第二話 検知

「かんな殿、状況が分からぬ。教えてくれぬか」

朝の大通りは人通りが多く、人混みを避けながら二人は歩いた。両天秤の棒に荷を吊るして運ぶ棒手振りぼてふりや店の前を掃除する丁稚でっち、朝食を買いに裏長屋から出てきた女房達、情報をしたためた半紙を掲げて叫んでいる者、都城に出勤する者と、辺りは雑然としていた。

「あ、はい。これから、監視装置センサーで不審な魔力の流れを検知した表長屋おもながやに行きます。そこで初動対応を行った後、法的調査フォレンジックを実施するので手伝っていただきたいのです」

監視装置センサー法的調査フォレンジック

かんなの言っている単語は、立維にはさっぱり分からなかった。

立維の困惑気味の表情を見て察したのか、かんなは苦笑した。

「立維様、急いでいるもので、説明不足でごめんなさい」

「いや、説明不足というか」

単語の意味がさっぱり分からん、とは言えなかった。おそらく魔法技術に関する単語なのだろう。分からんと言ってしまえばさっきのように己の無知をさらけ出すようなものだった。

かんなはそれを知ってか知らずか、話を続けようとした時、かんなが先ほど『司令官コマンダー』と呼んだ人物の声が耳飾りイヤホンから流れてきた。

『今、耳飾りイヤホンを使った魔法通話に参加している者達は、今回の事案担インシデント当となる。

これより、目的意識を共有するために、通話で状況説明を行う。そのまま耳を傾けて欲しい』

「あの店です」

司令官コマンダーの声に意識を集中していた立維は、かんなの声に顔を上げた。

かんなが指差したのは、大通りに面した表長屋だ。通りに箱看板が設置されていて、そこには『小間物屋』と書かれていた。

それを見た立維はふと何かが頭に引っかかり、小間物屋の上を見上げながら記憶を辿った。目線の向こうには、倭国の都の象徴とも言える、巨大な塔の輪郭が視界の半分ほどを覆っている。

いつか自分もあの塔を登ってみたい。それにはもっと魔法技術を精進せねば。そう思い巡らせている間に思い出した。ここは以前、立維がかんなを見かけた場所だった。

「おい、お主、以前にもここに来たことがあるな?」

かんなはその問いにはたと立ち止まり、立維を不審そうに見つめた。

「立維様、私の行動をよくご存じですね」

「以前、ここで見かけた」

「…私のことが気になって、付け回していたわけではありませんよね?」

立維は顔を赤くしてなにを、と言おうとしたが、司令官コマンダーの説明が再開し、かんなが苦笑しながら手振りで口を押さえたため、立維は渋々反論を止めてかんなと共に大道りの端に寄った。

『二日前の昼八つに、秋葉町の大通りに設置していた魔力監視装置センサーで不審な魔力通信イベントを検知した。通信種別は城下町外部への遠距離通信。町内で他の魔力通信は検知されていないことから、町内への拡散等はしていないものと考えられる』

昼八つ時は、一般的には仕事を終えて帰宅する時間だ。その時に何かあったのだろうか。立維は考えを巡らした。

『我々魔法奉行は即時に岡っ引を現場に派遣した。調査の結果、不審な通信の発生元は秋葉町の小間物屋と特定。しかし当日は店は閉店しており、店の主人も不在であったことから、店の丁稚に魔力通信発生源の調査を言付けて、当日の対応は一旦打ち切った』

司令官コマンダーの説明は明確だった。いきなり参加させられた立維にも、状況がよく理解できた。

何時、何処で、誰が、何を、如何にしたのかを明確にせよと、確か魔法処理安全確保支援士試験にも記載があったのを立維は思い出す。

『そして昨日の昼四つ半に、店の丁稚から報告があった。魔力発生源は未だ不明だが、二日前に、心当たりの無いメールが届いていたとのことだ』

メールか…」

「そうです。只のメールなら今回の件からは外していたのですが、封印に魔法署名がされていたそうです」

「魔法署名?」

「そうです、丁稚からの報告です。それ以上は専門家でない丁稚には判断できません」

『そのメールは、魔法署名で封印されていたとのことだ。昨日、不審な動きを抑えるために、魔道具の中に隔離するよう、言付けている』

立維はやっと話が読めてきた。

町の魔法事案を監視、対処する魔法奉行所が、不審な魔力の動きを検知して、不審なメールの発見まで辿り着いたが、そこからの調査を何故か俺に頼みたいらしい。

『今回の魔力通信イベント検知は、過検知や重要度が低い可能性もあったが、メールの特徴や発生場所の状況から、事案対応がインシデントレスポンス必要と判断した』

「なあ、かんなさん」

立維は、自分より少し背の低いかんなの頭に向かって話しかける。

「はい、何でしょう」

「申し訳ないが、この司令官コマンダーが話していた単語の意味がさっぱり分からない。俺では事案対応にインシデントレスポンス役立たない気がするのだが」

「あら、そんなことは無いと思います」

かんなは少し頭を上げて立維を真っ直ぐに見据えた。

「立維様は口入れ屋のお婆さんから、メールの調査を受けて、いつもしっかりこなしていたではありませんか」

「それは何とかこなしていたが…ってちょっと待て、何故お主は某の行動を知っている」

さっきと逆では無いか。むしろ某が監視されていた!?

かんなは悪戯っ子のようにニヤリと笑った。

「立維様、わたしの職業は動向調査員リサーチャーです。甘く見ては困りますよ」

『おい、立維殿、かんな、そろそろ良いか?』

立維はぎょっとした。この魔道具は双方向通話が可能なのだった。

『自分はかんなの判断を信頼している。よろしく頼むぞ』

何人通話に参加しているのか分からなかったが、皆の前でそう言われてはやるしか無い。

どちらにしろ、手持ちの金が底をついて、この仕事をこなさないと今夜の晩飯代も危ういのだ。

『皆の衆、あと最後に一つだけ言っておくことがある』

司令官コマンダーの言葉に、耳飾りイヤホンの向こう側が静かになった、立維はそんな雰囲気を感じた。

事案対応はインシデントレスポンス辛いのはいけねえ。苦しい、もうやめたい、そんな気持ちで対応してたらどうだい?この仕事は続けられねえよ』

かんなも真面目な表情で聞き入っている。

『だからな、不謹慎かもしれねえが、楽しもうぜ。下を向くんじゃなく、前を向いて終わらせるんだ。皆の衆、いいか!』

『おおっ!』

一体何人が返事をしたのだろう。司令官コマンダーの問いに、耳飾りイヤホンの向こう側から気合の入った怒声が押し寄せた。

ひと息おいて、司令官コマンダーはこう宣言した。

『よーし、それでは、これより事案対応をインシデントレスポンス開始する!皆の衆、宜しく頼むぜ!』

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