第389話 ヤマト12歳 初陣3

 ディープ・ムーン号の向こう側から吸盤のついた長い足がふいに現れた。


 吸盤は船の甲板に取りつこうとしていた。だが、甲板の上にあるドーム状の透明カバーがそれを阻んだ。人間の目には見えない作りで、宇宙も海底もまるで甲板から直接見あげているような体験ができるというのが売りだった。

 亜獣のおおきな吸盤がドーム状のカバーに吸い付いた。突然、空中に怪物の吸盤が張り付いたのをみて、甲板でくつろいでいた船客たちは驚いて逃げ惑いはじめた。

 と、カバーに張り付いた吸盤から、液体が浸潤しはじめたかと思うと、みるみるうちに透明カバーの表面を溶かしはじめた。

「エド、聞いていた話とちがうぞ。この亜獣は船を海の底に引きずり込むんじゃなかったのか!」

 ヤマトの父がエドの映るモニタ画面に文句をぶつけた。眼鏡をずりあげながら、エドが素っ頓狂な声をあげて弁明した。

「あ、い、い、いや。ですが、すでに豪華客船を一隻と高速観光艇を二艘、すでに海のなかに、ひ、引きずり込んでるんです」

「どういうことだ?。ヤツの武器はあの長い触手と聞いていたんだが……」

 叔父のツルゴ・テツヤもとまどいを隠せない。

 が、そのとき、透明のドームカバーを溶かした吸盤から、なにかガスのようなものを噴霧するのが見えた。そのガスはあっと言う間に甲板に吹き降りたかと思うと、その直下にいた人々がばたばたと倒れはじめた。

「なんだとぉ!!」

 おもわずヤマトの父が声をあげた。すぐさまエドを睨みつける。

「エド。あれはなんだ?。あまりにも事前の情報と違う。どうなっている?」

 恫喝じみた質問に、エドは顔色をうしなっている。ヤマトはその様子をみながら、これではぶっつけ本番で戦うしかない、と考えはじめていた。


「どういうこったろうね。船を沈めたほうが早いだろうに、わざわざ毒ガスで人を殺すなんてまどろっこしいこと……」

 カミナ・アヤトが疑問を投げかけた瞬間、目の前でおきた事態にことばをうしなった。アヤトが目を疑ったのは間違いない。

 もちろんヤマトも我が目を疑った——。

 倒れていた人々がものすごい勢いで跳ね起きると、ガスにやられずに済んだ人々を襲い始めた。エマージェンシー用に装備されている宇宙用簡易エアマスクで口を覆い、難を逃れていた人々だ。


 襲いはじめた人々は人間らしからぬ動きをしはじめた。

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