果物

 カーテンから光が漏れている。昨日のことが夢みたいだ。THE青春、なんちゃって。ベッドから降りてカーテンを開ける。よく晴れた土曜日の朝は気分が良い。カメラも持って帰ってきているし、散歩にでも行こうかな。1階に降りると誰もいないようで、テーブルの上にはラップをかけたサンドイッチが置いてあった。今日の晴天によく合うメニュー、最高、そう思いながら口に入れる。テレビをつけると、天気予報士が今日の天気を伝えているところだった。お出かけには絶好の一日になるでしょう、やっぱりね。


 カードを移し替えたカメラを持って家を出る。春の空の色はやわらかくて綺麗だ。撮りながら進んでいくと、いいことを思いついた。カロンに行こう、そして撮ろう。カメラは学校の備品のため、持って帰ってくることは少ない。カロンで写真を撮ってみたい。大好きな場所なら、今までにない写真が撮れそうな気がするのだ。

 家の周りの植物や風景を一つひとつ切り取ってゆく。今年の作品展に出す写真は、まだ候補すら決まっていない。一人でも入賞できたら創部以来の快挙だと先生も言っていたし、頑張らないと。


しばらく坂を上ると、あの大きな木が見えてきた。なんとなく早足で歩いていくと、シュガーさんがプランターの花たちに水をやっているところだった。

「あら、お休みの日にくるなんて、めずらしいわね」

「天気が良かったので、来てみました」

 シュガーさんに続いて中に入る。「同じような理由で何人か来ているのよ」と言っていたとおり、店内には数人のお客さんがくつろいでいた。

少しだけいつもとは違う、休日の雰囲気。ふと、目を惹いたのは、私と同じくらいの年齢の男の子だった。一番左奥にある席で、本のページをめくっている。私の視線に気が付いたシュガーさんがこっそりと教えてくれる。

「何年か前にね、一度来てくれた子なのよ。あなたと年が近いかもしれないわね」

 その男の子はこちらの様子を全く気にせず、ページをめくり続けている。邪魔しない方がよさそうだ。


「今日は何にしようかなー」

 カフェラテのスペシャルは、もう今週飲んじゃったし…。メニューを見ながらわかりやすく悩む私を、シュガーさんが笑いながら見ている。ちらりとあの男の子のテーブルを見ると、コーヒーカップが置いてある。中身は、黒い。あれはきっとミルクも砂糖も入っていない。

 男の子が、さすがに視線に気づいてこっちを見た。表情を変えずに珈琲を飲んでいる。同じくらいの年齢なんだし、私だって…。変な対抗心を燃やした私が注文をしようと口を開いた瞬間に、口の前に人差し指を立てられた。

「ちょっと大人な飲み物、いかがでしょうか?」

「?」

 ぽかんとする私をよそ眼に、シュガーさんが何かを準備している。

「はい、どうぞ」

 目の前に置かれたそれは、ワインのような色をしている。ただ、さまざまなフルーツが入っており、甘い、いい香りがする。

「こちらは、2日間限定の、特製サングリアでございます」

「サ…?」

「サングリアはね、ワインに果物やスパイスを入れたお酒なの。あっ、大丈夫よ!これはワインじゃなくて、葡萄ジュースだから」

 お酒と聞いて驚いている私に、シュガーさんは慌てて説明をする。

「少しだけ、大人の気分を味わってみてね」

 そう言われて、口をつける。甘さが控え目の葡萄ジュースには、レモンやオレンジ、リンゴにパイナップルなど、たくさんの果物の味が溶け出している。

「わあ…」

 今まで飲んだことのないおいしさに、眩暈がしそうになる。確かに、あんまり甘くなくて、複雑で、少し大人の味がする。でも、飲みやすくてとてもおいしい。

「昨日ね、お客さんからたくさん果物をいただいたから作ってみたの」

 なんてラッキーなんだ、こんなにおいしい素敵な飲み物に出会えるなんて。嬉しそうに飲む私を見ていたおじいさんが、「私にもそれを」と、注文をしている。中に入っている果物は食べてもいいのだろうかと、シュガーさんに尋ねる。

「新鮮な果物を使用しておりますので、当店では味わっていただくことをおすすめしております」

 小さなフォークを手渡しながら、そう微笑んだ。「食べちゃいけないお店もあるのよ?ルールがいろいろあって、まいっちゃうわよねえ」なんて小声で言っている。大人の世界って難しいんだなあ。


 なんだか、視線を感じる。あの男の子が、こっちを見ていた。

「あ…」

 もしかして、これ飲みたいのかな。戸惑いながらシュガーさんを見ると、「わかったわ」と言うように微笑んで、特製サングリアを持ってテーブルへ向かっていった。

「限定なのよ、よかったら召し上がってね」

 男の子の前に、私と同じ飲み物が置かれた。男の子はシュガーさんにお礼を言ったあと、私を見てペコリと頭を下げた。慌ててこちらも頭を下げる。

顔を上げた男の子は、とてもきれいな顔立ちをしていた。きっと女の子たちからの人気があるのだろうな。笑ったらどんな顔をするのだろう。

 店内では、私たちのやり取りを見ていた人たちによる、限定ドリンクの注文が相次いでいたのだった。


 そういえば、肝心なことを忘れていた。今日はカメラを持ってきているんだった。

「シュガーさん、私が写真部に入っているって前に言いましたよね」

「ええ、楽しい部活だって前に話してくれたじゃない」

「はい。それで、今日は学校からカメラを借りて来ていて…。カロンで少し写真を撮りたいんです。変な人に来られたら私も嫌なので、ほかの人にはわからないように部分的にしか撮りませんし、SNSとかには絶対に載せないんで…」

 撮りたいあまりにいろいろ言っていると、シュガーさんは、撮影を許可してくれたのだった。条件は、店の外観と、シュガーさんを撮らないこと。あとはお客さんに迷惑をかけないこと。

「昔から写真撮られるの、恥ずかしいのよ」

 シュガーさんが顔を隠しながら照れ笑いをしている。


 数枚だけ、カロンで撮影をして家へ帰る。今日のお昼ご飯は何を食べようかな、と思いながらさっき撮ったデータを液晶モニターに映す。

「あれ…?」

 撮った写真には、フレアが写っていたのである。

「逆光だったっけ?」

 窓から光が入っていたのかな。まあ、いいか。明日、印刷しようっと。そう思ってカメラをバッグにしまったのだった。


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