2 「どー…どうしたの?」
「どー…どうしたの?」
知花が、驚いた顔してる。
そりゃ、そうだな。
あたし、ひどい格好。
結婚式の翌日だし、訪問はやめといた方がいいかな…なんて思ったのに。
…どうしても、知花の顔が見たくなった。
弱ってる所なんて見せたくない。
いつだってそうだったのに。
今日は…抑えられなかった。
「今日、神さんもオフだよね。ごめん…」
苦笑いしながら言うと。
「何言ってるの。そんなのいいから、早く上がって。今、誰もいないから。早く着替えなくちゃ、風邪ひいちゃう。」
知花は急かすように、あたしの腕を引いた。
「…神さんは?」
「子供達連れて公園行ってる。」
「神さん、意外といいパパだよねえ…」
まさか、神さんがこんなにいいパパになるとは思わなかった。
何なら、『ガキはうるさいから嫌いだ』って言うタイプだと思ってたもん。
だけど…時々ノン君とサクちゃんを事務所に連れて来る神さんは、驚くほど…二人に優しい眼差しを向ける。
「シャワー浴びて。しっかり温まって。」
知花に手を引かれてバスルームへ。
いつもはふわっとしてて、のんびり屋さんなんだけど。
こういう時の手際は、誰よりもいい。
…世話好きだよね、知花って。
ほんと、あたしの好…
「…いやいやいやいや…」
シャワーを浴びながら、頭を振る。
どうやっても諦める気はないのだろうか…あたし。
体を洗いながら、夕べの事を思い出そうとする…も、全然カケラすら蘇らない。
あいつの部屋に行った事すら記憶にない。
「…はあ…」
…いくら寂しいからって…
あんな男と寝るなんて。
最悪だ。
ダメダメだ。
誰かに叱って欲しい。
…いや、誰にも知られたくない…こんな事。
『聖子、靴干したからね。服も洗っておくね。』
自己嫌悪に陥ってると、脱衣室から知花の声。
「あー…ありがと。」
『それと、あたしの服は小さいだろうから…千里ので我慢してね。』
「ふふ…ありがと。」
神さんは幸せだな。
知花が嫁で。
そんなことを考えながら、シャワーを浴び終えて。
濡れた髪の毛をタオルで巻いて知花の部屋に行くと。
「…何があったの?」
真顔の知花。
「…何で?」
「だって、いつもの聖子じゃないもの。」
「いつものあたしだよ?」
「嘘。」
「……」
つい、黙ってしまった。
知花は、あたしをじっと見て。
「あたしには、話せない?」
って…首を傾げた。
話せない…うん。
話せないよ。
あたしの大好きな知花に、こんな事…
だけど知花は強い目であたしを見つめる。
親友なら、話して。って言いたそうに。
…親友…
そうだよね、親友だよね。
なんて素敵で…
切ないポジション。
「…あのさ…あたし…」
あたしが、口を開きかけると。
『帰ったぞー。』
神さんの、声。
「あ、ごめん。ちょっと待ってて。」
知花が、目を細めて立ち上がる。
ホッとして髪の毛を拭き始めると…
『あがれよ、京介。』
「……」
え……京介?
「あれ…珍しい。浅香さんも一緒みたい。」
知花がつぶやく。
「ち…知花。」
「え?」
あたしは慌てて、部屋を出て行こうとする知花の手を取る。
「あたしがここにいるの、内緒にして?」
「…え?」
「お願い。」
真顔で両手を合わせると、知花は不思議そうな顔をしながらも。
「…うん…わかった。」
そう言って、部屋を出て行った。
「……」
…あいつ、何しに来たのよ。
まさか…
東さんに話したように、神さんにも自慢する気じゃないでしょうね…
部屋でじっとしてるのも落ち着かなくて。
あたしはそっと廊下に出ると、リビングの声が聞こえる死角に移動した。
「何しけた面してんだよ。」
「…ちょっとな。」
「浅香さん、コーヒーでいいですか?」
「ああ。」
何が、ああ、よ。
知花に。
慣れ慣れしいな。
「…おまえ、ここどーした。」
「あ?」
「ケンカでもしたのかよ。」
たぶん…神さんはあいつの口元を指差してる。
「女に殴られた。」
あいつは、ふてくされたように、そう言った。
…お願い。
お願いだから、これ以上話さないで。
「悪さばっかしてっからだぜ。ほどほどにしとけよ?天罰がくだるぞ?」
「神が言うかな。」
「俺は女グセ悪いなんて言われたこたない。」
コーヒーが運ばれたらしく、二人がそれを口にする。
「で?何か話しがあんだろ?」
「……」
神さんの問いかけに、あいつは無言。
「…あたしちょっと、洗濯物取り込んで来るね。」
気を利かせた知花がリビングを出ると、ノン君とサクちゃんもそれに続いた。
あー…知花、あたしの様子も気になってるんだよね…!?
