語られない話
影宮
第1話
私はお父さんが大好きだ。
優しくて、面白くて。
でも、どうしてだろう?
最近は、あまり話せなくなった。
考えてみよう。
お父さんは毎日、お仕事がある。
私は毎日、学校がある。
すれ違ってばっかりな朝。
お父さんは毎日、よく遅くに帰ってくる。
私は毎日、夕方に帰った。
会うことの無い夜。
大好きだったお父さんが、だんだん嫌いになる。
大きな理由じゃない。
大嫌い、なんて言ってみる。
喧嘩をしたわけじゃない。
どんどん近いはずの距離が遠くなった。
きっと、私のせい。
お父さんが単身赴任になって、家に帰ってこなくなった。
完全に会わない朝。
帰りのない夜。
喋る機会すらない。
お父さんのせいだった。
近くにあった、この距離は、遠くなった。
私は毎日楽しかった。
お父さんなんて考えなかった。
きっと、私のせい。
お父さんは、喋れなくなった。
私、の、せい。
お父さんは、会えなくなった。
お父さんは悪くない。
私の中で雨が降った。
お父さんは、単身赴任。
永遠の単身赴任。
今日、帰ってくるはずだった。
私は、私が大嫌いだった。
お父さんとの最後の会話。
行ってきます。
行ってらっしゃい。
いつ言っただろう?
いつの行ってらっしゃいだったんだろう?
私はいろんなものをせめた。
車。
雨。
私。
そして、お父さん。
大好きだった。
帰ってくることが当たり前だった。
帰ってこないのが当たり前になった。
もう、帰って来れないのだと知った。
距離は、遥か彼方。
お父さんがいなくなったのを、感じたのはまだ遠い。
単身赴任。
そう思った。
そう思いたかった。
お父さん。
行ってらっしゃいは、いつだったかな。
行ってきます、言ったのはいつだったの?
行ったきり、言ったきり、いったきり。
いつでも伝えられた。
もう、いつだって伝えられない。
帰ってこない。
帰ってこない。
いったきり。
行ってらっしゃいの最後、行ってきますの最後。
家族なら、いつでも伝えられることは、伝えられる今言おう。
どうでもいいことでもいい。
伝えないでいるよりも、ずっといい。
何が最後になるだろう?
何を最後にするだろう?
今いる今日が最後になるかもしれない。
昨日が最後かもしれない。
明日が最後かもしれない。
大好き、行ってらっしゃい、おかえりなさい、なんでもいい。
近いからこそ、今。
電話?手紙?LINE、メール?
口で、声に乗せて言って。
会えなくなる前に。
その目で見て。
いつが最後かわからない。
距離を、忘れないで。
ふとした時には、いないから。
お父さん、ごめんなさい。
いっぱい、言わなきゃいけないことがあったよね。
いっぱい、言いたいことがあった。
近いからこそ、後回し後回し。
私のせい。
お父さんのせい。
大好き、も。
大嫌い、も。
いっぱい、言っておけば良かった。
お父さんがいなくなって、大人になって、今度はお母さんも消えそうになった。
病院へ通う毎日。
お母さんへ、お父さんに言えなかったことをいっぱい言う。
言えなくなる前に。
お母さんも、大好き。
入院。
永遠の入院。
もう、遅いなんて思いたくない。
言いきれなかった。
私の中で、病院の匂いが詰まる。
距離が、遠い。
遠い。
今すぐにでも、伝えて。
どうでもいいことでもいい。
照れくさくても、今。
数時間後にはいないかもしれない。
振り返ったら手遅れかもしれない。
後回しになんてしないで。
言わない、なんてやめて。
大好き、も。
大嫌い、も。
後悔はしないで。
その口を閉じないで。
次、なんて来ないかもしれない。
喧嘩?愚痴?
そんなものでもいいの。
いっぱい、話して。
人はいつか、死ぬのだから。
いつ、死ぬかわからないのだから。
家族、友人は一生もの。
愛しい恋人、新しい命。
どれにしたって、振り返ればもう遠いものかもしれない。
今、を大事にして。
今、を伝えて。
後回し、になんてしないで。
語られない話 影宮 @yagami_kagemiya
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