いつか出逢ったあなた 15th
ヒカリ
1 「あたしのベースに何か用?」
「あたしのベースに何の用?」
あたしが腕組して問いかけると、男はゆっくり振り返って。
「ああ、あんたのか。」
立ち上がった。
…こいつ。
F'Sのドラマー、
腕はいいけど、あまりいい噂は聞かない。
でも、なぜかいつも女がまとわりついてる。
全く興味はないけど、好きか嫌いかで言うと嫌い。
「三弦の張りが弱いぜ。」
「あら、それはどうも。」
あたしの勝手でしょ。
ほっといて。
心の中で呟いて、あたしはベースを持ち上げると。
「知花、スタジオ入ろ。」
知花を呼ぶ。
…あたしが所属するバンド、SHE'S-HE'Sのボーカルの知花は、16になってすぐ、偽装結婚をした。
相手は当時『TOYS』のボーカルをしてた、神千里。
それが、偽装だとか言いながらも…結局は好きで好きでたまらない様子になってて。
なんだ…二人とも愛し合っちゃってるんじゃん…って、生温かく見守ってる所に…SHE'S-HE'Sの渡米が決まって二人は破局。
想い合いながらもすれ違う二人にモヤモヤしてたけど、周りの協力も得て、お互いの気持ちを再確認。
ここ数ヶ月は、神さんの幼馴染の出現によって、不安定になってる事もあったけど。
何とかそれを乗り越えて…知花は、幸せの絶頂にいる。
再入籍も済ませて、知花は妊娠中。
さらには来週結婚式も挙げる。
知花が幸せなら、あたしも幸せ。
…知花が幸せなら、それでいい。
うん…。
あたしは…
気が付いたら知花を好きになってた。
親友として、とか…そんなのじゃなくて。
女として。
こんなのを、普通じゃないって言うんだろうな…なんて悲しんでたら。
なんと、幼馴染の
「俺、男しか好きになれない。」
って…中等部の時、打ち明けてくれたっけ。
あたしと光史は、お互い似てることもあって。
ずっと…お互いの気持ちを打ち明けあってた。
あたしはずっと知花一筋だけど。
光史は、陸ちゃんや神さん…身近だけど、手の届かない人ばかり。
でも、光史は、アメリカで知花と暮らして…
きっと、知花に少しばかり想いをよせたのだと思う。
想いは届かなかったけど。
「ね、聖子。」
ふいに、知花があたしの耳元でささやいた。
「?」
「今、好きな人…いる?」
「え?」
「ごめん、こんなこと聞いて…」
知花は、眉間にしわをよせて苦笑い。
「…ははあ、神さんね?」
神さんは最近、知花にいろんな詮索をさせる。
まるで、仲人きどりのおばさんのように。
良かれと思っての事だろうけど…思い切り、余計なお世話だ。
「いないわよ。」
「どんな人が好み?前言ってたように、背が高くて優しくて音楽関係じゃない人?」
仕方ない。
ここは、知花のためだ。
「そうねー…音楽関係は話が合わなきゃケンカになっちゃいそうだし…あ、顔が良くて金持ちがいいな。あと、バカは嫌いだから…頭が良くて世話好きな男かな。」
「……」
知花が何かもの言いたげに目を細める。
「何よ。あんただって、顔が良くて金持ちのいい男と結婚してるじゃない。」
あたしが知花の頬をグニグニと掴んで言うと。
「でも、聖子はあたしより理想高いよね?」
って、苦笑いをした。
「どうして。」
「千里みたいな人がいいって言う割に、結構けなしてるじゃない。」
「ー…そうかな。」
あたしの気持ちは打ち明けられない。
だから仕方ないけど…こうやって、誰かを紹介しようとされるのは…正直、辛い。
…それでも…
「何。神さん、どんないい男を紹介してくれんの?」
あたしが知花の髪の毛をクルクルッとして問いかけると。
「さあ…でも、千里って友達…
知花が真顔でそんなこと言うから、思わず吹き出してしまった。
「あんた、自分の夫の評価低過ぎ。」
「だって…」
「確かにそうかもだけどさー…なんか、あんたが言うと笑える。」
