第390話 ヤマト12歳 初陣4

 その顔からは生気そのものが抜け落ち、いくぶん干からびた印象で、昔の映画にでてくるゾンビと呼ばれるモンスターのように似ていた。が、動きは似ても似つかなかった。映画のようなのろまな動きではなかった。

 二本足で立っているものの、上半身を前のめりに深く沈み込ませて、いつでも飛びかかれるような姿勢をしていた。もしかしたら昔、こんな猛獣が存在していたのではと想像させる。

 しかしながらこの猛獣は高級そうな服で正装していた。遠めにみてもそれがわかる。おそらく綿や麻とか呼ばれた植物そのものをファブリックとした高級な素材を使っているにちがいない。

 さながら洗練された獣人ソフィスケイテッド・ビーストというべきかもしれない。


「ここに乗っているのは『大資源持ち』の連中みたいだな」


 アヤトもヤマトとおなじところを注視していたようだった。

 高級な服をまとっていた獣人が、一人の女性にうしろから飛びついて引き倒した。悲鳴があがる。が、かまわず獣人が背後から女性ののど笛に噛みついた。噛みつかれた女性の動きが一瞬にしてとまる。

 ヤマトはその女性が絶命したのがわかった。

 猛獣化したおとこはその女性が動かなくなると、船内へ逃げ戻っている人々のほうに目をむけ、次の獲物を物色しはじめた。すぐに甲板上には獲物がいないと判断したのだろう。一目散に船のドアにむかって走り込んでいく。

 

 甲板には動いているものはなにもいなくなった。

 が、ものの十数秒ほどで、あの獣人に噛みつかれた女性がむくりと上半身をおこした。ヤマトはその女性がやられたふりをして難をやり過ごしたと思っていたが、すぐにそれがまちがいなのがわかった。

 その女性も獣人化していた。

 その目、その口元は先ほどの男同様、生気をすっかりうしなっていた。だが、その動き、所作がすでに人間のものではない。腕をだらりと前にたらして、四つ足のような姿勢で女性があたりをめまわす。


「テツヤ。これは、まずいぞ」

 ヤマトの父がツルゴ・テツヤに言うのが聞こえた。

「あぁ、まずいなんてもんじゃないぞ。あのあの獣人化した連中が陸にあがったら、被害はとんでもないことになる」

「あぁ、パンデミックを引き起こしたら人類全滅もありえる」

 父の冷静かつ残酷な分析を耳にしながら、ヤマトは自分が今、そこにいるのは何かのまちがいなのではないかと感じていた。

「オヤっさん、船を沈めましょう」

 アヤトが進言した。その口調がやけに前のめりで、なんとなく声も弾んで聞こえたので、ヤマトは耳を疑った。


「本部、あのディープ・ムーン号の乗客は何人かわかるか?」 

 ヤマトの父が尋ねると、ブライト司令官が正面のモニタにあらわれ、「乗客は3852人、乗務員1205人だ」とだけ言った。


「全滅させるしかないな」

 ヤマトの父はいやに軽々しい口調で言った。

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