部屋にいないのバレたら、ますます怪しいよあたし!!
だけど、ここから動くわけにはいかない。
余計な事、神さんに吹き込まれたたくない…!!
知花と子供達がいなくなったリビングでは、あいつが小さく咳払いをした後。
「…あのさ、初めての女とやったとするぜ?」
とんでもない事を口にし始めた。
あー!!
何よそれ!!
「…ああ。」
「女にとっては、そんなに重大なもんか?」
「…残念ながら、俺は女じゃねえからなあ…」
「嫁さん、おまえが初めて?」
「おう。」
「で、責任…っつーか…」
「俺ら、結婚してからだったし。」
「結婚してから?おまえ、それまで貞操守ってたのかよ。」
「初め結婚した時、知花まだ16だったからな。」
「16…」
「ああ、でも押し倒したのは17ん時か。」
「押し倒したって…」
「初めは、ムリヤリ。」
…聞くに堪えない会話だった。
知花の初めてが…無理矢理だったなんて…
神さんの事、認める。認めたい。って、ずっと思ってたけど…
何なの!!
鬼畜!!
ケダモノ!!
出て行って、京介共々殴れ倒したくなった。
だけど…堪えて…堪えて、あたし。
今や、神さんは知花の最愛の人…
『しぇーこ』
「!!!!」
背後から小さな声に呼ばれて驚くと、そこには両手で口を押えたノン君とサクちゃんがいた。
『しぇーこ、かくえんぼしてゆの?』
気を使ってくれてるのか、二人とも両手で口を押えたまま、小声で喋ってくれる。
あたしは目を見開いたまま…コクコクと頷いてみせた。
すると、二人は口を押えたままコクコクとあたしに頷き返すと、隣にしゃがみ込んで小さくなった。
…やだ、もう。
こんな時なのに、可愛くて…身悶えしちゃいそう!!
「何。おまえ、その初めての女をどうにかしようとしてんのかよ。」
「…いや、最高に嫌われたみたいだから、どうにもできねーけどさ…なんか、後味悪いっつーか…」
「何で。合意のもとだったんだろ?」
聞こえて来る会話に子供達が耳を傾けないよう、あたしは背後に回って二人を抱え込むと、そっと耳を塞いだ。
…片方ずつだけど。
内容が分からなくても、言葉を覚えられるのは嫌だ。
『初めての女』とか…こんないたいけな子供達の口から、出て来て欲しくない。
『しぇーこ、おに、とーしゃん?』
不意に、サクちゃんがあたしを見上げながら言った。
『(コクコク)』
あたしが頷くと、二人は小さな指で頑張ってOKサインをした。
「…酔ってたんだ。」
「おまえが?」
「俺も酔ってたけど、向こうは覚えてないぐらい酔ってた。」
「バカだな。」
「……」
『……何してるの?』
!!!!!
あたしと子供達が身を縮めてる所に、後ろから知花がやって来た。
『かーしゃん、しー、よ。』
『かくえんぼよ。とーしゃんおになのよ。』
『千里が鬼?』
知花が首を傾げてあたしを見る。
ああ…冷や汗が…
「で、殴られたわけだ。」
「ああ。死ね、バカヤロ、とか言われちまった。」
リビングからの会話が耳に入ったのか。
知花はピクリと顔の表情を変えて、あたし達の隣にしゃがみ込んだ。
…え…っ。
知花も聞くつもり…?
「仕方ねえな。言われても。何で、そんな状態の女を抱くかな。」
「…ちょっと、ムキになってたとこもある。」
「ムキ?」
スト―――――ップ!!
やめてやめてやめて―――!!
それ以上言わないで―――!!
言うな―――!!
つい、立ち上がりそうになった。
だけど、ハッとして見下ろすと、ノン君とサクちゃんがあたしを見上げて首を振る。
『みちゅかゆよ?』
『う……』
ああ…!!