「…う…そうよね…千里もあたしも、友達の少ない夫婦だよね…」
眉毛を下げる知花…もう、なんでこんなに可愛いの…。
あたしは、そんな知花の肩を抱き寄せて言う。
「いいじゃん。少なくても中身がとびきりだから。」
* * *
「かんぱーい!」
知花と神さんの結婚式の二次会。
場所は、事務所のパーティールーム。
結婚式に参加してないスタッフも集まって、大変な盛り上がりになっている。
「おう、飲んでるか?」
アルコールが入ってハイになってる神さんが、シャンパン片手にやって来た。
式の後のガーデンパーティー(軽い披露宴)で、SHE'S-HE'Sは神さんにサプライズの演奏をした。
珍しく、シャウトのない知花の歌。
それはすごく聞き応えのあるラブソングで…あたしは目を閉じて知花の声を拾いながら、ベースを弾いた。
…神さん、感極まってたな…
そりゃそうだよね。
知花から、あんな優しい声で愛を歌われちゃ…
すっかり毒っ気がなくなった(ように見える)神さんは、これまた感極まった知花からの抱擁に随分とテンションが上がって。
「好きなだけ飲め。つぶれるまで飲め。」
って、会場にいた全員にシャンパンを注いで歩いてた。
「いつも世話んなるな。」
そう言って、あたしにグラスを渡す神さん。
「いえいえ。どうぞ、お幸せに。」
カチン、と乾杯する。
「次は、おまえの番だな。」
「……」
意味深な、笑顔。
「…知花ほっといていいんですか?ほら、男の人に囲まれてますよ?」
「なにぃ?」
あたしの言葉に、神さんは知花の方目がけてすっとんで行った。
…単純な人。
あたしの番…ね。
そんなの、永遠に来ない。
あたしは男を好きにならないし、結婚なんて…あり得ない。
小さく溜息を吐きながら、壁際でシャンパンを口にする。
…ウェディングドレス姿の知花、可愛かったな…
そっと目を閉じて、青い空を見上げて歌ってた知花の横顔を思い出す。
可愛かったし…綺麗だった。
ほんと…
「よっ。」
浸ってる所に軽く声を掛けられて目を開けると。
好きか嫌いかで言うと、嫌いな浅香京介がそこにいた。
「…どうも。」
「何、壁に花そえてんだ?もっと内輪に入ればいいのに。」
「いいんです。ここが好きなの。」
…人見知りが激しいって噂を聞いてたけど、あれはガセ?
こんなに気軽に話しかけられるとは思わなかった。
今まで、スタジオ階ですれ違ったりもしてたけど…目を合わせた事もない。
そんな浅香京介は、何を思ったのか…あたしの隣に並んで飲み始めた。
「あんたのベース、俺、好きだな。」
「はっ?」
場所変えようかな。って思ってたところにそう言われて、つい眉間にしわを寄せる。
「あんたのベースさ。何年やってる?」
こんなの、普通なら相手にしないんだけど。
視界の隅っこに、笑顔の神さんと知花が入り込んで。
それが…あたしをここに留まらせた。
「12年かな…」
足元に視線を落として答える。
ああ…見慣れたはずのツーショットで寂しくなるなんて。
あたし、諦めきれてないんだな…
「すげーな。俺のドラム歴よか長いぜ。」
チラリと浅香京介に視線を向ける。
…まあ、顔は悪くない。
あれだけ女が群がるんだから、見た目はいい。
「…何年やってるの?」
「10年。」
「二年しか変わらないじゃない。」
「でも、あんたまだ22だろ?」
「…よく知ってるわね。」
「神の嫁さんと同じって聞いたから。」
「浅香さんは、神さんと同じ歳だっけ?」
「ああ…京介でいいよ。」
「……」
この男、こんなに人当たり良かったんだ。
ちょっとビックリ。
今のあたしの寂しさを埋めてくれるには、十分な新鮮さだった。
「…あ、そ?じゃ、あたしは聖子でいいわ。」
「おう。よろしく。」
差し出された右手。
酔っ払ってるの?
