欠落プレイヤー
第1話 今年の夢を祈るらしい
年が明けて一月三日、初詣に行こうと伴から急に連絡が来た。
奴によれば「来年はどうせ合格祈願とかになるじゃん。今年好きな願い事しとかないともったいなくない?」だそうだ。変に真面目な験の担ぎ方をする奴だな、と思った。僕はお参りをする時はいつでも、「人生全部上手くいきますように」と念じている。
細野みかげは女子同士で遊んでいるらしく、じゃあうちらも神社行くよ、と返事が来た。長瀬夜子も行く、暇、とすぐに反応があった。後は買ったはいいものの長すぎた青いマフラーをぐるぐると巻き、晴れた空の下に踏み出せばよかった。
ちょっと風の強い日で、僕は途中のドラッグストアでカイロを買った。十個パックしかなくて、鞄の中でちょっと邪魔だ。ひとつ開けてポケットに突っ込んで歩く。ここらで一番大きな
「三田村だ。何やってんだ」
頭の上から聞き覚えのある声がした。ひょいと顔を上げると、クラスメイトの
「靴紐結んでる」
「見りゃわかるよ」
「初詣行こうと思って。余市はまさか三が日から講習?」
「だよ」
ひえー、と言いながら僕は立ち上がってつま先を地面でトントンと叩いた。靴はなんとなくサイズが小さいような気がしているので、そろそろ買い換えるチャンスだろうか。
余市とはわりと家が近いので、高一の時は結構遊んだ。高二に上がったくらいから、向こうが予備校通いに忙しくなって少し疎遠になってしまった。僕みたいな補習塾ではなく、がっつり受験対策をするところだ。学級委員をするくらいには成績も良いし、線が細くて眼鏡をかけているから、見た目は真面目な秀才という感じだ。
「つっても、来る奴少ないから塾の方もあんまりやる気ねえし、上手いこと寝て過ごせないかなって思ってる」
苦笑する顔は、そんなに真面目一徹という風でもない。なんでも要領よくこなすから、その分経験値が増えてレベルも上がりやすい、みたいなスペックの高い奴だ。正直少し羨ましくもある。
「余市も寄ってく? 伴とか長瀬とか二の二
彼はほんの少し眉根を寄せた。
「時間ないな。あと、あそこ混むだろ。風邪引いたらやだからまた今度」
「今度だと初詣にならなくない?」
「今年初なら十二月でも初詣だろ」
そして彼はわざとらしく眼鏡を押し上げ、にっと笑った。
「君たちみたいな凡人に、僕の勉強を邪魔されたくはないのでねえ」
余市の『学級委員ギャグ』は結構な鉄板ネタで、僕もうっかり笑ってしまった。彼は軽く手を振って去っていく。風邪が嫌なら余ったカイロをやればよかったと思い至る。そして、あいつともまた教室で話したいな、と思った。去年はなんだか友達が増えた。今年はどうだろう。僕はまた神社に向けて歩き出した。
月待神社はびっくりするほどの人出で、しばらく皆を探してうろうろしてしまった。伴の高いところにある茶色い頭と白い耳当てが目印になったが、それがなかったら危なかった。
「あけましておめでとー」
人に押されながら鳥居の辺りに立っていた当人は眠そうな顔で、目の下に隈まで作っている。
「何、どうしたんだよその顔」
「年末年始、ずっと積んでたゲームやってた。昨日とか三時間睡眠」
「それでさっきやたらテンション高かったんだな」
あけまイエー、とか言われて、スタンプが五個くらい一気に送られてきた。今はそこを通り越してぼんやり期のようだ。
「あ、そんでさ。ゲームやってた時に……」
伴が何か言いかけたところに、三田村くん、伴くん、あけましておめでとう、と声をかけられた。長瀬夜子がふんわりした白いマフラーを巻いてこちらに小走りでやって来る。コートは上品な紺色細身なやつで、長い黒髪もあってなんとなくお嬢様っぽい。端的に言えばめちゃくちゃかわいい。
「すごい人。この辺、こんなにたくさん住んでたんだ」
「どっと集まった感じだよな。わりかし大きいから」
伴があくびをする。長瀬は、寝不足だ、と花のように笑った。
「ゲームやってて……ああ、そうだ。ゲームっつったらさ……」
「あー、いたー!」
今度は細野みかげの元気な声がした。少し離れたところの人混みに見覚えのある女子がぞろぞろと歩いている。真ん中にいるのは細野みかげだ。こっちはカーキのモッズコートにニット帽を被り、暖かそうなロングスカートをずるっと履いている。さすがに私服ともなると、女子五人はとりどりに雰囲気の違う服装をしていた。なかなか華やかだ。
「あけおめー。お年玉もらった?」
「もらったけど、今日明日で散財予定」
「また曲とか買うの? あたし今年額が上がった」
「俺は服かなあー」
「お前最近際限がないよな。身体はひとつなんだぞ?」
「重ね着したら三枚は着られるじゃん」
「私は本が欲しいけど、残りは貯金する」
「さすが長瀬ちゃんは堅実だ」
わいわいと会話をしながら僕らは合流する。結構な大人数だ。細野たち五人は先ほど
「こんな混むんなら荷物どっかに置いてくればよかったなあ」
「初売りも相当だったけどね」
「福袋とかはもう売れちゃってた?」
「ないない。残ってたのは安いアクセ屋とかのくらい」
