光源

 海まで続いている星見通りを進む。

「不思議なお店、みんなで見つけよー!」

 橙子と1年生がやたらと張り切っているおかげで、なんだか見つかりそうな気がしてきた。ゆっくりと歩みを進めていく。

「あっ!先輩、猫ちゃんがいました!」

「よし、ぎりぎりの距離でズームを使って!いける!撮れるぞ!」

 それぞれが撮りたいものを撮りながら、それらしい店がないか探す。絶対に行ってみたい。どうか、どうか、お店が見つかりますように。後輩たちを見守りながらそんなことを考えていると、橙子と一緒に猫を追いかけていた後輩がこっちに向かって叫んでいる。

「先輩ー!この奥にあるお店に、ガラスのランプみたいなのがー!」

 あまりにも突然で驚いて動けないでいると、翠が肩に手を置いた。

「よかったね…行ってみよう」

 ぞろぞろと横道に入ると、入り口に7つのランプが飾られたお店があった。まるで虹のようにも見えるランプはとても幻想的で、さっきまで騒いでいた部員たちも静かにそれを見つめていた。ガラスの向こうに見える店内には、なんだかいろいろなものがありそうだ。少し緊張しながら、ドアを開ける。

「こんにちは」

「いらっしゃい。おやおや、めずらしいこともあるもんだ。若い子がこんなに」

 隅にあるテーブルから、髭をたくわえたおじいさんが声をかけてきた。この人が店主なのかな、見た感じだと怖い人ではなさそう。

「えっと、このお店が素敵だとお聞きして、探していたんです。実は今日、写真部で撮影の練習をしていて、もしご迷惑でなければ少し店内を撮影させていただけませんか」

 おじいさんは親指を立てて口を開けて笑った。

「狭い店だけど、見ていってくださいよ。こいつらも喜ぶさ。いつも埃かぶるまで買い手がつかないんでねえ」

 お礼を言って店内を見渡すと、テーブルや棚だけではなく、壁や天井にまで様々な雑貨が飾られている。さまざまな大きさのランプはカラフルでとても綺麗。本当に幻想的な空間だった。まるで、物語にでも出てくるような光景。


 予想外に素敵な被写体に出会って夢中でシャッターを切る1年生たちを見て、私も今度自分で撮りに来たいなあと考えていると、

「今度、撮りに来てもいいですか?かわいいもの大好きなんです」

 ガラスでできた小さなうさぎを手に乗せながら、紫音がおじいさんに尋ねていた。みんな気持ちは同じだったらしい。

「またおいで。遊びに来てくれると、私もこいつらもうれしいよ」

 4人で顔を見合わせて喜びを噛みしめる。そろそろ店を出ようと思ってお礼を言うと、おじいさんは何かを思い出したように「そこの4人さん、ちょっと手伝ってくれないか」と言って私たちを店の奥へ連れていった。大きな戸棚から出した箱を開けると、30センチほどの大きさのランプが現れた。

「気分がいいから、君たちに特別に見せてあげようと思ってね」

 ドアだけでなくカーテンも閉めたおじいさんが、「これは撮影禁止だよ」と言ってランプに火を灯すと、真っ黒に見えたそのガラスは綺麗な濃紺のグラデーションに変わり、金や銀の星が浮かび上がって見えた。息を飲むほどの美しさだった。

「これ…アンドロメダ座ですか?」

 おじいさんが驚いて声の主の方を見る。翠が星を指差し、そう言っていた。

「すごいね、一発でわかった人はお兄ちゃんが2人目だよ」

 ここがそうなんだよ、というおじいさんの説明を聞いていると気になることが出てきた。

「『砂浜のアンドロメダ』のラストシーンで映ったのって、もしかして」

 私にはこの映画の中でも、一番印象に残っているシーンがある。ラストは主人公が夜の砂浜に座って船の明かりを見つめるのだが、エンドロールに切り替わる直前の数秒だけ、綺麗な星空が映る。それが、アニメーションなのかCGなのかはわからなかったが、この世のものとは思えないほど美しい色合いだったのだ。

