第四話 解析 壱

「これから原因を特定するため、法的調査フォレンジックを行います。立維さん、お願いしますね」

「いや待たれよ。ふぉれんじっくとは何だ」

慌てていた立維は思わず聞いてしまった。

その発言に、時が止まったかのようにかんなの笑みが固まる。

立維はしまった、と思ったがもう遅かった。

「立維様、今なんと」

「いやその、俺はメールの魔法調査はやったことがあるのだが」

「それは存じ上げております、先程そう申しましたが」

何かかんなの声で部屋の気温が下がった気がする。これがかんなが持つ魔法の一つなのだろうか。いや、かんなは武士には見えぬ。

「いやそれでだな、メールの魔法調査ではなくふぉれんじっくというのが何のことなのかと」

「立維様、魔法処理安全確保支援士試験をお受けになったのですよね」

「ああ、先ほども言ったではないか。その長ったらしい試験名称は間違いない。合格通知も受け取っている」

この流れはまずい。この会話の先が読めた立維は慌てた。

「技術があると口で言うだけでは分からぬのだぞ。ほら、知っておるか。試験に合格した武士が遺物の塔で活躍している話を」

「勿論、動向調査員リサーチャーですからそのくらい知っております。試験は合格できても、現場ではさっぱり役に立たないこともね。さて、話を戻しますがっ」

立維の話術では、話を逸らすことは出来なかった。

「試験をお受けになっているなら、法的調査フォレンジックについては当然知っているはずでは」

立維は返事ができなかった。

勉強したはずなのだが、すっぽりと忘れてしまっていた。

などとはさすがに言えず、立維は内心でさらに慌てながらかんなを見据えた。

しかし、慌てていたのは立維だけではなかった。

『かんなっ!』

「はいいっ」

司令官コマンダーの声に、かんなは飛び上がるように体を伸ばした。

『もういいだろう、てめえが決めたんだ、自信を持て。腹を据えろ。責任は俺が持つ』

「はい、申し訳ありません」

立維は司令官コマンダーの発言をいぶかしんだ。

大抵、倭国の上役は責任を部下に押し付けるものだ。

かんなといい、司令官コマンダーといい、他の耳飾りイヤホン越しの声も一般的な倭国の役人とは何か違う感じがした。

かんなは小さな手で口を覆って咳払いすると、立維に話しかけた。

「立維様、改めてお願いします。隔離装置サンドボックスに隔離しているメールの調査をお願いいたします」

「あいわかった。ふぉれんじっくだな」

「正確には違います。法的証拠の発見のために可能性のあるもの全てを調べるのが法的調査フォレンジックです。今回はまず不審なメールを優先して確認します」

「ああ、そう、その通りだ」

かんなは立維の曖昧な相槌にため息をつくと、市破に言った。

「ご主人、それでは例のメールをこちらにお持ちくださいませ。もちろん、隔離装置サンドボックスにいれたままですよ」

「へ、へい」

市破は頷くと、奥に向かって声をかけた。

「おい、カリ松、あの箱を持ってこい」

「は、はい」

小さなか細い子供の声がすると、板間を歩く音がした後、階段を歩く音が聞こえてきた。

「おい、早くしねえか。てめえはいつも遅いって言ってんだろ」

どうやら市破は上役には媚びへつらい、奉公人には容赦無く叱る性格のようだった。

先ほど市破が出てきた部屋の奥の襖の隙間から、僅かに階段が見える。そこからカリ松と呼ばれた子供が箱を胸に抱えてゆっくりと階段を降りてきた。

カリとは珍しい名前だ。立維は市破に尋ねた。

「おい、市破、カリとはどう書くのだ」

「鳥の雁でやすよ。あいつは名前をカリだと言うんですが、漢字を知らないって言うもんで、あっしが適当に名付けやした」

雁が襖を開けた時、立維はその身なりにおやと思った。

まず目に付いたのは、引きずっている右足だった。歩行時に、右足をうまく前に出せていない。

そしてボロをまとったような身なり。着物の袖はボロボロで、丈の長さが短く、千草色の股引も随分と汚れていた。何か匂うような気もする。かんなも栗毛色の眉を潜めて雁をみている。

「雁松、ちんたらすんな。早くしろい」

「は、はい」

雁は市破に怒鳴られると肩を震わせ、細い声で返事をした。雁が市破に毎日のように怒鳴られているのが容易に想像がついた。

雁は右足を引きずりながら市破に近寄ると、番台に座っている市破に箱を渡そうとした。

「おいこら、作法がなってねえよ、いつも言ってんだろうによ。人に物を渡す時は、きちんと膝を付け、膝をよ」

市破はそう言ったが、立維にはこの丁稚が両手で箱を持った状態で、不自由な右足を使って両膝を付くのは困難に思われた。

案の定、雁は膝を曲げようとしてよろけた。

そしてかんなが「あっ」と言う間に、雁の手から箱が溢れた。箱は帳場の床に落ちるとその衝撃で蓋が開き、中からメールが転がり出た。

メールは開封された状態だった。和紙でできた巻紙に何か文字のようなものが書かれていて、それを巻き直した後に押し潰したような折り目が付いていた。

市破は苦虫を潰したような表情で固まり、雁は慌ててメールを箱に戻そうと手を伸ばす。

「触らないで、わたしがやります!」

雁がメールを拾おうとするのを見て、かんなは叫んだ。かんなはあたふたと草履ぞうりを脱いで帳場に上がろうとしたが、かんなの細く白い足に結ばれていた縄が解けず、両膝を板間に上げて四つん這いになった状態から先に進むことができない。

「あわわわ…」

それを見た立維が代わりに対処しようと一歩前に踏み出した時、耳飾りイヤホンから先ほど『監視員センサー』と呼ばれた人物の声が聞こえてきた。

司令官コマンダー、小間物屋付近で魔力通信を検知しやした』

『なにぃ。かんな、状況を知らせよ』

かんなは板間に両膝を付いた状態で右手を耳飾りイヤホンに当て、左手で草履を脱ごうともがいている。

「かんな殿、落ち着かれ…」

立維がそう声をかけようとした時、商品の陳列棚の前に、黒い人のような物体が唐突に出現した。

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