彩色師サイサイ
「何をしているの? みんなもう集まっているのよコジョウ? 」
少し低い声はビブラートでもかかったような美しいものだった。鳥に乗る人間特有の、体をぴっちりと覆う服とブーツと手袋、本来なら髪も短めにするのが普通なのだが、彼女は布で頭をきつく縛り上げその中に髪を隠しているようだった。そして何よりも美しく化粧をしていた。動物に乗るものには珍しかった。
「お父様がお冠よ、息子が遅れているなんて」
「一週間後だったろうに? 」
「早くなるって連絡が行かなかったの? ハヤブサを飛ばしたのに」小型の鷹の郵便である。ハトと同じように帰ってくる。
「もしかして食事をしているんじゃないのか? 誰を飛ばした? 」
「キュイ」
「だめだ、あいつは食いしん坊だから」
「厳しくしつけたんだけど、お父様もあんたが来ないからみんなに謝っていたわよ、誰かさんの時みたいに、ね、ホーホーちゃん元気? 」
兄弟の会話が一段落した後で、サイサイは一行を見た。
「はい、サイサイさん、でも最近はクレームは少ないはずです。
でもいつ聞いてもサイサイさんの「お父様」はいいですね」
「ギャップがあるって言うんでしょう? まあ、ホーホーちゃんも名前負けしないように頑張って」軽くあしらわれるような感じだった。
「ああ、初めまして、リュウリとラランね。私はサイサイ、コジョウの姉よ」
「ハイ、お話は聞いています」
「二人とも聞いたままなのね、でも、リュウリ君はきゃしゃだって言う話だったけれど? 」
「僕も成長はするので」
「そうね、ホーホーちゃんも腕をあげているみたいだし」
「ありがとうございます、サイサイさん」
「もっと上がったら、呼び方を変えるわ、今の呼び方好きなのよ」
「ご随意に」
「で、何をしているの? この山はすぐに越えられるでしょうに」と周りを見渡しながらリックに近づき撫で始めると、みんなは淡雪が遠く離れた所にいるのに気が付いた。
「ハハハ、あの犬ね、きれいじゃない。でも犬は飛行鷲を見るとみんなそうなのよね。おかしい、距離も同じくらい離れている」と言いながら、木の枝にいるオウムに目が行った。
「何? 見たことのないオウム・・・」サイサイが近づいてもオウムは逃げなかった。目が半分くらいしか空いておらず、逃げる力が残っていないようだった。
「そのオウムの命色に時間がかかって」
「えっと・・・五色オウムかな」
「やっぱり? 」
「半年前に生きた個体が見つかったのよ、知らないの? 私たちは命色師よ、生き物のことは知っておかないと。コジョウは国を離れていた時期ね、あれからバタバタしていたから、教えてもやれなかったっけ、それは姉として謝るわ。
でも、五色オウムさん、あんたたちはプライドが強いからね、もっといい色になりたいんでしょうけれど、でもこれ以上は死んでしまうわよ、いい加減に諦めなさいよ、死にたいの? 」
顔をぐっと近づけて喧嘩腰のように言うと、オウムは今まで見せなかったような神妙な態度を取った。
「やって頂戴、命色を」
そうサイサイが言うと、オウムは本当に大人しく地上に降り立ち、羽を大きく広げ、蝶のように身を伏せた。
「さあ、やろうリュウリ」
「ああ」色のすべてはリュウリの父の作ったもので統一することにした。
「私が言いましょうか? 」
「ああ、サイサイお願い」とコジョウの言葉にサイサイが呪文を言い始めた
「神の怒りを受けぬもの この色とともに 我らとともに 生きよう
命色」
その言葉の後命色が完了した。
全体的な白の中、他の色は胸、頭頂部など様々な所にあって、羽のものは左右対称のような「感じ」だったが。その色も子供が塗った絵のようで、色の境目がはっきりとしない、ざっくりとしたものだった。
ボンボンオウムは真っ白で、ボンボンの先と目の周りだけが薄いピンクとも青ともいわれていて。シンプルで美しいと、絵でも言葉でも賛美されていた。
その憧れなのか、オウムは命色が済んだ体を首を回しながら見ていた。
「まあ、いいんだけれど」とでも言いたげな様子で、だが先ほどと違って、しっかりとした生気を取り戻した目になっていた。
「ちょっと不満そうですね・・・」ラランが言うとサイサイは
「リュウリ、あなたの持っている色を見せてもらえる? 」
とリュウリの色を選び、ほんの少しだけもらって、自分のベストにあった数色の色とを、とても小さなすり鉢ですった。
「紫・・・ですか? 」
「そうよ、日差しでちょっと光る」そしてすぐさま、オウムの側に行き、
「さあ、黒の部分にこの色を刺すから」と肩の所にある黒く長い紋にその色を足して、両手でまた呪文を唱えた。
「コジョウと同じ命色光だ・・・」
