シロップ
あの撮影体験から数日。今日からは通常授業が始まる。部登録まで1週間を切った。先週の撮影体験に来てくれた子が少しでも入部してくれたら嬉しいなあ。とりあえず、今日の放課後にまた、と橙子と話しながら廊下で別れた。
新しいクラスに、新しい先生。そして新しい授業。学年が上がったら上がったでいろいろと新しい環境になじまなければならない。ぼーっと黒板の文字を眺める。授業は古典、源氏物語の『紫の上』だそうだ。私たちと年齢の近い18歳の男の人が主人公。亡くなったお母さんに激似の初恋の女性がいて、旅の道中でその女性に似ている10歳くらいの女の子を発見したらしい。「マザコンじゃん」「いや、ロリコンでしょ」と、男子たちが騒ぐ。先生が、「興味を持ってくれたし、詳しく内容を見ていこうね」と言って、単語を書き出してゆく。窓の外には、新芽が出てすっかり緑になった桜の木が、日の光を浴びていた。
部室に入ると、紫音と1年生がパソコンを見て何か盛り上がっているところだった。ここ数日は、あの撮影体験のデータを印刷するために来ている子が多い。1人は「絶対に入部します」と宣言してくれたが、いい話だけではない。中学校からの先輩に呼ばれて違う部へ入ることになりそうだとか、塾へ通うために部活に入ることができなくなったと申し訳なさそうに話してくれる子もいた。それでも、1人は入ってくれるとわかった私たちは、少し安心している。
「じゃあ、相談会行ってきまーす」
今日と明日は、大講義室で各部代表者による相談会が開かれる。入部するにあたっての質問や不安を、まとめて聞きやすくするというねらいがあるらしい。列ができるのは、人気の部だけなのだけれども。
1台ずつ割り当てられた長机に座る。3つ隣の書道部は、同じ文化部でありながらも昨年大きな大会に出ただけあって大人気だ。うちの部は誰も来ないから、暇。同じく暇そうにしている隣の華道部の子と「今年も文化祭でコラボよろしくね」と話す。
あと40分もある拘束時間にため息をつきながら、椅子にもたれかかる。
「あれ…?」
少し開いたままのドアの隙間から、通り過ぎる人影が見える。誰か、今、知っている人がいたような気がする。誰か様子見に来てくれたのかもしれない、もうみんな帰るころかなあ。ひたすらに進みの遅い時計の秒針がもどかしかった。
階段を上ると、鍵が見えた。やっぱりもうみんな帰ってしまったようだ。中に入ってパソコンの電源を入れる。この前印刷した写真を家で印刷しようとしたところ、プリンターのインクが切れておりできなかったのだ。学校でやろうとカードを持ってきてはいたのだが、ここ数日はパソコンを誰かに占領されていたからそのままだった。
データを読み込み、調整をして印刷する。誰もいない部屋に印刷音が響く。
「あー、やっぱり」
思わず口に出してしまった。カロンで撮った写真は3枚。そのすべてにフレアが入っている。これはこれで味があっていいか、と思いながら机に置く。
ガラリ、と音が聞こえた。
「あれ、まだ残ってたんだ」
「ビラ配った後…図書室に行ってた。もしかしたら瑠璃がいると思って…」
入り口に立っていた翠が、手に持った文庫本を見せる。
「じゃあ、一緒帰ろ」
印刷した写真をカバンに入れ、部室を後にした。
写真部は、とても自由だ。月間予定表で活動日は決まっているけれど、それ以外は自由。ただ、この雰囲気が心地よくて、なんとなく顔を出す日が多い。去年までは、たまに来てくれる頼れる3年生と、よく一緒にふざけあった2年生と、何気なく過ごす日々があった。それがもう、自分たちが2年生になり、3年生になった先輩たちと顔を合わせることも数えるほどになってしまった。わかってはいたけれど、少し寂しい。同輩4人のことは大好きだけど、新しい仲間がいたらもっと楽しくなると思うのだ。
「あの子は、入ってくれるかなあ」