「お嬢ちゃんもすごいね。そうだよ、あのシーンはこのランプを拡大して撮影したんだ。この秘密を知っているのは、作者と監督と数人のスタッフくらいだったのに。いやあ驚いた」

 そう言って火を消してカーテンを開けたおじいさんは、愛おしそうにそのランプを撫でている。

「こいつも久しぶりに見てもらえて嬉しそうだ。でも、これを見たことは秘密にしてくれ。大事なランプだからね。変な人に盗まれたくないんだよ」

「わかりました!私、帰ったらもう一度映画見てみます!家にDVDあるんで!」

「私も見たいよう、橙子ちゃん見終わったら貸してー」

 4人でおじいさんと約束をして、元の部屋へ戻る。1年生は撮影に夢中で、特に気に留めた様子もなさそうだった。みんなでお礼を言い、店を後にする。

 不思議なお店で、不思議な体験をした。それがとても嬉しくて、4人は度々顔を見合わせて笑ったのだった。


 いくつかの撮影地をめぐって到着したのは、星見通りの終着点である砂浜だ。映画のクライマックス以外にも、何度も大事なシーンで登場しており、映画の公開当初は多くのファンが通い詰めていたそうだ。

「綺麗だね」

「水面に太陽が反射して、まぶしいくらいきらきらしているね」

 みんな普段から遠くに見てはいたけれど、実際に海に来たのは久しぶりのようで、砂浜に絵を描いたり貝を拾ったりと、小さい子供のようにはしゃいでいた。

「海、入っちゃおー!」

 靴下を脱いで、橙子が水に足を浸ける。まだ冷たかった、なんて騒ぐ声が聞こえたと思えば、周りの1年生がきゃーきゃーと声をあげている。

「橙子ちゃん、カメラ!水、だめー!!」

 めずらしく紫音が大きな声を出して伝えている。ごめんねと謝る橙子を囲んで、みんな笑っていた。最後の目的地ということもあり、思い思いに写真を撮っていく。

「先輩、これ見てください。水面を撮ったんですけど、なんだかぼんやりと白っぽく写っちゃって」

「あ、これはフレアだね」

 液晶モニターに映っている画像は、確かに全体が白っぽくなっている。

「強い光が入ったときに、こうなることがあるんだ。今、ちょうど逆光だからそうなったんだと思うよ」

「でも…フレアをうまく使えばすごくやわらかい写真になる…。これ…いい写真だよ」

 横から翠がのぞき込んで、そう言った。輝く水面の上には独特のやわらかさが出ていて、とてもいいと思った。

「そういう予期せぬ瞬間が偶然写るのも、カメラのおもしろさなんだよね」

 太陽が水平線に近づいて、帰りのバスの時間が迫ってくる。「撮り忘れはありませんかー!」なんて言いながら、橙子を先頭にバス停まで歩いてゆく。カメラは2年生が預かることにして、今日の撮影体験は終了だ。


 みんな順番に自宅の近くで降車していき、バスの中に翠と2人きり。

「翠のおかげで、すごく良い一日になったよ。私まで楽しんじゃったもん」

 隣に座る翠を見てそう言うと、嬉しそうに少しだけ表情を変えた。

「思い出した…。去年…瑠璃が作品展に出したあの写真…好き。好きだ」

 まっすぐに私の目を見て、翠がそういった。

「ありがと、翠にそう言ってもらえるとすごく嬉しい」

あの写真にもフレアが入ってたなあと考えながら、もうすぐあれから1年だね、なんて話をする。ほどなくして、翠が降りるバス停に着いた。私が降りるバス停はこの一つ先。「じゃあまた来週ね」と手を振り、ドアが閉まる。

 バスが出発する瞬間、手を振る翠の瞳が少し揺らいだように見えた。


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