第46話 社長をやりなさい

「ナツさん!」

「天野さん!」

「ナツ先輩!」

 部室のドアを開けた途端、不安そうな色を浮かべた視線が私に集中した。

「おおぅ、なになに?」

 すっとぼけてそう尋ねながらも、多分こうなるだろうということは由里子から聞いていた。

 ENA社の突然の契約解除のせいでメンバーの士気はダダ下がりで、みんな内心不安がっている、とも。

「ナツさん、我々はこれからどうすればいいんでしょうか?」

 みんなの気持ちを代弁するように中村君が声を上げる。

「うん? 別にこれまでの通りだよ」

 私は、あえて何でもないことの様にけろっと答える。

「え? でも……」

 語尾を濁したまま顔を見合わせる中村君と坂本君。

「今の資金では製作コストがまかないきれないって……」

「確かにENAの抜けた穴は大きいね。でも、どうにもならないわけじゃないから」

 そう言って由里子に目配せする。

「ENAの替わりに新たに百万円の資金が確保できました。もちろん潤沢とは言えませんが、切り詰めればなんとか当初の計画通りプロジェクトは進められます」

「ほらね」

 なけなしの作り笑いで全員をミーティングテーブルに手招きすると、「さて」とみんなの顔を見回す。精神的な立て直しが必要だ。

「まずは五日間、留守にしてごめんなさい。ところで私がいない間の進行状況はどんな感じ?」

「あ、あの」

 中村君がおずおずと口を開く。

「えー、僕の方は燃料樹脂の組み込みがもう終わりました。今は液体酸素ボンベ回りの配管をやっているところです」

「ふんふん」

「坂本君は尾翼の制御回路を組み付けています」

「……ほお」

 自分では目が良いだけが取り柄だと謙遜していた坂本君は意外にも組み込み系システムのプログラミングに適性があったようで、神技工大に足繁く通ううちにアルデュイーノと呼ばれる超小型マイコンの使い方を覚えてしまった。

 今回ナイチンゲールには親指ほどの大きさのマイコンが十数個搭載されていて、それぞれが尾翼フラップみたいな可動部の制御とセンサー回りの管理をそれぞれ一つずつ担当している。

 フェアリングの中には、トランプカードほどの大きさの、焼き菓子みたいな名前のもう少し高性能なコンピューターが積まれていて、各部を束ねる頭脳として働く。地上からの司令を受け取ってそれぞれのマイコンに分配するのも基本、こいつの仕事だ。

 パソコンのような高性能なコンピューター一台ですべてを制御しないで、どうして分業下請けみたいに超小型マイコンをたくさん使うのかのか聞いたところ、このやり方が実は一番壊れにくいということらしい。

