第394話 これ以上沈まない
ふいにコックピット内の右横の柱から、パタパタとゆるやかな音が聞こえはじめたのにヤマトは気づいた。
デッドマン・カウンターが数字を刻みはじめていた——。
デッドマン・カウンターは半径二百メートル以内の人間の死を関知する。おそらくアイのコックピットでも同じだけの数が刻まれているにちがいない。
数字は重複するが、どちらも人の死の数字に変わりはない——。
だがその数字は『109』を刻んだところでピタリと止った。どうやら甲板にいた人々の総数は、それだけだったらしい。
「これ以上沈まない」
アイが苦しそうな声で言った。その声は腹が立っているとも、今にも泣きだそうとも感じとれるものでもあったが、どちらにしても大きくストレスがかかっているのは、まちがいなかった。
「この船は宇宙船兼用だから気密性が高い。だから沈まないんだ」
「どうすればいい?」
アイが顔をあげて訊いてきた。その時デッドマン・カウンターがパタパタと一枚づつめくれはじめた。
「どういうこと?」
「たぶん、船内のどこかでまだ獣人が暴れてるんじゃないかな。もしかしたら、船室のなかに一緒に閉じこめられているのかも……」
そう言いながらヤマトは、その状況を想像した。
豪華をつくした広々とした客室。だが、今は船室は横倒しになって、作りつけでない調度や小物は床にぶちまけられて見る影もないだろう。そしてその床は直前までは壁だったり、大きな船窓だったりするはずだ。船客はなんとかして壁や窓を壊そうとしているだろう。だがそれが無理だとわかって、天を仰ぐにちがいない。そして、その目にとまった客室のドアを、恨めしげに見つめるだろう。十メートルほど上に見えている、絶望的な高さにある客室のドアを——。
助けを求めて声をあげるものもいるだろう。テレパスラインやニューロン・ストリーマを駆使して、知人や乗務員にコンタクトをとろうともするだろう。
だが、もし遥か上方にあるドアのノブがもし回ったとしたら、それは助けではない可能性のほうが高い……。
ヤマトは急がねばならない、と感じた。この船の乗客・乗員に無用な恐怖も痛みの時間をこれ以上長引かせてはいけない。
ヤマトはセラ・ジュピターの武器であるそり返った長剣を腰から引き抜くと、船底にむけて横から剣をつきたてた。
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