnなものだ」
「おい、お前の師匠もここにいるんだぞ、それはお前の腕の問題! 」
「ハイ! 」最後の命色師たちの登場にしばらく沸き返ったが、やはりすぐに
「現状」の報告会になった。
「色々聞いてみて総合的に判断したんだが、どうも白化の元凶として動いているのは一人の様だ。背格好、その姿から見てもそうだ。同時ではない。最初にリュウリ君の故郷の方から始めたような感じだ。それからこっちに向かってきている。しかもそんなに速度も速くない。馬を使っていないようなんだ。聖域の山の盗掘は、かなり大がかりでやっているらしいけど。なあ、本当に半透明の犬がいたのか? 」ある命色師が言った。
「ああ、途中までついてきていたが、先に行ってしまってね、今はどこにいるのかわからない」
「ラランとサイサイさんの所に行ったのかな」
「空だから、追跡は無理だろう、でも白化したものには吠えていた」
「白化したわけではないのか? 」
「うん・・・」
淡雪のことは過去に事例がなかったわけではないので、最終的にはみんな納得したが、とにかく「妙な男」のことが気がかりだった。
そして聞きたくない話もあった。
命色師の中にもどうしても「悪に手を染める者」が出てくる。数はそう多くはないが、もちろん資格がはく奪され、昔はその印として顔に大きく
「白化」による火傷を負わされたという。
「どうもその人間を見たという噂もある」
「しかし、それはもう百年以上昔のことだ、生きているはずなどない」
「そうなんだが、よくわからない、そしてどうもそんな人間が集まっているところがある」
「なるほど、アジトってわけか」
「マグマが突き止めたらしい、最近マグマが大活躍だからな」
「理由はわかる」
明日の会議で話されることの半分は、済んでしまったようだった。
命色師たちは、この少々薄気味悪い所で、疲れからかぐっすりと眠れた。
昨日見た伽藍洞の会議室は、大勢の命色師で埋まっていた。中心に向かってだんだんと低くなってゆくその造りは、本当に「このためにある」ような構造で、五百人以上いるだろうか、様々な色の服、暑さで服を一枚脱げば、ほとんどがベストを着ていた。仕事の途中で寄ったものがほとんどの様だった。
普段の会議では動植物の新種の発見によるものが多く、それに対してつい眠ってしまうようなものもいたのだが、今回のものは皆始めから耳を凝らし、集中して聞いていた。
「北の国では透明な剣を使った形跡があり、その切れ味は普通のナイフと変わらない程度までなってきている。北の国ではその鉱石の場所を突きとめており、今後は採掘は出来ないようにした。しかし、油断は絶対に出来ない、折れた透明の剣でいろいろ試したが、白を一度命色してしまえば、極端に切れ味が下がる、それから元に戻すことは不可能だ。慌てずに対処してほしい」
危険が迫っている現状、新種について、小さな法的な処置の変更等々、
一日の会議が終わると命色師たちはぐったりと疲れてしまった。
「こんなに疲れた会議ははじめてだよ、リュウリ、ララン」
「そうですか、老師」
「だから老師は止めてくれ」
「ハハハ」「フフフ」
しかし、若い二人の急な成長を見ることができ、彼は大満足だった。
「お父さんに良い報告ができるよ、リュウリ、ララン」
娘夫婦がこの町の近くに住んでいるというので、老師とはすぐに別れた。
「そう言えばリュウリ、淡雪はどうしたの? 」
「どうしたと思ったら、リックの側にいた」
「そう、良かった」
それからみんなでコジョウの屋敷に行くことにした。
後宮から比べれば、かなり質素ではあったが、やはり大きな建物だった。石造りのものはこの世界では珍しかった。
「金持ち! 石造りだもんな」
「命色師だから、石とともにあるのが普通という先祖の教えだ。色石の山の半分は使い物にならないのだから、それを使っているだけさ」
そしてキザンの言った通り年配の召使、協力者ばかりだった。
「あら? 母上様は? 」
「長期外出中だ」
「夫婦仲の事で? 」
「お前はそこに土足で踏み入れる気か? 」
「いや、心配から、お母様は好きだったから」
「そうか、じゃあ心配するな、そう言うことではない」
「それは良かった」
一行は危険から解き放たれたような気分だった。コジョウの家でリュウリは存分に命色の本を読み漁り、サイサイは自分の服をラランに着せたりして、数日は楽しく過ごしていたが、一週間もしないうちに出発することにした。キリュウも仕事が忙しいようで、家にいる時間はほとんどなく、親子の会話よりも命色師たちとの今後のことについての話が多かった。
「リュウリ君、もっとゆっくり時間があればいろいろと質問に答えることもできただろうけれど、すまなかったね」
「いいえ、久々にのんびりできました、ありがとうございます」
「キザン君、体の中の汚れは取れたかね」
「ハイ十分に」
「ラランさん、とにかく体には気を付けて」
「ありがとうございます」
「コジョウ、頼むぞ」
「ハイ」
皆は出発した。屋敷の者の中には泣いているものもいた。
「散色師、聴色師、優れた命色師・・・時代が人を生むのか」
キリュウは部屋に一人帰り、ぽつりとつぶやいた。
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