「フードコートの家族連れもすごかった」
「あれヤバかったよね」
女の子の明るい会話の波の中、僕はふと伴が先ほど言いかけていたゲームの話題が気にかかった。別にどうでもいいことなのかもしれないが、二度も流してしまったのでなんだか悪い気がしたのだ。だから後ろの彼を振り返り、声をかけようとした。
「あのさ、伴。さっきの——」
その時だった。人の波を逆流するように行く家族連れらしき数人がいて、僕は思い切り押された。わ、と声を上げながら、後ろに下がる。参道の列から僕は外れ、道の端にある灯篭の辺りまで押し出されてしまった。
伴の頭がちらりと見えた。こちらを見ているようだったが、向こうは流れに乗っている。じわじわと遠ざかっていく。
「わ、わ、わ」
小さな悲鳴がまた聞こえた。細野みかげが前のめりに列から吐き出される。半分転びかけていた彼女はどうにか体勢を立て直して、もみくしゃになった紙袋を情けなさそうに見下ろしていた。
「あ、三田村ー。ひっどいよね。進行方向守れっつうの」
バーカ、ともうどこに行ったかわからない家族連れに対して悪態をつき、細野はスマホをいじる。
「この混み具合だと連絡取るのも難しそうだなあ。一応メッセ送っとくけど。うちらどうする?」
「また列に突っ込んでも余計時間かかりそうだし、ここで待つか……」
めんどくさいなあ、と僕は乱れた髪を適当に手で梳いた。長瀬は大丈夫だろうか。中でさらにはぐれたりはしていないといいが。
「これじゃ初詣の意味がないよな」
「だよー。せっかく彼氏ほしーとか勉強頑張りますからーとかお願いするつもりだったのにさあ」
また合流してから社殿に戻るのもなんだし、近くの別の混んでいない神社を探すのはどうか、などと僕は考えだしていた。その方が僕らみたいな高校生には分相応、ってやつかもしれない。
「勉強頑張るんだ」
「やっぱ理転しよっかなって思ってて。数学は選択してるし。大変らしいけど、三年で移動した子もいるってお姉ちゃん言ってたから、新学期に戸張先生に話してみよっかなーとか」
僕はとにかく数学が苦手なので、迷わず文系を選んだ人間だ。なので、すげえな、とかシンプルな感心を覚えながら頷いていた。決断をできる奴はすごい。細野はすごい。
「偉いな」
「偉いっしょ」
に、と切れ長の目が細められた。
「三田村は恋愛成就?」
「人生万事順風満帆」
「それは欲張りすぎだよ」
どよどよとゆっくり目の前を通り過ぎていく人、人、人。細野は彼らをじっと見つめると、突然こんなことを言い出した。
「あのさ、これ全然そういうんじゃなくて、ほんとに誤解しないで聞いてほしいんだけどさ」
「聞かないと誤解しようがないよ」
「じゃあ言うけどさ。あのね、クリスマスの時から考えてて……三田村は例えば、あたしみたいなタイプと付き合った方が上手くはいくと思うのよ」
一瞬の沈黙。そして僕は顎が外れそうになった。こいつは一体何を言い出すのかと思った。
「え、何、細野って……」
「だから誤解すんなっつったでしょーが! バカ! そういう意味じゃねーっつーの! アブラムシ!」
アブラムシって。怒鳴られた僕は、理不尽な気持ちを抱えたまま次の言葉を待った。細野は口を尖らせている。
「違うの。あたしじゃなくても、例えば宮ちゃんとかるりちんとか、誰でもいいんだけど。いや、三田村には絶対やらんけど。とにかくわりと気軽にわーっと話せるタイプ」
三田村と長瀬ちゃん、どっちもわりと溜め込むし、お互いバンバン言えない感じじゃん、と言う。そうかもしれない。ふたりともそんなに口数が多い方ではないし、長瀬はかなり内に篭る性格だと思い知っている。僕だってもうちょっと外交的だったら、猫になんかならなかったんじゃないだろうか。
「相性的にはそうでしょ。なんかちょっと彼女でも作るかーって感じに探すならさ。でも三田村はそういう奴じゃないし、相手は長瀬ちゃんがいいんだよね」
「……まあ。そうなる。というか他に目が行かない」
「ってことは、それってめちゃくちゃ好きってことなんだよ。障害を乗り越えてーみたいなやつ。いいよね」
細野はきゅっとあどけない子犬みたいな笑い顔になった。相手が僕みたいな視野狭窄のバカでなければ、きっとすごく心に残る、彼女にしかできない表情だった。
「だからさ、叶うといいなって思ったんだ。あたし結構応援してるの」
長瀬ちゃん頭固そうだから、ほぐしてやってよ、だそうだ。僕はバカなので、おう、とかバカみたいなことしか言えなかった。お前は宝石じゃないかもしれないけど、今星みたいにキラキラ光ってるよ、そのうち、誰かすげえいい奴が見つけてくれるよ、なんてことは、思ってもちょっと伝えづらかった。
「……今年は、細野の人生の順風満帆も願うことにする」
「無事お賽銭箱にたどり着けたらねー」
目を凝らしているのだが、伴の頭はまだよく見えない。僕は首を巡らせた。
「……あれ」
参道には少し細い横道があって、奥の方には別の小さな鳥居が見えていた。
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