撮影体験に唯一来てくれたあの男の子は、まだ迷っているそうだ。
「自分で…決めることだから。でも、来てくれたら嬉しい…」
翠はそう言いながら、自動販売機のボタンを押す。紙パックのミルクティーを受け取った私は、お礼を言って口をつける。とても甘い味がした。
学校は、始まってしまえばあっという間に毎日が過ぎてゆくものだと思う。今日は特にそう思う。部登録の時間まであと15分。みんなわかりやすく緊張している。今日は先輩たちも来ており、いつもより少しだけ騒がしい。
「だだだだだいじょうぶだよ、あの子、きっ、来てくれるって言ったもん」
噛みまくる紫音が、かわいそうになってくる。橙子はずっと円を描くように歩き続けているし、翠はページをめくろうとしては本を落としている。
そんなことをしているうちに、ドアが開いた。女の子が2人、「失礼します」と言いながら入ってきた。
「やったーーー!!」
飛んでいった橙子がハグをする。前に、入部すると宣言してくれた子と、もう1人。2人とも撮影体験に来てくれた子だった。大喜びで女子同士わいわいと騒いでいると、気まずそうにこっそりと、あの男の子が入ってきた。
「あっ…」
翠が立ち上がって男の子を迎えに行く。お互い、仲間がいて安心したとばかりに、笑いながら再開を喜んでいた。
時間になり、部登録が始まった。部長が、前に立って進めようとするが、顧問の先生がまだ来ていない。
「私、呼んできます」
立ち上がって向かおうとすると、ガラリとドアが開いた。ナイスタイミング、と思って見ると、そこに立っていたのは先生ではなかった。
「あの、まだ間に合いますか?」
1人の男の子が立っていた。あれ、この子どこかで…。
「こっち座ってー!」
橙子に案内されたその男の子は、翠たちの近くに座った。ああ、そうだ。この子、カロンで見たあの子だ。話しかけようとしたその時、先生が「ごめんね」と言いながら急いで入ってきた。「先生も来たことだし、部登録始めまーす」と部長が前に立ち、改めて開始されたのだった。
先輩から順番に、自己紹介をしていく。入部を宣言してくれていたあの子は、朱夏ちゃん。元気いっぱいで、撮影体験では橙子と意気投合していた。もう1人の女の子が、桃ちゃん。クラスが一緒の朱夏ちゃんに連れられて、流れで参加した撮影体験が思いのほか楽しかったと、入部を決めてくれたそうだ。そして、翠によくなついているあの男の子は、黄牙くん。カメラ好きのお父さんの影響で、本人も好きになったそうだ。男の子が少ないことで入部を迷っていたそうだが、やっぱり入りたい気持ちが強かったとのことだ。
そして、部員全員、一番興味を持ったあの男の子。彼の名前は、藍斗くん。撮影体験には来ていなかったが、楽しそうだという噂を聞いて思い切って来てくれたらしい。
「いやあ、昨年に引き続き4人も来てくれたなんて嬉しいね」
先生が喜びの声をあげている。「今年こそ、入賞目指して頑張りましょう」と言って、部登録は終了した。
今日の活動はこれで終わりなので、みんな帰る支度をする。先輩たちは先生に呼ばれて先に行ってしまった。橙子と紫音は、朱夏ちゃんと桃ちゃんに声をかけて一緒に帰ろうとしている。
「じゃあ、お先にー!」
4人が出た後に、黄牙くんが慌てて飛び出していく。一緒に帰る約束をしていた友達から、校門にいると連絡が来たらしい。藍斗くんも、荷物を持って「失礼しました」と出ていこうとする。
「あっ」
私が呼び止めようとした瞬間、翠に手をつかまれた。
「瑠璃、これ…お願い。提出しないと…」
みんなが記入したばかりの部員名簿を持って、こっちを見ていた。
「あ、うん。確認するね」
書き間違えが無いことを確認した私は、それを持って生徒会室へと向かった。
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