第七話 調査

司令官コマンダーは話を続けた。

『それじゃあ、当初の予定に戻って、隔離装置サンドボックスに隔離したメールの回収を再開する。ヴィム、頼んでよいか』

「へい。でもまあ妖怪マルウェアが出てしまったみたいですから、大体のところは把握できそうです」

ヴィムは帳場に上がると、床に落ちていたメールを拾った。かんなも今度こそ草履を脱ぐと、気絶している丁稚の様子を見ている。市破は仏頂面で板間に腰掛けて、事の成り行きを眺めている。

ヴィムはメールに記載されている内容を読み上げた。

「えーとなになに『前略、先日御紹介頂商品付先日ご紹介頂いた商品を是非共購入求候是非購入したく至発注書送付候発注書を送付します添付書類付貴殿公開印拠封印候添付書類は貴殿の公開印で封印しています貴殿秘密拠開封願候貴殿の秘密印で開封してください』あーこの不自然な倭国語、前に見た標的型攻撃メールと同じっす」

『そうか、また同じ奴ということかい』

「そうでやすな、おい小間物屋、この添付書類を、手前の秘密印プライベートキーで開封したんだな?」

「へ、へい。一昨日確かに開封しやした。まさかこんなことになるとは…」

『決まりだな。今回のメールには小間物屋の公開印パブリックキーで封印した添付書類が付いていた。商品の購入という単語で開封を誘って、小間物屋はまんまと自分の秘密印プライベートキーを使って書類を開封してしまったという流れかい』

立維は首を傾げた。事の流れは何となく分かった。しかし何故この流れで妖怪マルウェアが出現したのか。

立維はかんなに向かって手招いた。

「どうしました、立維様?」

雁を介抱していたかんなはそれに気付くと、雁を床に寝かせて立維の元にやって来た。

立維は少し声を潜めてかんなに話しかける。

「今の話だが、ちょっと腑に落ちない部分がある」

「あ、はい、何故私の身体を諦めたのかという部分ですよね」

「それはもっと前の話だ!というか法螺話だろうが!」

「分かってますよ、冗談です、冗談」

かんなはくすくすと笑うと、立維の腕をぽんと叩いた。

「で、腑に落ちない部分とは?」

立維はかんなを睨み付けてヒソヒソと話を続ける。

「うむ、小間物屋の印の話の部分だ。公開印と秘密印という単語が微妙に分からなくてな。あれは普通の印とは違うのか」

かんなは呆れ顔で立維を見た。

「立維様、魔法処理についてもっと勉強なさった方がいいですよ?公開印パブリックキー秘密印プライベートキーは、魔法暗号技術の基礎じゃないですか」

立維はぐっと声に詰まった。多分そうだと思っていたからこそ、恥ずかしくて声を潜めたのだった。

かんなは呆れながらも解説してくれた。

公開印パブリックキーは、小間物屋が店で公開している情報で、誰でも知ることができる、魔法印鑑情報です」

「ああ、そうだ、それだそれだ」

「…立維様。対して秘密印プライベートキーは、小間物屋しか知り得ない、魔法印鑑情報です。そして公開印パブリックキーで封印すると、その封印は秘密印プライベートキーでしか開封できません」

「絶対にか」

「いえ、拾年くらい頑張れば解読できるかもしれませんが、その頃には何の価値も無くなっているでしょうね」

「なるほど」

「なるほど、じゃないですよ。魔法印鑑は都では商人が当たり前に使っているんです。武士が知らなくてどうするのですか」

「いや、思い出した。うん、納得した」

「理解したんですね?じゃあ、今度は秘密印プライベートキーで封印したらどうなるか説明してくださいまし」

いつの間にかヴィムと市破が聞き耳を立てている。立維は分からず、あっさり諦めた。

「すまぬ、教えてくれ」

かんなはがくっと肩を落とす。

『おう、ちょっとすまねえが、事案対応インシデントレスポンスを先にやらせてらくんねえかい』

「あ、司令官コマンダー、勿論です、はい」

『ではヴィム、メールを頼んだぜ。回収した後、メール声紋ハッシュを取って監視情報に追加する』

「へえ、わかりやした」

『かんな、おめえはもう少し小間物屋で頑張ってくんな。やることは分かるか?』

「はい。当初指示頂いた内容ですよね」

『そうだ、頼むぞ。監視員センサー、おめえは引き続き魔力通信の監視を頼む。そして立維殿』

コマンダーはてきぱきと指示を飛ばすと、最後に立維に言った。

『今回の妖怪マルウェアへの速やかな対応、感謝するぜ。通信不能になったあの時に何をやってたのかは、まあ後で教えてくれ』

司令官コマンダーの話ぶりは、立維の魔法のせいなのは分かっているのだと言いたげだった。

「立維様、私もとても不思議です。あの空白の時間に何があったのか」

『ほう、かんな、おめえも何があったのか分からねえのかい』

かんなも真実を教えてもらおうと、ここぞとばかりに立維ににじり寄って来た。

だが、魔法の内容は秘中の秘だ。おいそれと教える訳にはいかない。

「でも、立維様が話すのを躊躇ためらわれる理由があるのなら、それはもう、一つの答えしかございませぬ」

『ほう、その答えは?』

立維は、かんなと司令官コマンダーの、取ってつけたようなやり取りに、何か不吉なものを感じた。

「それは恐らく、立維様の技で、私を人智を超えた快楽の波に引きずり込んだので御座います。押し寄せる魅惑の世界に私の心は引き裂かれ、記憶は塗り潰され、また新たな波が押し寄せては、私の心を引きずり込みました。こうして私は、この恐ろしい程の快楽の体験を思い出すと、心が壊れてしまうのを無意識に悟ってこの記憶を封印したのです。ああっ、封印されていた記憶が…記憶が溢れて来る、立維様が私の…」

「分かった!分かったから!後で絶対説明する!」

立維は呆気なく降参したのだった。

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