『…へ…部屋に戻ろうか…』
あたしが三人に言うと、子供達はOKサインを出しながら、四つ這いで縁側に向かい始めたのだけど…
ガシッ。
知花は…
あたしの腕を取って、真顔でその場に座った。
「言ったろ?事務所で、俺に落とせない女はいないって盛り上がった時に…」
「ああ確かアズが、絶対落とせない女がいるって……聖子を……」
「……」
「……」
突然、静寂が訪れた。
あたしは自分の膝に頭を乗せてうなだれる。
ああ…
知花にバレた…。
「おまえ…まさか、聖子と?」
「……ああ。」
あいつが、そう答えた瞬間。
ガシャン!!
大きな音が鳴り響いた。
『聖子はここにいて。』
知花がそう言って、リビングに駆け込む。
「最低な奴だな。おまえ。」
神さんの、低い声。
「やめて、千里。浅香さん、大丈夫ですか?」
「何で神がムキになんだよ!別に、おまえの女じゃねえだろ!?」
「俺の女とか、そんな問題じゃねえんだよ。あいつは、俺にとっても知花にとっても大事な奴なんだ。おまえ、俺らを侮辱するのと同じことだぞ。」
「あーあー、美しい友情」
パシン
「知花…」
…え?
今の乾いた音…
知花が、あいつを叩いたの…?
「…人の気持ちも思いやれないなんて、浅香さんて最低。」
「…最低で結構。」
「浅香さんには、大事な人はいないんですか?」
「……」
「大事な人が一人もいないなんて…可哀そうな人。」
知花の声は…今まで聞いた事がないほど、怒りに溢れてた。
嫌な事を知られてしまった事で、頭の中がヒンヤリしてたけど。
今は…神さんと知花の言葉に、感動してる自分がいる。
リビングからの死角で呆然としてると、出て来た知花に腕を掴まれた。
「……」
涙目の知花が、あたしの腕を引く。
そのまま、縁側をぐるりと回って知花の部屋に入ると。
「聖子…。」
知花が、あたしを抱きしめた。
「…ありがと…」
「お礼なんて…」
「大丈夫。実は、何も覚えてないんだ。」
「……」
「腹立つけど…あたしもバカみたいに飲んだから…自業自得なのかも。」
あたしは、笑ってみせる。
あいつは憎らしいけど…
神さんの言葉が、あたしを強くしてくれた。
俺にとっても、知花にとっても…大事な奴なんだ…
何よりの言葉だわ。
「知花、大丈夫だから…そんな顔しないで。」
あたしは、知花の涙をぬぐう。
おかしいな。
あたしが侮辱されたのに。
平気だ。
それは、やっぱり…
このうえない言葉をもらったから。
あたしを抱きしめる知花の背中に手を回して。
思いがけない幸せを、噛みしめる。
そして…
「…ノン君とサクちゃん、どこに隠れたのかな。」
小さく笑いながらつぶやく。
「…たぶん、隠れたまま寝ちゃってるかも…」
知花は涙声だけど、笑いながらそう言った。
* * *
「……」
「…よお。」
あのあと、神さんはあいつを追い払うように帰らせて。
知花の部屋にいるあたしを見て驚いてたけど…
あたしより腹をたててる二人を見てたら、なんだか冷静になれて。
「あたし、全然平気だよ?」
笑顔で…二人に言えた。
ノン君とサクちゃんは、知花の予想通り、中の間に積み重ねてあった座布団の陰で眠ってて。
その可愛らしさに癒された。
それから間もなく家族全員が揃ったところに混ぜてもらって、楽しい夕食をいただいた。
そして…すっかり、夜。
なぜか、門の前に…あいつ。
名前を出すのも、おぞましい。
「何の用?」
あたしは、普通の口調で問いかける。
「あー…あのさ。」
「どうしたの、キズ増えてるみたいだけど。」
あたしが殴ったのと反対側。
神さんのパンチのあと。
知ってるクセに、言ってやる。
「…天罰。」
「は?」
「今日一日で、三発殴られた。」
「そりゃ、ザマアミロだわ。悪いけど、そこどいてくれない?」
あたしが門に手をかけると。
「話しがあるんだ。」
真顔。
「…事務所でお願いします。」
あたしは、笑顔でそう言って、門を開ける。
「待てよ。」
腕を掴まれる。
…よく触れたもんだわね。
「離して。風邪ひきそうなの。いつまでも、こんなとこ立ってらんないのよ。」
キッパリそう言うと、腕は離された。
「じゃ。」
いつもの口調で家に入る。
ふん。
何が話がある、よ。
あんたの魂胆は、知花んちで聞いたんだからね。
あたしが玄関のドアに手をかけようとした瞬間。
「おまえが好きだ!」
大きな声での告白が聞こえた…。
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