第43話 無理難題

「結論から言うと、ナツさんのアイディアはそれほど無謀なものでもありませんでした」

 中村君は照れくさそうに後ろ頭を掻きながら何枚かのプリントアウトを机に並べる。

「これ、左側がナイチンゲール、右側がJAXAのイプシロン改良型の断面図です。見ていただくと判るんですが、イプシロン改の一段目は機体がそのままロケットモーターのケースになっているんですよ」

「ええと」

 見ると確かに、燃料がボディ目一杯に充填されているらしいことがわかる。

「まあ、イプシロン一段目はH-Ⅲ型ロケットのブースター、SRB-3型と基本同じものですから。東大宇宙研の流れを汲む由緒正しい固体燃料ロケットなんです」

 今度はイプシロンの断面を輪切りにして上から見た図を指で示す。

「こんな風に、燃料の真ん中に星形の穴がちくわみたいに空いていて、充填された固体燃料は中心から次第に周りに向かって燃えていきます。ですから、燃料そのものがうまい具合に断熱材の役目を果たし、外装に熱が及ぶ頃にはもうほとんど燃焼終了、ボディが熱で駄目になる頃にはロケットそのものも役目が終わってます」

「あー、なるほど、良く出来てるね」

「ただし」

 中村君がシャープペンシルの先でカツンと左側の図面を突く。

「僕らのナイチンゲールは固体燃料じゃありません。穴の空いた燃料樹脂の板が積み重なって燃焼室に詰め込まれてますが、樹脂板と樹脂板の間にはチャンバーと呼ばれる空間があります。ここで燃焼ガスを膨張させてより下段の燃料樹脂板に送り込むんですが、この部分の壁はかなり薄いので、ボディに熱と圧力がもろにかかってきます」

 言いながら、イエローの蛍光ペンで燃焼室に上から横縞模様を描いていく。

「まるでシマウマだね」

「え? あー、そうですか?」

 私のアホなツッコミにぎょっとした顔で私の目を見た中村君は、またすぐ照れくさそうに目線を図面に戻し、咳払いをして本題に戻る。

「コホン、えー、まあ、この縞々の部分が実はネックでして、打ち上げの最初から最後まで、燃焼ガスの高圧と高温がもろに来ます。これにかなり長時間耐える材料でないと、ナツさんのアイディアは実現できません。

「何度? 圧力はどのくらい?」

「液体酸素が燃えてますから……ザッと二千度くらいですかね。燃焼室内の圧力は、これもSRB-3からの推測ですけど、十二メガパスカルまではいかないかと思います。気圧に直すと約百二十気圧、だいたいそんな感じでしょうか」

 私は、今朝使ったばかりの自転車の空気入れを思い浮かべていた。確か七気圧から十気圧のあたりにグリーンのマーキングがしてあったから、普段乗り回してる普通の自転車ママチャリのタイヤの十倍以上の圧力に耐えなくてはいけないのだ。しかも、高温……。

 私は安曇の実験施設で見せられたエンジンノズルの耐久テストを思い出す。時間はぴったり二百秒、温度は、ええと。

「三千五百だ!」

「うわっ!」

 いきなり大声を出した私に驚き、中村君はのけぞるような姿勢でガタガタと椅子を引く。

「あ、ごめん。三千五百度。安曇のノズルは三千五百度を楽々クリアしてたよ。行けるんじゃない?」

「どうでしょうか? それに、問題は素材そのものの耐久性よりも、果たしてそんな大きなものが作れるかどうかという心配が先じゃないかと思います」

「……そりゃそうか」

 言われて私は少し凹む。とはいえ、ここでウジウジと悩んでいても仕方がない。

「とりあえず安曇に聞いてみようよ。中村君、この図面を安曇の神阪さんにメールしてくれる? 私電話で聞いてみる」

「あ、はい。ではすぐに」

 中村君は慌ててガタガタと立ち上がり、壁際のパソコンに吹っ飛んでいった。


「天野さん、いきなり無理難題を言いますねえ」

 電話の向こうで神阪氏があきれ気味の声を出す。

「申し訳ありません」

 私はせいぜいしおらしい口調で詫びる。ここで断られるとプロジェクト全体に赤信号が灯る。なんとしても首を縦に振ってもらわないと困るのだ。

「……とりあえずご要望のスペックを整理しますよ。直径二百五十ミリ、長さ五千ミリ、耐圧十二メガパスカルで耐熱二千度の酸化ケイ素パイプを作れるかっていう話ですよね」

「はい」

「うーん」

 神阪氏の口調はひたすら渋い。いや、渋いというか、何か戸惑っているような感じ?

