side she

 月が弾けたような光が夜空を走って、あの人との通話が途絶えた。見上げると月はまだそこにいて、ほっとした気持ちになる。


 照明が程よくしぼられた薄明かりの部屋に視線を戻すと、彼はすでにベッドの上で眠りについていた。静かに脇に寄り、彼の寝姿を眺める。


 アルコールの回った身体に下品な匂いはさせず、少しの疲労感だけを漂わせて、ベッドに身を委ねていた。首筋まで伸びたキャラメルマキアートに染まった髪が、乱れて顔半分に覆いかぶさっている。


 指先でそっと除けてやると、耳の先まで赤くなった肌が露わになった。目の下にできた青い皺やクマが対照的に存在感を際立たせる。


 彼の様子がおかしいことには気づいていた。会うたびにお酒の量が増えていき、気丈に振る舞ってはいても時折、静かに目を伏せる仕草が少しだけ目についた。


 それが今日は特にひどかった。顔を合わせた時から少し足取りがふらついていて、お酒のペースもいつもの倍も速かった。自分を壊すようにぐいぐいとお酒を呷る彼に戸惑っていると、いつもは私に合わせて黙ってくれている彼が、今日は手を握って「俺を見てよ」と言った。その時、ああ、私のせいなんだわ、と思い、ますます何も言えなくなった。


 店を出る頃には、私が手を貸さないと真っすぐ歩けないほど彼は酔っぱらってしまっていた。酔いも手伝って大胆になったのか、発言とは正反対に弱弱しく指先を立たせてホテルに寄ろうと看板を指さした。


 その気もないのにそれに従ったのは、彼が倒れてしまいそうなほどに辛い表情をしていたのが見ていられなかったから。


 案の定、彼は求めてきたけれど、私にその気がないとわかるといつも通り優しく口づけをしてくれた。そういう、いつでも理性を備えているところが私は好きだった。


 額に手を当てると、頬の赤みほどあたたかくはなかった。小指が少し瞼に触れて、涙が一筋、目尻から駆けていった。彼の耳に流れ着く前に、指先でそっと掬い上げる。涙は私の指の上で、あたたかな色を湛えて儚く消えていった。その手で、細く明るい色の髪を撫でる。こんな派手な見た目だけれど、本当は一途で繊細な人なのだ、あの人とは違って。


 あの人は移り気で粗雑。それでいて、本当に愛している人がいる。それでも私があの人から離れられないのは、夜の闇でつながった運命みたいなものだった。静かに更けていく海辺に私たちは佇んでいて、あの人は憂鬱そうに煙草を吹かしていて、私は眠れない夜に泣いていた。


 全世界の闇が私たちを巡り会わせてくれたようなそんな夜のこと。忘れられるはずもなかった。


 彼の髪が照明のわずかな光と月明りの青白い光を中和して、金色に美しく輝いた。触れてはいけないように感じて、思わず手を引っ込める。


 彼は太陽のように明るく美しい心がある。だから、夜の空気に触れられておかしくなってしまったのかもしれない。手放せばいいものの、それができないでいるのは、彼に私のような闇を強く求める兆候が出始めているから。私が手を離したら、彼の中の闇が溢れ出して、きっと壊れてしまう。


 彼の体にそっと布団をかけて、もう一度ガラス戸の前に立った。


 月はまだ、夜空に浮かんでいる。祈るように手を組めば、それは星だろ、とあの人が笑う姿が瞼の裏に浮かんだ。それでも願いたかった。傍らでささやかに寝息を立てる彼を見つめて心の中で囁く。


 どうか、貴方が壊れてしまいませんように。

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相思相愛 森山 満穂 @htm753

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