第三話 隔離

二人が小間物屋の前に着くと、箒を持って店前の掃除していた丁稚がかんなに気付いた。

かんなが微笑みかけると、丁稚は照れたように挨拶しながら、いま主人を呼びますんで、土間にお入りくだせえ、と言い捨てて店内に入っていった。

土間に続いて板張りの帳場ちょうばがあった。立維は何となく立ったまま店の主人が来るのを待った。

かんなは板張りの端の方に、静かに腰を下ろした。見た目が倭国の着物とは全く違うため、一挙一動が立維には珍しかった。

店の中は様々な小物、かんざしや扇子せんす、鏡に筆、印籠いんろうなどが雑多に並べられていた。立維は初めて見る、とらんぷという遊び札まで置いてあった。

二人が品物を眺めていたとき、階段を降りるような音がすると、小男が奥の襖を開けて現れた。

「魔法奉行所の方々ですな、お仕事ご苦労様です。あっしがこの店の主人の市破いちはと申しやす」

キイキイと少し掠れた声で小男は言った。

柄の入った高級そうな着物の袴を押さえながら近づくと、帳場の番台に腰を下ろす。

二階建ての家に住み、丁稚を抱えているだけあって、背は小さくても物腰は堂々としていた。

「魔法奉行所のかんなと申します。昨日からご対応有り難うございます」

「なんのなんの、お奉行からの要請です。それに、かんなさんのような美しい方とタダで会話できるのなら、願ったりですよ」

市破はききき、と笑いながら視線をかんなに巡らせた。立維はそれを感じて心の中でこの小男を睨みつける。

「そうですか、それでは早速今の状況を教えていただけますか」

かんなはその視線には全く動じず、にこりと笑って話を進める。

「あ、へい。今は例の怪しいメールを、何でしたっけ、あの箱」

隔離装置サンドボックス

「そう、その先日いただいた、さんどぼっくすに入れてあります」

「いつ、入れましたか」

「へっ?えーと…うちの丁稚にやらせたのが、確か昨日の昼七つ時ですね」

「わかりました。あと念のため確認です。そのメールは一昨日の何時頃に開封しましたか」

先程司令官コマンダーが昼八つに魔力を検知と言っていたではないか、立維はそう思ったが口には出さなかった。

しかし、市破の答えは意外なものだった。

「えっーと…確か一昨日の昼四つあたりだったかな」

かんなは頷き、市破ににこりと笑いかけるとイヤホンに手を添えた。

司令官コマンダー、報告です。不審な文は一昨日の昼四つに開封され、隔離は昨日の昼七つに実施されています」

『了解した。おう、監視員センサー、この時間帯に例の通信が有ったかどうかとよ、小間物屋以外での検知記録はどうだい』

『へえ、確認しやす』

分析員キュレーター、この通信の危険度についての判断はどうだい』

『今のところ不明ですが、情報を盗まれているような魔力通信量はありやせん』

司令官コマンダーは次々と誰かに確認を取っている。立維にはとても状況整理が追いつかない。高度な状況把握能力だった。

司令官コマンダー、確認しやした。一昨日の昼八つ以降、魔力検知は計十二回でやす』

監視員センサーからの報告があった。魔力検知から隔離までは約一日。十二回と言うことは一刻に一回、魔力通信が発生したと言うことか。

監視員センサー、了解した。じゃあ今のところは検知した検体は隔離しているから、ひとまず安全ってことだな。町内でも他の魔力検知が起きていねえし、被害の拡大は抑えたと判断するかい』

立維はふとあの長ったらしい名称の試験の内容を思い出した。午後の長文問題で、魔法事案が発生したときの似たような問題があったような気がする。

『よし、それじゃあよ、被害の拡大防止対応はこれで終了とするぜ』

耳飾りイヤホンの向こうから、ふうやれやれといった、何名かのため息のような音が聞こえてきた。

立維はその声を聞き流しながら、試験内容を思い出した。まず被害の拡大防止を何よりも優先する。そのあと、ゆっくり対応すればよいのだ。

次に何を対応するのだったか、立維は反すうした。

『おーし、それじゃあこれから次の段階、原因調査を開始するぞ、いくぜ皆の衆』

耳飾りイヤホンの向こうから、何名かのおう、という掛け声が上がる。

「出番ですよ、立維さん」

立維は数秒惚けて、なに、と呟いてかんなを見た。

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