今更握手なんて、ちょっと笑えてしまう。
「…よろしく。」
それでもその手を握り返すと、浅香京介は前髪をかきあげて笑顔になった。
…ふーん…
神さんほどじゃないけど、冷たいイメージだったのに。
笑うと可愛いかも。
「SHE'S-HE'Sがデビューした時、CD聴いてぶっ飛んだ。」
「え。どうして。」
「みんなエグい事してただろ?」
「エグいって。何それ(笑)」
なんだか、楽しいじゃない。
メンバー以外の男と、こんなにしゃべるのは初めてかも。
あたしたちは、延々壁ぎわで話し続けて。
『そろそろお開きとさせていただきます』
司会がアナウンスする頃。
「どこか飲みに行かないか?」
「いいね。」
二人きりで、三次会に繰り出した。
* * *
「…ん…」
う…
い…いた…
頭が、痛い。
割れるくらい、ひどい…
あたし、どうしたんだっけ。
知花の結婚式のあと…事務所のパーティールームで二次会して…
ああ、浅香京介と飲みに行って…
そのあと…
「……」
寝返りを打とうとして、固まる。
「……」
どういうことよ。
目の前には、京介。
熟睡してる。
「……」
…あたしは、自分の姿を確認…
……
な…
な…な…
何も、着てない―――っ!!
待って。
待って待って。
落ち着いて。
何も…何もなかったかもよ?
ゆっくりベッドから出て、自分の服を着る。
ここ、どこよ。
こいつの部屋?
何もない、殺風景な…
…とにかく、一刻も早くここを立ち去らないと。
忍び足で玄関に向かい、靴を履いて玄関のカギを…
「っ…」
突然電話が鳴って、あたしは肩を揺らせた。
そして靴のままシャワールームに隠れる。
あああああ…タイミング逃した…!!
「…………はい。」
京介が、眠そうに受話器をとる。
「ああ、アズか…ああ、今起きた。」
大きなあくび。
「え?いや、女と一緒だった。え?ああ……誰だと思う?」
ちょっと…
ちょっとちょっと。
「いや、おまえの知ってる女。」
東さんに言わないでよ。
仮にも、従姉妹の旦那よ?
「はは、そう。みんなが言ってた鉄の女。」
……カチン。
「みんなが言うほど難くなかったぜ?夕べもここ泊まったし。え?あたりめーだ。やらないわけねえだろ?」
……
「賭けは俺の勝ちだな。俺に落とせない女はいないっつったろ?」
…ああ、そう。
そうなの。
あたしに声を掛けて来たのって…そういう事。
自分に落とせない女はいないって賭けに、鉄の女を落とせるかって…
ふーん。
神様。
暴力を振るう事を、お許しください。
「ああ、じゃあな。」
京介が電話を切ったのを確認して。
あたしは、京介の背後に忍び寄る。
「…賭けって、なによ。」
「うぉっ…な…何だ。おまえ、まだいたのかよ。」
「賭けって、何?」
「…おまえと寝れるかどうか。」
京介は、面倒くさそうにそう言って、タバコに火をつけた。
あたしは、キッチンで一番大きな鍋に水を汲むと。
「ひっ…なっ何しやがんだっ!」
京介の背後から、それをぶっ掛けた。
「最低な男ね。」
「おまえだって、気持ちよさそうだったじゃねえか!」
「何も覚えてないわよ!酔った女相手に、よくそんな事が出来たわね!」
今度は、京介が水を汲んで。
「きゃっ!」
あたしに、ぶっ掛けた。
「お高くとまってんじゃねーよ!初めてじゃあるまいし!」
「っ……」
赤くなってしまったと思う。
そんなあたしを見た京介は。
「……もしかして、初めてかよ。」
意外そうな顔のあと。
「そりゃ、惜しかったな。記念すべきロストバージンを覚えてなくて。」
大笑いしながら、言った。
「……」
この震えは何だろう。
水を掛けられて寒いから?
ううん…
怒りと……
一瞬でも、こんな男に心地良さを感じた自分の愚かさに…!!
「なんなら、もう一度相手してやっ…がっ!!」
京介の言葉の途中。
あたしは思い切り、その頬を殴った。
そして。
「死ね!バカヤロ!」
大きな声でそう言って、部屋を飛び出した。
「…くっそー…」
情けない。
なんで、あんな奴に…
びしょ濡れのまま、外に出ると、少しだけ風が肌寒くて。
「っ…くしゅっ!!」
くしゃみと一緒に…涙も、少しだけ出てしまった…。
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