第九話 報告

司令官コマンダー、小間物屋への再発予防の指示、完了しました。他、特に無ければ一旦屋敷に戻ろうと思うのですが」

かんなは立維と小間物屋から辞去した後、司令官コマンダーにそう報告した。

『おう、御苦労さん。おめえ達の今回の事案対応はインシデントレスポンスほぼ終わりだ。かんなは戻ってきていいぞ。立維殿も仕事は完了だ。ありがとうよ、かんなから報酬を受け取ってくれ』

立維はかんなを見た。かんなはにこりと微笑むと、懐から財布を取り出し、報酬の一分銅二枚を立維に手渡した。

「立維様、今回は本当にありがとうございました。立維様にお願いして正解でした。また機会があったら宜しくお願いします」

「ああ、それがしもよい経験になった。こちらこそまた機会があればお願いしたい」

立維はそう言って、ふと司令官コマンダーに聞いた。

「しかし、司令官コマンダー事案対応はインシデントレスポンスほぼ終わりと言ったが、まだ続くのでござるか?」

『ん、ああ、まだ後始末が残ってらあ。今回の事案対応履インシデントレスポンス歴を報告書に書いて、お上に報告しねえといけねえんだ』

「ふーむ、それは必要なことなのでござるか?」

『ああ、必要だ。今回の事案対応にインシデントレスポンス必要なだけじゃねえ。奉行所や俺たちの組、魔法事案対処組の今後のために特に必要なんだ』

「今後のため」

『そうさ、今回の対応で、何が良くて何が悪かったのか、初動に問題は無かったのか、無駄にしてしまった時間は無かったのか、皆でそれを省みるんだ』

「なるほど。そして次の対応に繋げるのだな」

『そういう事だ。これで一連の事案対応はインシデントレスポンスやっと終わるんだ』

立維は司令官コマンダーとの話を終えると、耳飾りイヤホンを外してかんなに返した。

事案対応とインシデントレスポンスいうのは、本当に大変なのだな」

「ええ、そうですね…だから司令官コマンダーはいつも言うんです。無理はしない。楽しんでやる。前を向こう、と」

「そうか…」

よい上役だ。しかし、倭国ではこのような考えの上役は見たことが無い。異国人のかんなやヴィムが働いていることと言い、魔法奉行所は大分変わっているな、と立維は思った。

「さて、帰るか。かんな殿は奉行所へ戻るのか」

「はい、戻って事案インシデント対応履歴を作成しないといけないので」

「そうか、では途中まで送ろう」

かんなはハイ、と頷くと、立維の横に並んで大通りを歩き始めた。

今日は天気が良く、強い日差しが降り注いでいる。立維は空を仰ぐと、御天道様は真上に来ていた。そろそろ昼時だった。

通りは昼の賑わいを見せていた。豆腐や蕎麦を運んでいる棒手振りに町人が声をかけ、飛脚が人混みをすり抜けて駆け抜けて行く。辺りでは様々な店の売り子の呼び込みの声が聞こえてくる。道端で談笑している女性達もいれば、柳の木の下で煙草を吸いながら話し込んでいる、異国の肌の色をした小太りな浪人達もいた。

そんな人混みの中を歩きながら、立維はふと疑問が湧いた。

「なあかんな殿、なぜ今回は某に依頼したのだ?その、魔法奉行所のお主達のその…」

「魔法事案対処組」

「そう、その組に、メールを解析できる者はおらぬのか?」

「ええ、勿論いましたわ。解析担当がいなければ、調査が進みませんもの」

「今はおらぬのか」

「はい、健康上の理由で仕事が出来なくなってしまったのです」

立維は納得した。だから動向調査員リサーチャーのかんなが、人探しに口入れ屋を出入りしていたのだ。

「ですから、立維様?」

かんなは立ち止まり、立維の方を向いた。

風がそよいで、かんなの栗色の髪と、洋袴を軽くなびかせる。なびく髪の中から時折り顔を見せる。エルフの耳が、うさぎのようだな、と立維は思った。

「もしかしたら、今回のご活躍で、立維様に奉行所から仕官の話が来るかもしれませんね」

「そのような美味い話があると良いのだがな」

「まあでも、その為には、もっも魔法処理の勉強をしていただかないと駄目かもしれませんね」

「いや、だから試験の合格通知は…」

立維は、かんなが悪戯っ子のような笑みを浮かべているのに気付き、言葉を止めた。

「かんな殿、何かおかしいか」

「ん〜、いいえ、何でもありません」

かんなが目をつぶって首を横に振った時、城の方から鐘の音が聞こえてきた。最初に規則正しい間隔で小さく三回、そして大きく一回。

「あ、もうこんな時間。それではここで失礼しますね」

かんなはそう言って立維に会釈すると、魔法奉行所がある屋敷の方角へ歩き出した。

「ああ、それではまたな」

立維はかんなの振る舞いが腑に落ちなかったが、まあいいかと、住んでいる裏長屋に向かって歩き出す。

かんなは少し歩いたところで歩みを止めると、立維の方に振り向いた。

「立維様」

かんなの声に、立維も振り返って少し離れたかんなを見た。

かんなは悪戯っぽく笑いながらこう言った。

「合格通知書、もっと良く確認してくださいね」

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セキュリティインシデント対応は異世界でも大変です あぱぱらぱーや @apapara

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