 つまり、どこか一カ所が駄目になっても、その他の部分はそれぞれ自律して動くので、全体としては生存率を高められるという理屈。

「それに、実はこの方式が一番安いんっす。それに、アルデュイーノは機能が制限されている分小さいし軽いっすから、ちょっとした隙間にも搭載できますし」

 坂本君曰く、身体の各部分にサブの脳と言うべき器官をもつ、昆虫の脳神経の仕組みを参考にした……らしい。 

「あと、フェアリングの方は森川研究室の先輩が手伝ってくれています。メインコンピュータはもう搭載が終わってますし、LED発光システムの方もテストが終わっています」

「おお、凄い。予定よりだいぶ早いね。みんなのおかげだよ」

 私がこれまで作っていたロケットは、火を付けたら後は何のコントロールもできない。ただ飛んでいくだけの一発勝負。

 実質、ロケット花火と変わらない代物オモチャだった。

 でもナイチンゲールこれは違う。

 地上からの司令を受け、自分で自分の位置や姿勢を感知し、それ自体小さな頭脳を持つ各部分パーツが連携して動く、一種のロボットだ。

 一人ではとてもこんな複雑な仕組みの開発なんて出来っこない。みんながいたからこそ、ここまでたどり着けたのだ。

「ナツさん、無理してないですよね?」

 私が一人感動にうち震えていると、不意に中村君に顔をのぞき込まれる。

「うん?」

「いえ、さっきの追加資金って……」

「……ああ、そのことね」

 隠してもしょうがない。私は正直に白状する。

「父にね、出してもらった」

「やっぱり」

 眉間にしわを寄せて中村君が嘆息する。

「ナツさん、やっぱり僕らもお金、出しますよ。これだけ好きにやらせてもらって、ナツさん一人だけ極端に負担が大きいのって何だか……」

「それはいいって。私のわがままに協力してもらっているんだもん、そのくらい……」

「そのことだけど、ちょっと私に考えていることがあるの。いい?」

 由里子が私達の会話をさえぎるように突然割り込んできた。

「あのさあ、ナツ、あんた、社長やるつもりない?」

「は?」 

 突然の提案に、私は本気で困惑した。


 由里子のアイディアは大胆だった。

 現時点で、部室だけはこうして確保してもらっているものの、私達ロケット部は学校側から一銭の資金援助ももらっていない。

 活動資金に関しては、これまでの貯金を放出したり、文化祭以来のいろんな報酬をつぎ込んだり、ほぼ百パーセントを私が提供している。

 由里子はそこが問題だと指摘した。

「現状だと、あんたが自分でも言っている通り、あんたの趣味にみんなを付き合わせているだけ。部活動ですらないわ」

「まあね」

「メンバーがあんたの思いに賛同して無償協力しているうちはいいけど、そういういびつな関係っていつまでも続かないものよ」

「うーん。でも……」

「中村君みたいに、資金面でも手伝いたいって思っているメンバーはいると思う。でも、あんたの私物ナイチンゲールに他の人がお金をつぎ込むのもなんだか妙な話よね」

「だから私が……」

「そうじゃないの。考え方逆。誰もがお金を出しやすいようにすればいいの。その為の法人化よ」

「法人化?」

「そ。ロケットの開発を目的にした会社を作って、投資してもらう形にするの。そうすれば回りもお金が出しやすくなるでしょ」

「やー、でも、そもそもそういうのって何か資格が必要だったりしない?」

 途端に由里子はキョトンとした顔つきになる。

「え? どういうこと?」

「いや、会社設立なんて、普通の人には無理でしょ? しかも私達まだ学生だし、ハードル高過ぎというか何というか……」

「あー」

 由里子は天井を見上げて発声練習のような声を出すと、そのまま後ろ頭をガシガシと掻く。

「それ、単なる思い込み。会社自体は誰でも作れる。それに印鑑証明が作れる十六歳以上だったら誰でも社長になれる」

「そうなの?」

「手続きだって全部自分たちでやれるわよ。なんだったら私が代行してもいい」

「へえー」

 思わず驚きの声を上げてからハッと気がつく。いやいやそうじゃない。

「って、なに無謀なこと勧めてんのよ。私はこの子ナイチンゲールを商売にするつもりはないよ。これは走の……」

「……初号機はね」

 由里子がボソッと不穏なセリフを口走る。

「え?」

「それでいいと思うよ。初号機プロトタイプはね、あんたのモノ」

 見ればいつの間にか目が据わっている。

「でもね、神技工大も安曇窯業も、今回限りで協力を打ち切る気はないって」

「……ちょ」

「あんたのロケットはいずれ必ず宇宙に届く。今回の目標はたったの二十キロだけど、いずれ百キロ先の宇宙空間まで届く潜在能力がある。森川教授にはそう太鼓判を押されたわ」

「いやいやいや、いくらなんでも買いかぶりだってば」

「安曇の神阪さんは、打ち上げの結果次第では自社の製品ラインアップにナイチンゲールの増強型を加えたいって」

「ひぇ! いつの間にそんな話を」

「いい? ロケット部わたしたちは、それだけの実力があると見込まれているの。何にも判らないポンカン頭の牟田口にあれだけ馬鹿にされて、あんたは黙って引き下がるの?」

 なんだかドスがきいている。ENAのやり方がよほど腹にすえかねたらしい。

(ヤバい……本気だ)

 切れて暴走を始めた由里子ほど怖いものはない。長い付き合いでそれは痛いほど身にしみている。

(牟田口さん、あなたとんでもない人間を敵に回したよ)

 私は思わず後ずさる。でも、わずかに逃げ遅れた。

「今週中に法人を立ち上げるわよ! いい?」

 がしっと二の腕を掴まれてそう宣言され、私は反射的にカクカクと頷いた。

 この状態でいいも悪いもない。今の由里子に逆らうのは怒り狂った猛獣の口に素手を突っ込むのと同じだ。

 

 翌日、私は由里子に引きずられるように市役所に出向いて印鑑登録とやらを済ませ、続いてすぐそばのコーヒーショップに連れ込まれて何通かの委任状に言われるままに判を押した。

「よし、じゃあ、あとは任せといて。ああ、ところで会社名、何にする?」

 いきなり大事な話をハンバーガーのメニューを選ぶみたいに気軽に聞かれて言葉に詰まる。

「……全然考えてなかった」

 フンと小さく鼻を鳴らした由里子は、バインダーに挟んであったA4サイズのプリントアウトを抜き出して私の前にずいと突き出す。

「そんなことだろうと思ったわ。ほら」

 見れば、候補になりそうな単語がいくつも並んでいる。

「“株式会社ナイチンゲール” うーんちょっと違うか」

 頭をかしげて否定する私に向かって、由里子は次々とめげずに押し売りしてくる。

「こっちはどう? “ロケットシステム株式会社”」

「確かだいぶ昔に実在した会社だよ。解散したって走に聞いたけど」

「げ、駄目じゃん。じゃあこれ! “株式会社航空宇宙飛翔体開発”」

ロケット部うちの正式名称をもじったの? でも漢字が多過ぎ。硬すぎるって」

「うーん、じゃあ “株式会社天野”」

「……なんだか土建屋さんみたい」

「チッ、いちいち文句が多いわね!」

 由里子は伸ばした人差し指をゆるゆると空中にさまよわせ、やがてリストのある一点をびしりと指さした。

「じゃあ “株式会社アルビレオ”」

「あ!」

 口を開けてそのままの姿勢で固まった私に、由里子はとどめの一撃を放つ。

「“アルビレオ” はくちょう座のベータ星。かける、確かこの星好きだったよね」

 走が私の前から姿を消したペルセウス流星群の夜も、彼は確かにそんな話をしていた。

 あの晩の情景がブワッと頭によみがえり、思わず黙り込んでしまった私の向かいで、由里子はネーミング候補の紙をゆっくりと折りたたんでバインダーにしまい込んだ。

「決まったわね。じゃあ、手続きを進めるわ」

 そのまま立ち上がると、私を置いたまま静かに店を出て行った。


---To be continued---

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