「やっぱり無理でしょうか?」

「いえ、そうじゃないんですが……」

 再び無言。じりじりと時間だけが過ぎていく。

「天野さん、変な事を聞くようですが、このスペックは純粋にあなた方のロケット開発に必要な仕様ですよね」

「ええ」

 何だろう。当たり前な事を今さら確認されてこちらも面食らう。

「いえ、実を言いますと、最新型火力発電所の圧力配管向けに大径の耐圧、耐熱パイプを作るっていうオーダーがある所から持ち込まれましてね、最近はその為の技術開発をしているんですが……」

「……ですが?」

「要求されるスペックがあなたの今要求している数字と極めて似通っているんです」

「はあ」

「というわけで、直径二百六十四ミリ、内径二百五十ミリ、長さ四千ミリ、あるいは五千五百ミリの素材だったら評価用にまとめて作って在庫してます。もちろん市販はしてませんが、これでどうですか?」

「おお!」

 私はにんまりと笑顔を浮かべ、中村君に向かって思わずぐっとガッツポーズを取る。

「そういう話なら同じ素材で耐圧のフタも欲しいですよね? こっちでも考えてみますから図面を送ってもらえませんか?」

「あ、はい! もう送りました。見てください!」

 案ずるより何とかで、電話一発で解決してしまった。

 私はスマホに向かってペコペコ頭を下げてお礼を言うと、電話を切って両手で頭の上に大きくOKマークを作る。

「やったよ中村君。OKだって!」

「いやあ、聞いてみるもんですねえ。さっそく図面を直します」

 中村君も満面の笑顔だ。

「燃焼室の直径が大きくなりましたから燃料が今までより余計に積めますね。それに、ロケットモーターの分厚いステンレスケースがいらなくなりましたから重量の問題もほぼクリアできると思います」

「ということは?」

「ええ、高度二十キロ、行けますよ!」

 中村君が力強く頷いた。

「やったー!」

 私は飛び上がってその場にいるメンバー全員にハイタッチをした。


 相談の結果、安曇窯業に分けてもらうのは長さ四メートルの酸化ケイ素パイプに決定した。

 ロケットの先頭部分、ノーズコーンとんがりぼうしの部分は神阪氏いわく「作れなくもないが時間がかかる」ということだった。そこまで極端な耐熱性もいらないのでこの部分はカーボンファイバー複合材CFRPで作る事になり、さっそく中村チームが図面を描いた。結局、ノーズコーンの先端からおしりの先まで、全長は五千二百五十ミリ、直径二百六十四ミリがN-4型”ナイチンゲール”の最終的なサイズに決定した。

 というわけでさっそく木型の製作を行うことになり、日曜日にもかかわらず中村チームと大野さんが神技工大にぶっ飛んでいった。木工旋盤とやらでノーズコーンの型になる円錐形を削り出すのだ。

 ロケットの姿勢制御を担う回路部分は研究室の先輩が作ったものをそのまま応用することになり、暇を持て余していた坂本君が細かい配管類を含め秋葉原に必要部材の買い出しに行ってくれた。

 燃料になる樹脂版はネットで樹脂加工の専門業者に発注し、液体酸素は真弓先生の紹介で学校近くのガス屋さんで手配してくれることになっている。

 で、私はというと、ホームセンターで買ってきたスタイロフォーム、つまり目の細かい堅めの発泡スチロールをカッターナイフとカンナで朝からガリガリと成型している。

 とりあえず図面を眺めながら尾翼の原型を削り出しているところ。中村君には「細かい所は任せます」としか言われてないので、直感任せにとりあえずそれらしき形を作り、後で森川教授にアドバイスをもらいながら細かい所を詰めていこうと思っている。

「お早うござい……あらナツ、あんた何やってんの?」

 由里子がドアを開けるなり呆れ声を出した。

「妖怪砂かけばばあ? こっちまで真っ白になるからあんまり近寄らないでよ」

「な! なんてこと言うのよ」

 全身スチロールの粉だらけで奮闘している私に向かって砂かけばばあとは失礼極まりない。

「まあどうでもいいか。それより大変よ!」

「どうでもいいのか? で、何よ」

 いつもクールな由里子にしては珍しい興奮ぶりだ。

「さっき、例の会社からスポンサーフィーの一部、五十万円が振り込まれてきたの」

「なんだ、分割かー。でも良かったじゃない。ほっとしたよ」

「そうじゃないのよ。その直後に振込の電話連絡があったんだけど、一つ厄介な注文がくっついていて……。メディア向けにロケットの完成披露をやりたいから、完成を一週間早めて欲しいって」

「え゛!」

 さすがにそれは聞き捨てならない。

「今でさえ納期はギリギリなのに。軽く言われてはいそうですかって……」

「そんなこと、この私が簡単に請け負うはずないでしょ? とはいえ、大事なスポンサー様ですからね。鋭意努力しますくらいは言わせてよ」

 由里子は憤慨しながらまくし立てる。

「うーん、そうかー。どっちにしても努力はしないといけないのか……」

 元々の計画では”ナイチンゲール”は打ち上げ予定日のクリスマスイブ一週間前に完成する予定だった。その後厳重に梱包し、打ち上げの前々日にはフェリーで大島の打ち上げ施設に運ぶことになっている。

 それがさらに一週間前倒しと言うことになれば、十二月の初旬には完成していないといけないことになる。相当なハードスケジュールだ。

「その代わりスポンサーフィーは総額二百五十万まで増額してもいいって」

「うーん、お金だけで解決する問題じゃないんだけどな」

「まあ、頑張って。人手が足りないなら私がなんとかかき集めてくるから」

「……うーん」

 私は何だか嫌な胸騒ぎを感じながら、天井を見上げて言葉にならないうなり声をあげた。


---To be continued---

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