リュウリとキザンは小さな驚きを見せたが、その左右の翼部分の光はとてもとても小さな光だった。
「私にできるのはこれだけ・・・」
少し小さな声のサイサイは、さっきまでとは別人のように、穏やかだった。
翼の部分は、確かに前に比べればほんの少し紫があるようには見えたが、人の目にはそれほど違ったようには見えなかった。しかし。
「ケケケ! ケケケ! 」
いかにもうれしい、鳥に表情があるのかと思うほどに五色オウムは喜んでいるようだった。すぐさまサイサイの肩に乗り、顔を何度も何度も摺り寄せた。
「そう、喜んでくれた? 良かった。でも一番苦労してくれた人の所に行かなければね、そうでしょう? 」
その言葉を聞き五色オウムはすぐにラランの所に飛んでいった。そして同じように顔を摺り寄せたかと思うと、
今度は嘴を
「チョン」とラランの口に当てた。
「ハハハ、お礼のキスみたいよララン、良かったじゃない」と笑うサイサイとは対照的に、ラランは固まったようになってしまった。
「あーあーファーストキスだったのにね、ラランちゃん」
その後、キッとラランはキザンを睨みつけ、クスクスと他の人間は笑ったが、
「さあ、行きなさい、この南にはあなたたちの仲間がいる、そこまで頑張って飛ぶのよ」五色オウムは空高く飛び、南の方へ向かっていった。
「絶対あの中は人間だって」
「そうかもね、ホーホーちゃん」
「でも凄いです、鳥があんなに嬉しがって」
「ララン、あなたが砂漠の蝶に赤を刺したのと全く同じことよ。
私は彩色(さいしょく)師、命色できる部分は少ないけれど、特殊な色を配合するの、経験と勘でね」
「だから・・・お化粧をしているんですね」
「そうそう、練習台。もともと動物は化粧の匂いなんか嫌がるものが多いから」
「でも、どこか懐かしい感じがするのは・・・」
「そう言うこと、あなたのお父さんのものを化粧品として使っているのよ。動物たちが全く嫌がらない、わかっているのね」
「え! あの色を化粧品に? 」
「私の旦那さんになる人はお金持ちじゃないとね」
「ハハハハハ」
「さあ、それじゃあ、私たちは先に行っているわね」
「私たち? サイサイ、ラランを鷲に乗せるのか? 」
「ラランは軽いから。それに私が覆いかぶさっていくから大丈夫、一時間とかからないわ。どう? ララン、大丈夫? 」
「はい! 一度乗ってみたかったんです」
「じゃあ、行きましょう」
「サイサイ、スーツも着せずに」
普通の服では空気抵抗が大きいため、鷲も飛びにくく、また人間も危険なため体にぴったりとしたものをサイサイも身に付けている。
「あのね、二人乗った時点でそんなにスピードも出ない、出せない、鷲もわかっているのよ。休み休み行くから。この次はスーツを着てもらうわ。でもマントは危険、帽子もね。リック荷物お願いね。嫌な顔しないのよ、何日かしたらまたラランはあんたに返すから。さあ、ララン、行きましょう」
「ハイ」
ラランは身支度をして、鷲と自分体をベルトで結ぶように言われたので、その通りにした。
「急いでね、コジョウ。明日には始めるわよ」
「わかった、ラランを落とさないでくれ」
「誰に向かって・・・じゃあ、先に行っているわ」
「ララン! 気を付けて! 」
「ありがとう、リュウリ、キザン、ごめんなさい先に行きます、また」
「今度は俺がリックに乗るよ」
「そうねキザン、じゃあ」
鷲は空に舞い上がった。しかし、確かに来た時に比べれば高度は低いような気がした。
「ああ、サイサイさんとの時間って・・・いつも短いんだよな」
「まあ、これであきらめがついたろう? 高額の化粧品だ、昔の王侯貴族じゃあるまいし、勝手に私の色を使って、何度か喧嘩になったことがある」
「でも命色の、彩色のためなんでしょう? 」
「それがどうだか・・・」
「お前が言うのか、キザン」
「俺と関りが深いから」
「そう、まあ、とにかく誰がリックに乗るかはじゃんけんだ」
「僕はいいよ、今から走る。じゃあ、荷物はよろしく」
「おいおい! リュウリ! 」走り出したリュウリの後を淡雪が追いかけて行った。
「じゃあ、お前がリックに乗れ、俺も走る、片付けよろしくな」
「おい! 」それを見てリックも走ろうとしたので、
「リック、ラランちゃんの荷物がある」と言うと不思議と足を止めた。
一方、女二人は鷲の上で、身をかがめていた。
「道中、危険なことはなかった?」囁くサイサイの声に、ラランは向かい風の中、小さく頭を動かした。
「大丈夫、これからも、あなたのことは私たちが守るから」
サイサイには一部しか見えなかったが、ラランはとてもうれしそうな顔をした。
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